068 王都という拠点
三日が過ぎた。
それぞれが、それぞれの準備を済ませた。
ミラは姉に店を任せる手筈を整えた。
シオンは塔に長期休職を申請し、許可が下りた。
エルナはスカディ家に報告し、母親と長く話し合った。
詳しく語らないけれど、母は最後、エルナの肩をぽんと叩いて送り出したらしい。
リントは村に手紙を書いた。
長期で王都を拠点にすること、皆と一緒であること、無事を約束すること。
ユミルは霜花亭の女将に、深く頭を下げた。
「長く、お世話に、なります」
「あんたら、家族みたいなもんだ」
「**家族**」
「うん。だから、好きなだけ、いな」
ユミルが頷いた。
それから、女将に向かってもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいよ、いいよ」
ファーファが女将の肩に飛び乗った。
「**女将、ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、女将に、まで、要求するな!**」
リントが叫んだ。
女将が声を出して笑った。
「ファーファ、ジャーキー、奥に、用意してあるよ」
「**……女将、神ニャ**」
「**お前、簡単に、神様、認定するな**」
リントが続けて叫んだ。
霜花亭の食堂が笑い声に包まれた。
これから始まる長期戦の前の、束の間の賑やかさ。
それも必要な時間だった。
※
夕方。
霜花亭の裏庭。
五人と一匹が集まっていた。
明日、最初の調査地ブリッドリーへ向かう。
その前夜の、最後の準備会議。
「ブリッドリー、最初の町」
リントが言った。
「だな」
エルナが頷いた。
「あたしらが最初に寄った、街道沿いの町」
「うん」
「魔物の異変、最初に感じた場所」
「うん」
「あの時、エルナ姐さん、過去の話を漏らした」
ユミルが付け加えた。
「だな」
「あの頃の、伏線」
「**伏線**」
ミラがふっと笑った。
「あんたら、過去の旅、伏線まみれだね」
「だな」
「あの時聞いてた、あたしも、今いる」
「うん」
「不思議な感じ」
「だな」
シオンが頷いた。
「私も、塔から出ます」
「うん」
「外、久しぶりです」
「だろうな」
「楽しみ、です」
「シオン、楽しい出すと可愛いね」
ミラが言った。
「失礼、しました」
「失礼じゃない」
「素直、いい」
「ありがとうございます」
リントが頷いた。
「五人で行く」
「うん」
「ファーファ、いるから、六」
「**我、人数、入れるかニャ?**」
「入る」
「**よかったニャ**」
「お前、自信なかったのか」
「**ちょっと、不安だったニャ**」
「珍しいな」
「**たまに、不安ニャ**」
ユミルがファーファの背を撫でた。
「ファーファ、仲間、です」
「**仲間ニャ**」
「ずっと、です」
「**ずっとニャ**」
ファーファがユミルの肩で、ごろごろ鳴いた。
※
「で、確認」
リントが言った。
「うん」
「敵、追う」
「うん」
「正体、まだ見えない」
「うん」
「**でも、追う**」
「追う」
「全員、生きて、戻る」
「戻る」
「ヴェルナーさん、と約束した」
「した」
「家族と、約束した」
「した」
「だから、生きる」
「うん」
エルナがぽつりと言った。
「あたしの霜の剣の、四人」
「うん」
「あの時、生きて戻ってこられなかった」
「うん」
「今度は」
「うん」
「**今度は、戻る**」
「うん」
「あの四人の分も、生きる」
「だな」
エルナが空を見上げた。
夕日が王都の屋根を、赤く染めていた。
ミラがエルナの肩を、軽く叩いた。
「あんた、強くなったね」
「強く?」
「霜の剣の話、最初、辛そうだった」
「だな」
「今、過去にしてる」
「過去」
「過去にできた、強さ」
「うん」
「あたしの過去も、過去にしたい」
「うん」
「お互い、進めるね」
「進める」
二人が頷いた。
シオンも頷いた。
「私も、孤児院から出てきた身です」
「うん」
「過去、辛いこと、ありました」
「うん」
「でも、今、ここにいる」
「うん」
「皆さんと、ここにいる」
「うん」
「過去、過去にできる気がします」
「うん」
リントが頷いた。
「俺、過去、辛いこと、ないけど」
「うん」
「これから起きること、過去にしたい」
「だな」
「**生きて、過去にしたい**」
「うん」
ユミルが横で頷いた。
「私、過去、複雑、です」
「うん」
「でも」
「でも?」
「皆さんと、過去を作っていけたら」
「うん」
「**新しい、過去**」
「うん」
「それなら、いい過去、です」
「だな」
リントがユミルを見た。
ユミルがリントを見た。
「お前、いいこと言うな、たまに」
「たまに、です」
「お前、たまにシリーズ、増えてんな」
「増えています」
「自覚、あるのか」
「自覚あります」
ユミルが小さく笑った。
エルナが横で笑った。
「ユミルちゃん、攻めるね」
「攻めています」
「いいよ」
ファーファがユミルの肩で目を細めた。
「**主の主、攻め、上手ニャ**」
「ありがとう、ございます」
「**主、防御、下手ニャ**」
「お前、急に俺をけなすな」
「**事実ニャ**」
「事実シリーズ、お前まで」
「**シリーズ、流行ニャ**」
「お前、流行追うのか」
「**流行、大事ニャ**」
「お前、何でも大事にするな」
「**ジャーキー、大事ニャ**」
「**それ、永遠だな!**」
リントが叫んだ。
裏庭に、笑い声が響いた。
夕日が、五人と一匹を照らしていた。
※
夜。
霜花亭の食堂。
最後の夜。
女将が特別料理を出してくれた。
「明日から、しばらくいなくなるんだろ」
「はい」
「これくらい、サービスさ」
「ありがとう、ございます」
シチューが温かかった。
パンがふっくら焼けていた。
エールが冷えていた。
五人と一匹はゆっくり食べた。
ファーファはジャーキーを、三本要求した。
ユミルが二本、与えた。
「**主の主、三本、所望ニャ**」
「二本で、十分です」
「**……渋ちんニャ**」
「ファーファ、健康、大事です」
「**健康、ジャーキー、ニャ**」
「ジャーキー、健康ではない、です」
「**……合理、ニャ?**」
「合理、です」
「**ふむ……**」
ファーファが少しだけ納得した顔をした。
エルナが声を出して笑った。
「ユミルちゃん、ちゃんと教育してる」
「教育しています」
「自覚、出てきたね」
「出てきました」
「成長、だね」
「成長、です」
ユミルが頷いた。
リントが横でふっと笑った。
「お前、教育者、向いてるかもな」
「教育者?」
「ファーファ、シオン、お前の生徒だらけ」
「シオン様、生徒ですか」
「**ユミルさん、先生ですよ**」
シオンが頷いた。
「先生ではなく、同じ世界に興味がある人、です」
「**でしたね**」
「覚えていますか」
「覚えています」
「ありがとう、ございます」
ユミルが、小さく笑った。
ミラが酒を、五人分注いだ。
「最後の、夜」
「うん」
「乾杯、するか」
「するか」
杯を持ち上げた。
「**生きて、戻る**」
エルナが言った。
「**生きて、戻る**」
四人が繰り返した。
ファーファも声を上げた。
「**生きて、戻るニャ**」
杯がぶつかった。
軽い音が食堂に響いた。
霜花亭の灯りが温かかった。
外の王都の夜は、澄んでいた。
※
その夜、それぞれが、それぞれの部屋で眠った。
ユミルとリントは隣同士の部屋。
エルナは廊下の向かい。
ミラは店から、霜花亭に泊まりに来ていた。
シオンも塔から、霜花亭に泊まりに来ていた。
五人と一匹が、同じ屋根の下で眠った夜。
明日から、長期戦が始まる。
王都を拠点に。
各地を回って。
敵の全貌を、掴む。
正体は、まだ見えない。
でも、追う。
その覚悟を、五人と一匹が共有していた。
夜が、静かに更けていった。
王都の夜空には、星が瞬いていた。
その下で、五人と一匹の新しい章が始まろうとしていた。
※
——第六十七章、了。
——**第四部、王都編、完結。**




