074 家族という気配
ルークが王都に来て、三日目の夜。
ミラの店から霜花亭に帰った後。
エルナが先に部屋に上がった。
ユミルもファーファを連れて部屋に戻った。
リントとルークだけが霜花亭の食堂に残った。
夜中、人のいない静かな食堂。
女将は奥で寝ていた。
二人でぽつりとエールを飲んでいた。
「兄貴」
「ん」
「父さん、母さん、元気か」
「元気だ」
「最近、何してる」
「父さん、相変わらず薪割り」
「変わらないな」
「母さん、相変わらず騒がしい」
「母さんも、変わらないな」
「お前のこと、毎日心配してる」
「だろうな」
「俺が来るって決まった時、母さん、また騒いだ」
「想像つく」
「『リントに、これ持ってって』『あれ持ってって』」
「うん」
「結局、荷物半分、母さんのお土産」
「ありがたい」
「お前への手紙も、ある」
「読む」
「明日、渡す」
「うん」
ルークがエールを飲んだ。
リントもエールを飲んだ。
しばらく無言だった。
無言だが、嫌な無言ではなかった。
兄弟特有の沈黙。
※
「リント」
「ん」
「お前、王都で何してるんだ」
「依頼って、言った」
「具体的に」
「……」
リントが少し迷った。
ルークが待った。
「兄貴」
「ん」
「敵、追ってる」
「敵」
「組織」
「うん」
「王都で、暗躍してる」
「うん」
「神官、商人、書き換える」
「書き換える?」
「人格、記憶、上書き」
「魔法か」
「魔法じゃ、ない」
「では、何だ」
「……」
リントが息を吐いた。
「兄貴、長い話になる」
「聞こう」
「いいか」
「うん」
ルークがエールを置いた。
姿勢を整えた。
リントも、姿勢を整えた。
「兄貴」
「ん」
「ユミル、知ってるだろ」
「知ってる」
「お前、村で、ユミル、見てきた」
「見てきた」
「ユミル、何だと思う」
「**精霊、と言われてた**」
「うん」
「父さん、母さん、エルフと最初は思ったらしい」
「だな」
「俺、よく分かってない」
「うん」
「お前は、知ってるか」
「知ってる」
「教えてくれるか」
「教える」
リントが息を吸った。
それからゆっくり言った。
「**ユミル、別の、世界から、来た**」
「別の、世界」
「うん」
「俺の前世の世界」
「お前、前世あるのか」
「ある」
「いつから知ってた」
「物心ついた時から」
「は?」
「俺、転生者」
ルークが目を丸くした。
エールの杯を置こうとして、こぼしそうになった。
「お前、それ」
「うん」
「冗談か」
「冗談じゃ、ない」
「……」
「兄貴、信じる義務、ない」
「信じない、と言うわけにも、いかない」
「うん」
「お前、嘘つく男じゃ、ない」
「うん」
「で、お前が転生者で、ユミルが別の世界の誰か」
「うん」
「そういうこと、なのか」
「そういうこと」
ルークがエールを一気に飲んだ。
それからリントを見た。
「俺、頭、混乱してる」
「だろうな」
「でも、お前、まじめだな」
「まじめ」
「うん」
「兄貴」
「ん」
「**他の人に、言うな**」
「言わない」
「父さん、母さんにも」
「言わない」
「お前、内緒にできるか」
「できる」
「ありがとう」
「お前、苦労したな」
「苦労?」
「ずっと、その秘密を抱えて生きてきた」
「うん」
「俺、何も知らなかった」
「知らなくていいこと、だった」
「でも」
「兄貴」
「ん」
「**お前、俺の、兄貴で、よかった**」
ルークが止まった。
それからぽつりと言った。
「俺もだ」
「ん?」
「**お前、俺の、弟で、よかった**」
リントが頷いた。
ルークが頷いた。
二人とも目が潤んでいた。
でも、泣かなかった。
兄弟特有の距離。
※
「で、敵」
ルークが続けた。
「うん」
「敵も、転生者?」
「転生者ではないけど、ユミルの世界の技術を知ってる人間」
「うん」
「で、その技術で人を書き換えてる」
「うん」
「人格、上書き」
「上書き」
「敵が、王都の神殿、商家に入り込んでる」
「だな」
「お前ら、それを追ってる」
「追ってる」
「危険」
「危険」
「死ぬ可能性?」
「ある」
「だな」
ルークが息を吐いた。
「**俺、何、できる**」
「兄貴」
「ん」
「お前、巻き込みたくない」
「**巻き込め**」
「ん?」
「**お前、俺の、弟だ。お前、危険、なら、俺、横に、いる**」
「兄貴」
「ん」
「**強くなりたい**」
「うん」
「**お前、守りたい、わけじゃ、ない**」
「うん?」
「**お前と、肩、並べたい**」
リントが止まった。
——兄貴、いつからこんなこと、考えてたのか。
——いや。
——ずっと考えてた、んだろうな。
——俺がラウンドローズに出てから、ずっと。
——兄貴、村にいて、家を守りながら。
——「俺、ちゃんと強くなる」と言ってた。
——あれ、口先だけじゃなかった。
リントが頷いた。
「兄貴」
「ん」
「分かった」
「うん」
「お前、修行頑張れ」
「うん」
「俺も、修行頑張る」
「うん」
「**いつか、肩、並べる、日、来る**」
「来るな」
「来る」
二人が頷いた。
それからエールをもう一杯、注ぎ合った。
杯がぶつかった。
「**兄弟**」
ルークが言った。
「**兄弟**」
リントも繰り返した。
軽い音が、夜の食堂に響いた。
※
「リント」
ルークが続けた。
「ん」
「ユミル様、お前の何だ」
「何、というのは」
「**家族?**」
「仲間」
「仲間」
「家族じゃ、ない」
「では、何」
「**仲間**」
「**それ以上は?**」
リントが止まった。
——兄貴、刺してくるな、また。
——でも、答えようがない。
——俺とユミル、決めてない。
——決める必要、あるのか。
——でも、兄貴、訊いてくる。
「兄貴」
「ん」
「俺、答え持ってない」
「うん?」
「ユミルとの距離、決めてない」
「決めないまま、でいいのか」
「いいと、思ってた」
「うん」
「でも、最近考える」
「考える」
「**お前、家族何だって訊かれて、答え出ない**」
「うん」
「**仲間で、足りるのか**」
「うん」
「足りない気がする、けど、家族とは違う」
「うん」
「**間の何か**」
「うん」
「名前、ない」
「名前、付けるか」
「兄貴、付けるの上手か」
「上手じゃ、ない」
「だろう」
「**でも、付けなくていいんじゃないか**」
リントが止まった。
「ん?」
「名前ないまま、でも関係、あるぞ」
「うん」
「俺とお前、兄弟という名前、ある」
「うん」
「でも、その形、二人で決めた」
「うん」
「ユミル様とお前の形、二人で決めればいい」
「決めれば、いい」
「名前、なくてもいい」
「うん」
リントが頷いた。
「兄貴」
「ん」
「**今日、それ聞いて、楽になった**」
「楽?」
「うん」
「俺、答え出さないと、と焦ってた」
「うん」
「焦らなくていい、ってこと」
「うん」
「ありがとう」
「礼、要らない」
「いる」
「いいよ」
ルークが、ふっと、笑った。
リントも笑った。
※
夜が深まっていった。
ルークがぽつりと言った。
「リント」
「ん」
「俺、家出てくる時、父さん、何も言わなかった」
「父さん、言わない人だ」
「でも、最後、肩叩いた」
「うん」
「『お前、生きて戻ってこい』と」
「父さん、らしい」
「らしい」
「母さんは」
「母さん、泣いた」
「だろうな」
「『お前まで、行くのか』と」
「うん」
「『リントのところ、頼む』と」
「ん?」
「『あの子、賢いけど、無茶する』と」
リントが止まった。
「母さん、それ言ったか」
「言った」
「俺、無茶してるのか」
「してる」
「自覚、なかった」
「無いんだろうな」
「だな」
ルークが笑った。
「母さん、お前を心配してる」
「うん」
「俺も、心配してる」
「うん」
「だから、来た」
「うん」
「**家族、繋がってる**」
「だな」
「離れてても」
「うん」
「思って、繋がってる」
「うん」
リントが頷いた。
——兄貴、その通りだ。
——家族ってのは、そういうもの。
——離れても、心配できる関係。
——……。
——ユミル、家族ない、と言った。
——でも、ユミル、心配してるだろう。
——皆を。
——俺を。
——ユミル、心配することで繋がってる。
——形、違うけど繋がってる。
——……。
リントはそれを口に出さなかった。
ただ、エールをゆっくり飲んだ。
ルークがもう一杯注いだ。
二人で夜中まで話した。
村の話、父母の話、ルークの修行の話、リントの王都の話。
途中、エルナの話、シオンの話、ミラの話、ファーファの話。
そして、ユミルの話。
何度も何度も、ユミルの話に戻った。
ルークがある時、ぽつりと言った。
「リント」
「ん」
「お前、ユミル様、好きだろ」
リントがエールをこぼしそうになった。
「ん!?」
「好きだろ」
「兄貴、急に何言う」
「急にじゃない。見てたら分かる」
「……」
「俺、それを言うために来たわけじゃない」
「うん」
「でも、見てて分かる」
「うん」
「お前、答え出さなくていい」
「うん」
「ユミル様と二人で、決めろ」
「うん」
「焦るな」
「うん」
「**でも、大事にしろ**」
「うん」
「分かったな」
「分かった」
リントが頷いた。
兄貴がまた頷いた。
ルークがエールを飲み干した。
「俺、寝る」
「もう寝るのか」
「明日、修行早い」
「お前、もう修行始めるのか」
「明日、剣の訓練場、見学」
「だな」
「お前、付き合うか」
「付き合う」
「いいのか、依頼ないのか」
「ない、明日はない」
「では、頼む」
「うん」
ルークが立ち上がった。
リントも立ち上がった。
二人が二階の部屋へ上がった。
廊下で、別れる前、ルークがぽつりと言った。
「リント」
「ん」
「**ありがとう、今日**」
「うん」
「久しぶり、こんなに話した」
「だな」
「お前と、話せてよかった」
「俺もだ」
「兄弟」
「兄弟」
二人が頷いた。
それぞれの部屋に入った。
廊下が静かになった。
リントが自分の部屋に入った時、ユミルがベッドの縁に座って本を読んでいた。
ファーファがユミルの膝で寝ていた。
「お帰り、なさい」
ユミルが言った。
「ただいま」
「ルーク様と、お話、楽しかったですか」
「楽しかった」
「兄弟、ですね」
「兄弟、だな」
「ご家族の繋がり、感じます」
「うん」
ユミルが本を閉じた。
リントを見た。
「リン様」
「ん」
「私も、ここにいて、いいですか」
「いいに、決まってる」
「ありがとう、ございます」
「お前、何で訊くんだ、それ」
「ご家族の夜、邪魔したくない」
「邪魔じゃ、ない」
「いいんですか」
「いい」
「ありがとう、ございます」
ユミルが微笑んだ。
リントがベッドの縁に座った。
ユミルの隣だった。
ファーファがユミルの膝で目を開けた。
「**主、お帰りニャ**」
「うん」
「**主の主、本、読んでたニャ**」
「読んでた」
「**主、ユミル、独占、ニャ?**」
「独占しない」
「**でも、隣に、座ったニャ**」
「うん」
「**独占ニャ**」
「うるさい」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、急に、戻すな!**」
ユミルが声を出して笑った。
リントも笑った。
ファーファが目を細めた。
夜が静かに更けていった。
部屋の窓から、王都の星空が見えた。
その下で、リントの新しい家族の気配が、増えていた。
兄貴。
そして、仲間。
ユミル。
ファーファ。
エルナ。
シオン。
ミラ。
——名前ない、けど繋がってる。
——形、それぞれ違うけど繋がってる。
——……。
——いい夜だ。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルの隣でしばらく、目を閉じていた。
ユミルもその隣で、目を閉じていた。
ファーファもその膝で、目を閉じていた。
夜が深まっていった。
明日からも、長期戦が続く。
でも、今この瞬間は、平和だった。
その平和を、リントがしっかり感じていた。
※
——第七十三章、了。




