075 集団の異変
朝。
ルークが王都に来て、四日目。
霜花亭の食堂で、六人がそれぞれの皿を前にしていた。
リント、ユミル、エルナ、シオン、ミラ、ルーク。
ファーファはユミルの肩で目を細めていた。
シオンが朝から塔の用事を片付けて、寄ったところだった。ミラは店を開ける前の支度途中で、エプロンのまま。エルナは冒険者ギルドへ顔を出して戻った。
「リント君」
エルナが切り出した。
「ん」
「ギルドから、新しい依頼」
「内容」
「ヴェルガ村」
「場所」
「王都から、馬で半日。北西」
「うん」
「**村人、一斉に、様子が変わった**」
リントがスプーンを置いた。
ユミルが横で姿勢を変えた。
「一斉?」
「うん」
「何人」
「全員らしい」
「全員」
「報告したのは、行商人。村に物を売りに行ったら、誰も買わない。話も、噛み合わない」
「だな」
「ギルドが、調査依頼として出してきた」
「うん」
「あたしら、適任だってさ」
エルナが肩をすくめた。
「これまで、神官、商家、一人ずつ書き換えられてた」
「うん」
「**今度は、村ひとつ**」
リントが眉を寄せた。
ユミルがじっとエルナを見ていた。
——一斉。
——これまでと、規模が違う。
——人格、書き換え、まとめて。
——リソース、相当、必要。
リントが口に出さなかった。
ただ、ユミルを見た。
ユミルが小さく頷いた。
それで、伝わった。
※
「行く」
リントが言った。
「決まり、早いね」
ミラが横で笑った。
「他に、選択、ないだろ」
「だね」
「**集団、初めて**」
「初めて」
「規模、違う」
「違う」
シオンがそれを聞いて、姿勢を整えた。
「リントさん、私もご一緒します」
「シオン、塔は」
「許可、もらえます。塔の研究範囲です」
「研究?」
「人格、書き換え。**塔の長年の課題**」
「課題?」
「三百年前、似た事件があった、と申し上げました」
「そうだったな」
「今回、**現場で見られる機会**は、貴重です」
「うん」
シオンが頷いた。
ミラが続けた。
「あたしも、行く」
「ミラ、店は」
「副店長に任せる」
「いいのか」
「いい。**こういう時のための、副店長**」
「だな」
エルナが横で笑った。
「ミラ、副店長、いつ雇った」
「先月」
「言ってなかった」
「言う必要、なかった」
「あんた、商売、上手いね」
「あたしの店、あたしのもの」
ミラが頷いた。
ルークが横でそれを聞いていた。
少し迷った顔をしていた。
「リント」
「ん」
「**俺も、行きたい**」
リントがルークを見た。
ユミルもルークを見た。
エルナとミラとシオンも、ルークを見た。
「兄貴」
「ん」
「お前、修行始めたばかり」
「うん」
「危険」
「うん」
「無理は、するな」
「**無理じゃ、ない**」
ルークが姿勢を整えた。
「**昨日、お前、言った**」
「うん?」
「**巻き込め、と**」
「言った」
「**俺、肩、並べたい、と**」
「言った」
「**今、その時だ**」
リントが息を吸った。
——兄貴、早速、来るか。
——でも、本気だ。
——昨日の話、覚悟、本物。
——……。
——連れていくか。
——危険、ある。
——でも、家にいさせる方が、兄貴の覚悟、無駄にする。
——……。
リントが頷いた。
「兄貴」
「ん」
「**条件、ある**」
「うん」
「俺たちの、指示、聞け」
「聞く」
「無茶、するな」
「しない」
「**自分の身、最優先**」
「うん」
「分かったか」
「分かった」
リントが頷いた。
「では、来い」
「うん」
ルークの目が、わずかに光った。
エルナが横でふっと笑った。
「ルーク君、初依頼、おめでとう」
「ありがとう、ございます」
「あたしらの、流儀、教える」
「お願いします」
「**真面目、いい。でも、生きて帰る、最優先**」
「肝に、銘じます」
「肝、銘じる、堅いね」
「堅いです」
ミラが横で笑った。
「ルーク君、堅さ、どこまで続くかな」
「続きます」
「面白い」
ミラが頷いた。
シオンも頷いた。
「ルークさん、ご一緒できて、心強いです」
「いえ、私こそ」
「剣、お得意と伺いました」
「修行中の身、ですが」
「**戦力として、頼りに**」
「**頼られたら、応えます**」
「では、よろしく」
「よろしく、お願いします」
シオンとルークが頷き合った。
エルナが横で、ぼそりと言った。
「真面目同士、進む、進む」
「だな」
リントが息を吐いた。
ユミルが横で、それを見ていた。
ユミルがぽつりと言った。
「ルーク様」
「はい」
「私の、後ろに、いてください」
「後ろ?」
「**何かあれば、私が、お守りします**」
「ユミル様」
「はい」
「**いえ、私が、ユミル様を、お守りします**」
ユミルがぱちぱちと瞬きした。
「ルーク様」
「はい」
「**私、強いです**」
「存じています」
「**お守り、必要、ありません**」
「**それでも、お守りします**」
ユミルが少し困った顔でリントを見た。
リントが息を吐いた。
「兄貴、相変わらずだな」
「相変わらず?」
「ユミルに、過剰」
「過剰じゃ、ない」
「過剰」
「**家族の教え**」
「分かった、もう」
エルナが声を出して笑った。
「ルーク君、ユミルちゃん、強い、信じて」
「信じています」
「**でも、お守りします**」
「諦めな、ユミルちゃん」
「諦めるしか、ないです」
ユミルが頭を下げた。
ファーファがユミルの肩で目を開けた。
「**ルーク様、護衛、立派ニャ**」
「ファーファ、ルーク様、認めてるな」
「**認めるニャ**」
「お前、ユミルの護衛、する気あったか」
「**ニャ**」
「答えになってない」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**話、ずらすな!**」
リントが叫んだ。
朝の食堂に、笑い声が広がった。
※
支度の時間。
リントが部屋で装備を整えていた。
弓、矢筒、短剣、魔石。
魔石は普段より多めに持った。
集団の異変、何が起きるか分からない。
ユミルが横で自分の準備をしていた。
「リン様」
「ん」
「魔石、多め?」
「念のため」
「賢明、です」
「お前は」
「私、要らないです」
「だろうな」
「**私、本体です**」
「うん、知ってる」
ユミルが小さく笑った。
リントが矢を一本確認した。
それから手を止めた。
「ユミル」
「はい」
「お前、**何か、感じてるか**」
ユミルが少し止まった。
それから言った。
「**何か、違います**」
「違う?」
「**これまでの、書き換え、と、違う**」
「規模だけじゃ、なく」
「**規模、だけじゃ、なく**」
「うん」
「**手口、違うかも、しれません**」
「うん」
「**現場、見ないと、分かりません**」
「だな」
「行きます」
「行こう」
ユミルが頷いた。
リントも頷いた。
ファーファがリントの足元に、降りてきていた。
「**主、何、感じるニャ**」
「分からん」
「**ユミル、何、感じるニャ**」
「お前、聞いてただろ」
「**聞いてた、けど、確認ニャ**」
「お前、確認、好きだな」
「**主、ご家族、特性ニャ**」
「**何でその例えになる!**」
ファーファが目を細めた。
ユミルが横で声を出して笑った。
リントが息を吐いた。
「お前、最近、ユミル笑わせるの、得意になってきたな」
「**得意ニャ**」
「**お前、他に何かしろ**」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**そっちかよ!**」
リントが叫んだ。
ユミルがまた、笑った。
笑った後、静かな顔に戻った。
——……行こう。
——何が起きてるか、見に。
——リン様の隣で。
ユミルは口に出さなかった。
ただ、リントの隣に、立った。
※
霜花亭の前。
六人と一匹が揃った。
馬はギルドが用意していた。エルナが手配済み。
四頭。
エルナ、ミラ、シオン、ルークが一頭ずつ。
リントとユミルはリントの馬に二人乗り。ユミルが後ろ、リントの腰に手を回す形。
ファーファはユミルの肩でしがみついていた。
「**揺れるニャ**」
「我慢しろ」
「**酔うニャ**」
「猫、馬で酔うか」
「**竜ニャ**」
「うん、知ってる」
ユミルがファーファの背を撫でた。
「ファーファ、しっかり、つかまっててください」
「**承知ニャ**」
ルークが横で自分の馬に跨った。
慣れた様子だった。
「リント、お前、馬、上手くなったな」
「兄貴、お前も」
「村で、たまに、乗ってた」
「俺もだ」
「**兄弟、似てる**」
「だな」
エルナが横で馬の背を叩きながら言った。
「行くよ」
「うん」
「**北西、ヴェルガ村**」
「うん」
「**馬で、半日**」
「うん」
「**昼過ぎに、着く**」
「分かった」
エルナが先頭に立った。
ミラがその隣。
シオンが続いた。
リントとユミルの馬がその後ろ。
ルークが最後尾。
王都の門を六人で抜けた。
朝の街道に、馬の蹄の音が響いた。
街道は初秋の風が吹いていた。
葉が、わずかに色付き始めていた。
ユミルが後ろからリントに、小声で言った。
「リン様」
「ん」
「**おはようございます**」
「ん?」
「**朝、ご挨拶、忘れていました**」
「ああ」
「**おはようございます、リン様**」
「おはよう」
「**今日は、どうされますか?**」
リントが止まった。
馬の上で、わずかに姿勢が傾いた。
——お前、その聞き方。
——なんか引っかかる。
——前にも、似たような。
——……。
——気のせいか。
リントが息を吐いた。
「依頼、行く」
「はい」
「**いつもの、調査**」
「はい」
「**お前と、皆で**」
「はい」
ユミルがリントの背中に、額を軽く当てた。
リントが少し止まった。
でも、何も言わなかった。
馬は進み続けた。
街道の風が、二人の髪を揺らした。
ファーファがユミルの肩で目を細めていた。
——主、ユミル、近いニャ。
——でも、何も言わないニャ。
——主、強がりニャ。
ファーファは口に出さなかった。
ただ、目を細めていた。
※
街道の途中。
休憩を取った。
馬から降りて、水を飲ませる。
エルナが地図を広げて、ヴェルガ村までの道を確認していた。
ミラが横で、村についての情報を皆に共有していた。
「ヴェルガ村、人口、八十」
「小さい」
「農村」
「うん」
「ギルド支部、ない」
「うん」
「町長、いる。ガルド・ボスマン」
「うん」
「**情報屋ネットワークでは、最近、変な噂**」
「変な?」
「**村人、誰も、行商人と話さなくなった**」
「うん」
「**でも、農作業、いつも通りやってる**」
「いつも通り?」
「うん」
「変だな」
「変」
ミラが頷いた。
ユミルが横でそれを聞いていた。
——農作業、いつも通り。
——でも、会話しない。
——人格、書き換え、機能だけ残してる。
——これは、危ない書き換え方。
ユミルは口に出さなかった。
ただ、リントの隣で静かに立っていた。
リントが横でユミルを見た。
「ユミル」
「はい」
「気になるか」
「**気になります**」
「具体的に」
「**現場、見たほうが、早いです**」
「だな」
「行きましょう」
「うん」
ユミルが小さく頷いた。
ルークが少し離れた場所で、剣を確認していた。
それから、リントを見た。
「リント」
「ん」
「**お前らの依頼、いつも、こう**」
「こう?」
「**得体のしれない、何か、追う**」
「最近は、これ」
「うん」
「**怖くないか**」
「怖い」
「うん」
「**でも、追う**」
「**家族、巻き込まれたら、怖い**」
ルークが頷いた。
「俺、家にいたら、知らないままだった」
「うん」
「お前ら、毎日、こんなのと向き合ってる」
「うん」
「**俺、知れて、よかった**」
「兄貴」
「ん」
「**それ、何度も言うな**」
「うん?」
「**俺、泣きそうになる**」
ルークが、笑った。
リントも、笑った。
エルナがそれを横で見ていた。
エルナがふっと、息を、吐いた。
それから、馬の手綱を握った。
「行くよ」
「うん」
六人が、馬に跨り直した。
街道を、また進んだ。
※
午後。
馬の上で、空が少し変わってきた。
雲が低くなってきていた。
風が湿り気を帯びていた。
ユミルが空を見上げていた。
「リン様」
「ん」
「**雨、来ます**」
「強いか」
「**夕方、強くなります**」
「村まで、もつか」
「**ぎりぎり、です**」
「だな」
「**急ぎましょう**」
「うん」
リントが前を見た。
街道の先、丘を一つ越えた向こうに、村が見えてきていた。
低い屋根がいくつか、並んでいた。
煙突から、煙が上がっていた。
——煙、上がってる。
——生活、してる。
——でも、ミラの情報通りなら、会話ない。
——変だ。
リントが息を吸った。
「ヴェルガ村」
ミラが言った。
「うん」
「**着いた**」
「うん」
エルナが手綱を引いた。
馬が少し、速度を落とした。
村の入口が、見えてきた。
入口に、人が二人、立っていた。
農作業の道具を持っていた。
立ち止まって、こちらを見ていた。
でも、声をかけてこなかった。
笑顔も、なかった。
——目。
——空ろ。
——ミラの情報、当たってる。
リントが馬を止めた。
ユミルが後ろから、リントの腰に手を強く回した。
リントは何も言わなかった。
ただ、ユミルの手を軽く握り返した。
ファーファがユミルの肩で目を細めていた。
——主、ユミル、緊張しているニャ。
——主の主、緊張しているニャ。
——……空気、変ニャ。
ファーファは口に出さなかった。
ただ、目を、細めていた。
雲が低く流れていた。
雨の匂いが村の方角から、漂ってきていた。
その匂いの奥に。
別の何かの匂いが、混じっていた。
ユミルだけが、それを感じていた。
——……これ。
——書き換え、だけじゃない。
——もっと深い。
——……リン様。
ユミルは口に出さなかった。
ただ、リントの背中に額を当て直した。
リントは何も言わなかった。
ただ、村の入口を見据えていた。
六人と一匹が、ヴェルガ村に到着した。
調査が始まろうとしていた。
※
——第七十四章、了。
間違って、10話の後の話をアップしちゃいました。修正しました。




