070 買い物デート
数日後の、依頼のない朝。
朝食の後、リントがユミルに言った。
「ユミル」
「はい」
「今日、依頼ない」
「ありません」
「お前、買い物行くか」
「買い物?」
「うん」
「何を買うんですか」
「お前のローブ、新しいの」
「私、今のローブで十分です」
「お前のは、薄い」
「薄いです」
「これから、季節変わる」
「変わります」
「冬、寒くなる」
「なります」
「だろ」
「はい」
「だから、買おう」
「……はい」
ユミルが少し戸惑った顔をした。
「リン様」
「ん」
「私、ローブの選び方、分かりません」
「だろうな」
「お任せしても?」
「俺の見立てで、いいか」
「はい」
「うん」
リントが頷いた。
エルナが横でにやにやしていた。
「リント君、誘い上手」
「うるさい」
「誘い上手」
「うるさいって」
「ユミルちゃん、楽しんでおいで」
「はい」
「リント君、奢るんでしょ」
「奢る」
「太っ腹」
「うるさい」
エルナが声を出して笑った。
ファーファがユミルの肩で目を開けた。
「**主の主、出かけるかニャ**」
「出かけます」
「**我も、行くニャ**」
「ファーファ、一緒です」
「**よかったニャ**」
「**お前、一緒に行くなよ**」
リントが言った。
「**え?**」
「お前、二人の邪魔だ」
「**邪魔、ニャ?**」
「邪魔」
「**主、ひどいニャ**」
「お前、いつもジャーキー要求してくるだろ」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**今、まさに、要求してきた!**」
エルナが声を出して笑った。
「リント君、ファーファ、置いていきな」
「うん、置いていく」
「**……寂しいニャ**」
「ファーファ」
エルナが言った。
「**ニャ?**」
「あたしと留守番、しような」
「**姐と?**」
「うん。あたし、ジャーキー用意してる」
「**姐、神ニャ**」
「お前、簡単に神様認定するな」
リントが言った。
「**ジャーキー、ある人、神ニャ**」
「お前の価値観、ジャーキー中心」
「**当然ニャ**」
ユミルがファーファを、エルナの肩に移した。
ファーファが満足げに目を細めた。
エルナがファーファの頭を撫でた。
「行ってきな、二人で」
「うん」
「ありがとうございます」
ユミルが頭を下げた。
リントとユミルが霜花亭を出た。
ファーファはエルナの肩で、ジャーキーを所望していた。
※
王都の商業区。
通りに人が多い。
店が並んでいた。
宝飾、布、調度、食料、玩具。
色とりどりの看板。
呼び込みの声。
馬車が走り抜ける。
ユミルが辺りを見回した。
「リン様」
「ん」
「人、多いです」
「多いな」
「賑やかです」
「だな」
「お祭りみたいです」
「平日だぞ、これで」
「平日、ですか」
「いつも、こんな感じだ」
「王都、すごいです」
「だな」
「私、商業区好きです」
「俺もだ」
「歩くだけで、楽しい」
「だな」
リントが頷いた。
ユミルがリントの少し後ろを歩いていた。
リントが歩調を緩めた。
ユミルが横に並んだ。
「並んで歩け」
「はい」
「後ろ、寂しいだろ」
「寂しい、です」
「だろ」
「リン様、観察上手」
「観察上手じゃない。お前が分かりやすいんだ」
「……はい」
ユミルが小さく笑った。
※
最初に、ローブの店。
「いらっしゃいませ」
店主の女性が出迎えた。
中年、優しい笑顔。
「冬向けのローブ、見たい」
リントが言った。
「お嬢さんに?」
「うん」
「分かりました」
店主が奥から何着か出してきた。
布が並んだ。
紺、深緑、暗い赤、灰色。
ユミルが目を細めた。
「綺麗、です」
「色、好みあるか」
「分かりません」
「お前、青系、似合うと思う」
「青系?」
「お前の髪、白に近いから、青が合う」
「観察、上手」
「観察、上手じゃない」
「上手、です」
ユミルが頷いた。
リントが深緑を手に取った。
「これ、暖かそうだな」
「暖か、です」
「触ってみろ」
ユミルが布に触れた。
「ふわふわです」
「だな」
「気持ちいい、です」
「これ、試着できる?」
リントが店主に訊いた。
「もちろん」
店主がユミルを、試着室に案内した。
ユミルがしばらくして、出てきた。
深緑のローブを羽織っていた。
リントが少し止まった。
——綺麗だな。
——口に出すか。
——出すか悩むな。
リントが咳払いをした。
「うん、いいな」
「いい、ですか」
「いい」
「具体的な感想、ください」
「具体的?」
「はい」
「……色、合ってる」
「色」
「うん。お前の髪と目に、合ってる」
「ありがとう、ございます」
「あと、暖かそう」
「暖か、です」
「これ、買おう」
「はい」
ユミルが頷いた。
店主が頷いた。
「お似合いですよ」
「ありがとう、ございます」
ユミルが頭を下げた。
リントが銀貨を、店主に渡した。
ユミルがローブを着替えて、戻ってきた。
新しいローブを布に包んでもらった。
ユミルが両手で抱えた。
「ありがとう、ございます」
「うん」
「リン様、ありがとうございます」
「うん」
「大事に、します」
「大事に、しろ」
「はい」
二人が店を出た。
※
次に、雑貨屋。
ユミルが立ち止まった。
「リン様」
「ん」
「あれ」
ユミルが指した。
小さな木彫りの店。
人形、動物、日用品。
「木彫り、好きだったな」
「好き、です」
「見るか」
「見てもいい?」
「見ろ」
ユミルが店に入った。
リントもついて行った。
棚に、たくさんの木彫り。
猫、犬、鳥、馬、人形、果物の形。
ユミルが目を輝かせた。
「リン様、いっぱいです」
「いっぱいだな」
「みんな、可愛いです」
「だな」
ユミルが一つ一つ手に取って、見ていた。
リントは少し離れて、見ていた。
——お前、子供みたいだな。
——いや、子供じゃない。
——でも、楽しそう。
リントがふっと笑った。
ユミルがリントを振り返った。
「リン様、笑いました?」
「笑った」
「なぜ」
「お前、楽しそうだから」
「楽しい、です」
「だろ」
ユミルがまた棚に向かった。
しばらくして、一つを手に取った。
小さな木彫りの猫。
しっぽがぴんと立っていた。
「リン様」
「ん」
「これ、ファーファに似てる、です」
「ん?」
リントが近づいて見た。
確かに、ファーファに似ていた。
「すました顔、似てる」
「似てます」
「買うか」
「買っていい、ですか」
「買え」
「ファーファに、見せたい」
「見せろ」
「お土産、です」
「お土産、いいな」
ユミルが店主に銀貨を渡した。
店主が布で包んでくれた。
ユミルが両手で受け取った。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ」
ユミルが頭を下げた。
二人が店を出た。
ユミルがローブと木彫りの、二つの包みを両手に抱えていた。
リントが横で笑った。
「お前、荷物増えたな」
「増えました」
「持つか」
「いえ、自分で持ちます」
「重いだろ」
「重くありません」
「貸せ」
「いえ」
「貸せ、って」
「……」
ユミルがリントに、ローブの包みを渡した。
「ありがとう、ございます」
「うん」
「木彫り、私が持ちます」
「うん」
「お土産、私が渡したい」
「うん」
リントが頷いた。
二人がまた歩き出した。
※
昼食。
屋台が並ぶ通り。
匂いが立ち込めていた。
「腹、減ったな」
「減りました」
「何、食う」
「リン様、お任せします」
「お前、好みない、のか」
「分かりません」
「初めてのもの、食ってみるか」
「はい」
リントが屋台を見渡した。
肉串、スープ、パン、串揚げ、果物。
エルナが好きそうな、スパイスの効いた肉。
シオンが好きそうな、上品なスープ。
「これ、行こう」
リントが肉串の屋台を指した。
「肉、です」
「うん。お前、肉好きか」
「好き、です」
「だな」
「肉、シンプルが好き」
「シンプル」
「複雑なソース、苦手」
「初耳だ」
「初耳シリーズ」
「お前、またそれか」
「また、です」
ユミルが小さく笑った。
リントが屋台で、肉串を二本買った。
ユミルに一本、渡した。
「熱いから、気をつけろ」
「はい」
ユミルが慎重に、口をつけた。
目を少し丸くした。
「美味しい、です」
「だろ」
「肉、柔らかいです」
「うん」
「タレ、ちょうどいいです」
「うん」
「リン様、選ぶの上手」
「観察、上手」
「上手、です」
二人が屋台の前で、肉串を食べた。
簡単な昼食。
でも、ユミルが嬉しそうだった。
リントがそれを見ていた。
——お前、こんな簡単なことで、嬉しいんだな。
——もっと、こういうの、増やしたいな。
リントは口に出さなかった。
ただ、隣で肉串を食べた。
※
午後。
通りをぶらぶらと歩いた。
特に、目的はなかった。
ユミルが店先の果物を見たり、布を見たり、雑貨を見たりしていた。
リントはユミルが立ち止まる度に、待った。
待つこと自体が楽しかった。
「リン様」
「ん」
「これ」
「うん?」
ユミルが小さな店で、何かを指していた。
布製の、小さな巾着。
「これ、何に使う?」
「分かりません」
「分からないのか」
「でも、可愛いです」
「可愛いな」
「買っていい?」
「買え」
「使い道、ありません」
「お前のいつもの、根っこシリーズだろ」
「根っこ、です」
「買え」
「はい」
ユミルが銀貨を出した。
巾着を買った。
布で包んでもらった。
「ありがとう、ございます」
「リン様、今日ばかり、買ってます」
「うん」
「申し訳ない、です」
「謝るな」
「ありがとう、ございます」
「うん」
「楽しい、です」
「俺もだ」
リントが頷いた。
ユミルが小さく笑った。
※
夕方。
二人が王都の中央広場に、立っていた。
夕日が王城を、赤く染めていた。
人通りが家路に向かい始めていた。
ユミルが両手に包みを抱えていた。
ローブ、木彫り、巾着。
リントも別の包みを、一つ持っていた。
「そろそろ、戻るか」
リントが言った。
「はい」
「ファーファ、待ってるだろうな」
「ジャーキー、要求しているはず、です」
「だな」
「エルナ姐さん、消耗していそう」
「消耗してる、だろうな」
「申し訳ない、です」
「いや、留守番頼んだ、こちら」
「リン様」
「ん」
「ありがとう、ございます」
「礼、いい」
「楽しかった、です」
「……」
リントが少しだけ止まった。
——あ。
——ユミル、その言葉、まだ来てないな。
——でも、もうすぐ出そう。
——別に、出ていいけど。
リントは口に出さなかった。
ただ、頷いた。
「俺もだ」
「はい」
二人が霜花亭への道を、歩き始めた。
夕日が長く、影を引いていた。
二人の影が寄り添って、伸びていた。
ファーファのいない、二人の時間が、もう少し続いていた。
※
——第六十九章、了。




