066 手がかりと限界
二週間が過ぎた。
調査は続いていた。
シオンは白蛇の信徒の系譜を辿り、数十の文書を読み解いた。
ミラはヴァナール側の伝手を増やし、過激派の構造を少しずつ把握していた。
リント、ユミル、エルナの三人は神殿に通い、フォルクハルト夫人を訪ね、王都の街の異変を観察していた。
ファーファの感知能力は確実に磨かれていた。
時々、敵の気配をぼんやり感じる程度にはなった。
でも、敵の正体には五人の誰も届かなかった。
夜、ミラの酒場、奥の個室。
五人と一匹がまた集まっていた。
机の上に、新しい紙束。
シオンが疲れた顔で紙を整理していた。
ミラが酒を運んできた。
「お前、隈、ひどいよ」
「すみません」
「謝るなって。心配してんの」
「はい」
「無理するな」
「無理、しています」
「自覚あんのか」
「あります」
「自覚あるなら、休め」
「休めません」
「だな」
ミラが息を吐いた。
シオンが紙を一枚出した。
「白蛇の信徒の系譜、ほぼ辿りました」
「うん」
「三百年前、討伐から生き延びた一部が、ヴァナール東部に移った」
「うん」
「三世代、潜伏」
「うん」
「四世代目で再活発化」
「うん」
「現在、五世代目」
「で、現在の指導者は誰だ」
「**……分かりません**」
シオンが机に紙を置いた。
「指導者の名前、文書には出てきません」
「全然?」
「全然」
「徹底してる、と」
「はい」
ミラが頷いた。
「裏のチャネルでも出てこない」
「うん」
「ヴァナール側、誰も知らないらしい」
「組織内部でも隠してる、と」
「あるいは、組織外部にいる」
「外部?」
「指導者、ヴァナールにいない可能性」
「どこに」
「**分からない**」
ミラも紙を置いた。
エルナが息を吐いた。
「あたしらの現場の方も」
「うん」
「フォルクハルト氏、変わらず」
「夫人、どうしてる」
「強くなってきてる」
「強く?」
「諦めてきてる、じゃなくて」
「うん?」
「事実を受け入れて、戦おうとしてる」
「だな」
「上の息子は夫人の味方」
「下の息子は」
「父親が変、と気づいてない」
「五歳、だしな」
「うん」
「上の息子、商会を継ぐ準備、始めてる」
「早い、な」
「夫人と相談して、決めた」
「うん」
「父親が敵の道具、と認識した上で継ぐ」
「覚悟、してるな」
「してる」
「すごいな」
「すごい」
リントが頷いた。
「神殿の方は」
「アロド司祭、休職」
「休職?」
「精神的に限界」
「うん」
「ベーア司祭、平常」
「不気味なほど平常」
「だな」
「エイダ司祭、見張ってる」
「危険じゃないか」
「危険」
「お前、護衛、頼むか」
「申し出た。エイダ司祭、断った」
「なんで」
「『神殿、私の、領域』、と」
「気高い人だな」
「気高い」
「ただ、エルナさんが毎日、神殿に立ち寄ってる」
シオンが補足した。
「うん」
「顔見るだけで違う」
「だな」
「あたしの気休め」
エルナが言った。
「気休め、大事」
ミラが頷いた。
「で、まとめると」
ユミルが言った。
「うん」
「敵の活動、把握できます」
「うん」
「敵の目的、推測できます」
「うん」
「敵の構造、見えてきました」
「うん」
「**でも、敵の正体、見えない**」
「見えない」
リントが繰り返した。
「指導者、誰か分からない」
「うん」
「敵の本拠地、分からない」
「うん」
「**敵が、私たちを把握しているか、分からない**」
ユミルが付け加えた。
リントが息を止めた。
「お前、敵に、見られてる、って思うか」
「**可能性、あります**」
「うん」
「敵、私たちより巧妙」
「うん」
「私たちの動き、敵に見えている可能性」
「うん」
「**逆に、敵の動き、私たちに見えていない**」
「不利だな」
「不利、です」
エルナが息を吐いた。
「あたしら、追ってる、と思って、追われてる、可能性」
「うん」
「気持ち悪いな」
「気持ち悪い、です」
シオンが頷いた。
「私の王立記録の調査、敵に知られている可能性」
「うん」
「ミラさんの裏の調査、知られている可能性」
「うん」
「皆、敵のリストに載っている可能性」
「だろうな」
ミラが酒を一口飲んだ。
「気をつけよう」
「うん」
「お互い、用心」
「だな」
「夜道、一人で歩くな」
「うん」
「シオン、特に塔から宿まで、一人で帰るな」
「はい」
「危険な時は、店で泊まれ」
「ありがとう、ございます」
「リント、ユミル、エルナも、霜花亭で固まれ」
「だな」
ファーファがユミルの肩で目を開けた。
「**主、皆、心配ニャ**」
「だな」
「**我、見張りニャ**」
「お前、見張れるのか」
「**夜、起きてるニャ**」
「お前、寝ないのか」
「**寝るけど、感知、入るニャ**」
「無意識で感知、できる、と」
「**できるニャ**」
「すごいな、お前」
「**我、賢いニャ**」
「賢い、です」
ユミルが頷いた。
「ファーファ、頼みます」
「**任せろニャ**」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、仕事と、報酬、別なんだろ**」
リントが叫んだ。
エルナが声を出して笑った。
「ファーファ、それでこそ」
「**それでこそニャ**」
緊張した空気が少し緩んだ。
でも、緩み切れなかった。
五人と一匹の表情に、疲れと焦りが見えていた。
二週間、追って追えなかった。
あと、どれくらい続けるのか。
続けて追いつけるのか。
口に出さない疑問が机の上に漂っていた。
※
帰り道。
リントとユミルが霜花亭まで歩いた。
エルナは別件でミラの店に少し残った。
雨の気配のする夜。
街灯が少し霞んで見えた。
「ユミル」
「はい」
「お前、限界、近いか」
「……」
「答えなくて、いい」
「いえ」
「いいんだ」
「リン様」
「ん」
「私、限界、ではない、です」
「うん」
「でも、足りない」
「うん」
「私一人で、敵を追えると思ってない」
「うん」
「足りない、と自覚しています」
「うん」
「でも」
「でも?」
「**諦めて、ない、です**」
「だろうな」
「皆さん、いるから」
「うん」
「私一人なら、もう絶望してた」
「絶望」
「はい」
「お前、絶望、するのか」
「します」
「初耳だ」
「リン様、新発見シリーズ」
「お前、こういう時に軽口、入れるな」
「ごめんなさい」
「いや、いい」
「リン様」
「ん」
「皆さん、ありがたい」
「うん」
「ファーファも、ありがたい」
「うん」
「リン様、特に、ありがたい」
「俺?」
「はい」
「なんで」
「リン様、私の根っこ、増やしてくれます」
「うん?」
「猫、ファーファ、石、皆さん」
「うん」
「全部、リン様がいて、増えました」
「俺、何もしてない」
「いて、くれた」
「……」
「それが、根っこです」
リントが少し止まった。
ユミルが立ち止まってリントを見た。
リントがぽつりと言った。
「お前、たまに効くこと、言うな」
「効く、ですか」
「効く」
「ありがとう、ございます」
「礼じゃない」
「では、何、ですか」
「……分からん」
「分からない、ですか」
「分からん」
リントがまた歩き出した。
ユミルも横を歩いた。
ファーファがユミルの肩で目を細めた。
雨がぽつりと降り始めた。
二人と一匹は足を速めて霜花亭へ向かった。
その夜、雨が静かに降り続いた。
王都の街が雨に濡れていた。
その下で、敵がまだ見えないまま動いていた。
※
——第六十五章、了。




