085 急襲
翌朝。
ユミルがまだ、寝ていた。
昨夜の外部接続遮断の消耗が、残っていた。
リントがそれを見守っていた。
ファーファがユミルの枕元で、丸くなっていた。
たまに目を開けて、ユミルの顔を確認していた。
「**主、ユミル、寝てるニャ**」
「**だな**」
「**起こさないニャ**」
「**起こさん**」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、空気、読まないな**」
「**読まないニャ**」
リントが息を吐いた。
それから、ジャーキーを一切れ、ファーファに渡した。
ファーファがぱくりと食べた。
「**美味しいニャ**」
「**お前、いつも、美味しいな**」
「**いつもニャ**」
ファーファが目を細めた。
それから、ユミルの枕元でまた丸くなった。
ユミルの寝顔が、いつもより青かった。
でも、安らかだった。
リントがそれを見ていた。
——お前、昨日、頑張った。
——でも、消耗、抜けてない。
——……今日、一日、寝てろ。
——俺は、見守る。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルの額に軽く手を当てた。
熱はなかった。
ただ、肌が冷たかった。
リントが布団を、軽く掛け直した。
それから、部屋を出た。
戸を静かに閉めた。
※
霜花亭の食堂。
エルナがいた。
ミラもいた。
シオンもいた。
ルークもいた。
朝食の時間だった。
「リント君」
「ん」
「**ユミルちゃん、どう**」
「**寝てる**」
「**消耗?**」
「**深い**」
「**だな**」
「**今日、寝かせる**」
「**だな**」
エルナが頷いた。
ミラが横で、ぽつりと言った。
「リント君」
「ん」
「**今朝、新しい報告、ある**」
「**何**」
「**王都内、確認した、四箇所**」
「うん」
「**全部、進行、止まった**」
リントが止まった。
「**全部か**」
「**全部**」
「**ユミル、長老、しか、止めてないだろ**」
「**そう**」
「**他、誰が、止めた**」
「**……**」
ミラが息を吸った。
それから、ぽつりと言った。
「**敵、自ら、引いた**」
リントが止まった。
「**引いた?**」
「**昨夜、ユミルちゃんが、長老の、外部接続を、遮断した**」
「うん」
「**それで、敵、警戒した、可能性**」
「**だな**」
「**他の、三箇所も、自ら、接続、切った**」
「**つまり、敵、王都内、全部、警戒モード**」
「**そう**」
ミラが頷いた。
エルナが横で、それを聞いていた。
エルナの目が鋭くなった。
「**ミラ、それ、悪い、知らせか**」
「**両方**」
「**両方?**」
「**いい知らせ、進行、止まった**」
「**だな**」
「**悪い知らせ、敵、こちらの、力、見抜いた**」
「**……**」
「**何か、仕掛けてくる、可能性**」
エルナが息を吐いた。
それから、ぽつりと言った。
「**仕掛けてくる、なら、いつ**」
「**早ければ、今日**」
「**今日?**」
「**遅くとも、明日**」
ミラが頷いた。
リントが息を吸った。
——敵、警戒モード。
——次の、一手、来る。
——……。
——ユミル、寝てる。
——消耗、抜けてない。
——間に合わせろ、自分。
——お前を、起こさないで、済むように。
リントが口に出さなかった。
ただ、エルナを見た。
「姉さん」
「ん」
「**今日、警戒、最大**」
「**当然**」
「**騎士団、動かせるか**」
「**親父、経由、可能**」
「**頼む**」
「**了解**」
エルナが頷いた。
それから、立ち上がった。
「**今から、スカディ家、行く**」
「**頼む**」
「**昼までに、戻る**」
「**お前も、警戒**」
「**了解**」
エルナが霜花亭を出た。
戸が閉まった。
ミラも立ち上がった。
「**あたしも、情報屋、動かす**」
「**頼む**」
「**警戒、最大**」
「**だな**」
ミラが頷いた。
それから、霜花亭を出た。
シオンも立ち上がった。
「**塔、警戒、固めます**」
「**頼む**」
「**結界、強化、します**」
「**だな**」
シオンも霜花亭を出た。
戸が、閉まった。
リントとルーク、二人だけが食堂に残った。
ファーファがユミルの部屋に、戻っていた。
ルークがぽつりと言った。
「リント」
「ん」
「**俺、何、する**」
「**兄貴**」
「ん」
「**ユミルの、護衛、頼む**」
「**護衛?**」
「**お前の剣、信頼してる**」
「**……**」
「**ユミル、寝てる**」
「**だな**」
「**動けない**」
「**だな**」
「**敵、来たら、お前が、守れ**」
ルークが止まった。
それから、頷いた。
「**任せろ**」
「**頼む**」
「**俺、ユミル様、お前に、任された、家族、として、守る**」
「**当然だ**」
「**……**」
ルークが頷いた。
頷きながら、わずかに目元が引き締まった。
——リント。
——お前、俺に、ユミル様、任せた。
——……。
——信頼、嬉しい。
——絶対、守る。
ルークは口に出さなかった。
ただ、剣の柄を握り直した。
リントがそれを見ていた。
——兄貴、信頼、できる。
——……。
——任せた。
——俺は、外で、敵を、迎え撃つ。
リントは口に出さなかった。
ただ、弓を背中に確認した。
矢筒も確認した。
短剣も確認した。
——準備、完了。
——……。
——来い、敵。
リントが立ち上がった。
「**兄貴**」
「ん」
「**ユミルの部屋、行ってくれ**」
「**了解**」
「**俺、外、見てくる**」
「**気をつけろ**」
「**お前も**」
リントが頷いた。
それから、霜花亭の外へ出た。
戸が、閉まった。
※
王都の街道。
朝の光が、いつもと同じだった。
人通りも、いつもと同じだった。
商人が店を、開けていた。
子供が走り回っていた。
犬がどこかで、吠えていた。
普段の王都の朝。
でも、リントは感じていた。
——空気、違う。
——静か、すぎる。
——音、いつも、より、遠い。
——……。
——気のせいか?
——いや、違う。
——確実に、違う。
リントが街道の一角で、立ち止まった。
息を整えた。
弓を軽く構えた。
矢はまだ、つがえなかった。
ただ、いつでもつがえられる姿勢で、立っていた。
風がリントの頬を、撫でた。
風が、わずかに冷たかった。
初秋の風だった。
でも、その風の奥に。
別の何か、混じっていた。
——魔力?
——いや、違う。
——……気配。
——遠い、ところから、来てる。
——でも、確実に、近づいてる。
リントが弓を握り直した。
それから、空を見上げた。
雲が低く流れていた。
雲の流れる方向が、いつもと違った。
——西から、東。
——いつもの、季節風と、逆。
——……。
——何かが、来てる。
リントが息を吸った。
それから、霜花亭に戻ろうとした。
その時。
街道の向こうから、子供の声が聞こえた。
「**おじさん、見て、岩が**」
リントが振り向いた。
子供が空を指していた。
子供の指の先。
空に、黒い点が見えた。
最初は、鳥かと思った。
でも、違った。
落ちてくる軌道だった。
「**……岩?**」
リントが目を凝らした。
確かに、岩だった。
空から、岩が落ちてくる。
落ちてくる岩は、王都の東側に向かっていた。
「**……まずい**」
リントが走り始めた。
岩が空気を切り裂く音が、響き始めた。
低い唸るような音だった。
岩はまだ、遠かった。
でも、確実に王都に向かっていた。
——一発じゃ、ない。
——空、もう一つ、見える。
——いや、もう、二つ。
——三つ。
——……。
——複数。
リントが走りながら、空を確認した。
岩の数が増えていた。
最初は、一つ。
二つ目が見えた。
三つ目が見えた。
四つ目。
五つ目。
——……ヤバい。
——ユミルの、警戒、当たった。
——敵、仕掛けてきた。
——……。
——ユミル、起こさないと。
——いや、間に合わない。
——ファイアウォール、間に合わない。
——……。
——ユミル、間に合わない。
リントが走った。
霜花亭まで、急ぎ足で走った。
街道の人々が岩に、気づき始めた。
「**何だ、あれ**」
「**岩?**」
「**落ちてくる**」
「**逃げろ**」
街道に、悲鳴が上がり始めた。
人々が走り始めた。
子供が母親に抱きかかえられて、走った。
商人が店を置いて、走った。
王都の朝が、混乱になった。
リントが走りながら、空を見上げた。
岩の数が、十を超えていた。
——多すぎる。
——個別の、迎撃、無理。
——……。
——ユミルの、ファイアウォール、必要。
——でも、ユミル、まだ、寝てる。
——……。
——起こすか。
——……いや、起こすしか、ない。
リントが霜花亭に駆け込んだ。
戸を勢いよく開けた。
「**兄貴!**」
「**リント、何、起きた**」
「**敵、来た**」
「**敵?**」
「**空から、岩**」
「**岩?**」
「**多数**」
ルークが止まった。
それから、剣を抜いた。
「**ユミル様、起こすか**」
「**起こす**」
リントが二階へ駆け上がった。
ユミルの部屋へ駆け込んだ。
ユミルがベッドで寝ていた。
ファーファがユミルの枕元で、姿勢を低くしていた。
「**主、来たニャ**」
「**お前、感じたか**」
「**さっき、感じたニャ**」
「**ユミル、起こす**」
「**了解ニャ**」
リントがユミルの肩を、軽く揺すった。
「**ユミル、起きろ**」
「**……ん?**」
「**敵、来た**」
ユミルが目を開けた。
最初、ぼんやりしていた。
でも、すぐに目が覚めた。
「**リン様**」
「**敵、来た**」
「**いつ?**」
「**今、空から、岩、降ってる**」
「**……**」
ユミルが息を吸った。
それから、姿勢を起こした。
消耗がまだ、抜けていなかった。
顔が青かった。
でも、目だけは鋭かった。
「**リン様、外、見せてください**」
「**窓**」
リントが窓を開けた。
ユミルが窓辺に立った。
外を見た。
王都の空に、岩が降り注ぎ始めていた。
岩の数。
三十を、超えていた。
ユミルが息を止めた。
それから、ぽつりと言った。
「**……DDoS、です**」
「**何だって**」
「**飽和、攻撃**」
「**飽和?**」
「**個別、迎撃、不能**」
「**だな**」
「**でも、対処、できます**」
「**できるか**」
「**できます**」
「**何が、必要**」
「**ファイアウォール、広域**」
「**それで、止まるか**」
「**全部、止まらない**」
「**え?**」
「**でも、半分以上、止まる**」
「**残り、どうする**」
「**……物理で、対処**」
「**だな**」
リントが頷いた。
ユミルが立ち上がった。
立ち上がった瞬間、わずかにふらついた。
リントがユミルを支えた。
「**お前、立てるか**」
「**立てます**」
「**無理、するな**」
「**今、無理、する、時です**」
「**……**」
「**リン様、お頼みします**」
「**何**」
「**残り、の、岩**」
「**俺と、兄貴で**」
「**はい**」
「**任せろ**」
「**お頼みします**」
ユミルが頭を下げた。
それから、窓辺に立った。
ユミルが息を吸った。
それから、両手をゆっくり前に出した。
唇が、わずかに動いた。
「**ファイアウォール、広域、展開**」
(firewall --deploy --range=city --priority=high)
——
——INFO: 演算、開始
——INFO: 対象、特定中(30+目標)
——WARN: 範囲、最大級
——WARN: 消耗、激しい
——DEPLOY: 起動
——
ユミルの両手から、淡い青白い光が伸び始めた。
光が霜花亭の窓から、外へ広がった。
王都の空に向かって、広がった。
光は薄い、半透明の膜のように、王都を覆い始めた。
——展開、開始。
——でも、まだ、間に合わない。
——岩の、速度、速すぎる。
——……。
——間に合うか。
ユミルが息を止めた。
額に、汗が浮かんだ。
リントが横で、それを見ていた。
——お前、限界、見えてる。
——でも、止めない。
——……。
——俺、何、する。
——お前を、信じる。
——そして、俺の、矢で、何かを、する。
リントが弓を握った。
それから、外へ駆け出した。
ユミルだけ、部屋に残った。
ファーファがユミルの足元に、いた。
「**主の主、頑張るニャ**」
「**ファーファ**」
「**ニャ?**」
「**応援、お願いします**」
「**承知ニャ**」
ファーファがユミルの足元で、姿勢を固めた。
ユミルがファイアウォールを、広げ続けた。
王都の空が、青白い膜で覆われ始めていた。
岩がその膜に、衝突し始めた。
最初の岩が、青白い膜に当たった。
衝突の音が、街中に響いた。
岩が膜に、めり込んだ。
それから、止まった。
膜が、わずかに震えた。
でも、止まった。
ユミルの目に、わずかな希望が見えた。
——止まった。
——止まる、ものは、止まる。
——……。
——でも、消耗、激しい。
——次々に、来る、岩。
——膜、保つ、か。
ユミルが息を吸った。
それから、もう一度両手を伸ばした。
膜が強化された。
その時。
岩の軌道の隙間を、抜けて。
何か別のものが、王都に近づいてくるのが見えた。
岩では、なかった。
人型の影。
空から、ゆっくり降りてきた。
ユミルがそれを見た。
——……あれ。
——本体。
——……来た。
ユミルの目が、わずかに震えた。
ファーファもそれを見た。
「**主の主、あれ、ヤバいニャ**」
「**ファーファ**」
「**ニャ**」
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
人型の影が、王都の上空で止まった。
影の姿が、はっきり見えた。
長身、痩躯。
灰色のローブを、纏っていた。
ローブのフードを、被っていた。
顔は見えなかった。
でも、その影の周囲に、岩が無数に浮かんでいた。
岩を操っていた。
それが、敵本体だった。
岩を空から降らせる能力。
その源だった。
ユミルがぽつりと言った。
「**……ソール**」
リントが外で、それを聞こえないまま空を見上げていた。
そして、人型の影を見た。
リントの目が、わずかに見開かれた。
——あれが、敵、本体か。
——……。
——お前、ソール、と、呼ぶ、のか。
——……名前、知ってる、のか。
リントの心臓が、わずかに速くなった。
ソールがゆっくり、王都の上空で両手を広げた。
岩の雨が強くなった。
王都の空が、岩で埋まり始めた。
ユミルのファイアウォールが、限界近くになってきていた。
戦いが始まった。
※
——第八十四章、了。




