062 気配
ヘルベルトの失踪から数日が過ぎた。
神官は、戻ってこなかった。
捜索は続いていた。
でも、手がかりは、増えなかった。
リント、ユミル、エルナの三人は毎日神殿に通った。
ファーファもいつも同行した。
エイダ司祭が窓口になって神殿側の情報を共有してくれた。
朝、神殿の小部屋。
エイダ司祭が書類を広げた。
「他の神官、調べました」
「うん」
「最近、様子の変わった、神官、二人」
「二人?」
エルナが眉を寄せた。
「アロド司祭、五十、ヘルベルトの研究の、共同担当」
「うん」
「最近、研究室から、出てこない」
「閉じこもってる、と」
「閉じこもっているように見えて、実は、行動が変です」
「行動?」
「いつもの勤行に、出ない」
「うん」
「祈りの時間を、抜ける」
「神官として、おかしいな」
「おかしい」
リントが頷いた。
「もう一人」
「もう一人は?」
「ベーア司祭、四十二、書庫の管理担当」
「うん」
「書庫から、文書が、消えていると、こちらが指摘したら、不自然な反応」
「具体的に」
「目を、合わせない」
「うん」
「答えに、間が空く」
「動揺してる、と」
「あるいは、別の何か」
エイダ司祭が眉を寄せた。
「動揺、と、別の何か、見分け方、ある?」
「経験則、では、感じます」
「感じる」
「五十年、神官、やっています」
「だな」
ユミルが横で頷いた。
「お任せします」
「はい」
「お二人、私たち見たいです」
「分かりました」
「気配の確認、したいです」
「気配?」
「私の専門です」
エイダ司祭が少し迷った顔をした。
「ユミルさんの、専門」
「説明、難しいです」
「一旦、信用、します」
「ありがとう、ございます」
エイダ司祭が立ち上がった。
「ご案内します」
「お願いします」
※
アロド司祭の研究室。
廊下の奥。
扉が閉まっていた。
エイダ司祭がノックした。
返事は、なかった。
もう一度ノックした。
しばらくして、扉がほんの少しだけ開いた。
中から痩せた男の顔が覗いた。
目が落ち窪んでいた。
肌が青白かった。
「……何の、用」
声が低かった。
エイダ司祭が頭を下げた。
「アロド司祭、お時間、よろしいですか」
「忙しい」
「ヘルベルト司祭の件で、皆さん、来ています」
「私は、関係ない」
「共同担当、です」
「もう、関係ない」
エイダ司祭がリントに視線を送った。
リントが一歩前に出た。
「冒険者のリントです」
「……冒険者」
「失礼ですが、研究は何を」
「答える、義務はない」
「でしょうね」
「では、失礼」
扉を閉めようとした。
ユミルが、横で、小さな声で言った。
「アロド様」
「……」
扉が、止まった。
「お疲れの様子です」
「……」
「いつから、ですか」
「……」
「眠れてますか」
アロドが扉の向こうで少し息を吐いた。
「……眠れて、いない」
「お辛いですね」
「辛い」
「無理しないでください」
「……」
「私たち、邪魔します。失礼しました」
ユミルが頭を下げた。
エイダ司祭も頭を下げた。
リントとエルナも頭を下げた。
扉がゆっくり閉まった。
四人と一匹は、廊下を引き返した。
廊下を曲がって声の届かない場所まで来てから、リントが訊いた。
「ユミル」
「はい」
「アロド、書き換えられてるか?」
「**書き換えの、痕跡、ありません**」
「ない、のか」
「ありません」
「では、何で、あんなに、変なんだ」
「過労と、恐怖です」
「恐怖」
「自分が書き換えられそうと、感じている」
「気づいてる、ってことか」
「あるいは、近くでヘルベルト司祭の異変を見ていた」
「で、自分も、と、怯えてる」
「はい」
エルナが息を吐いた。
「あの目、見たな」
「見た」
「あれ、追い詰められた人の、目」
「だな」
「あたし、見覚え、ある」
「うん?」
「三年前、ヴェスティアの、生き残った、村人、見た」
「同じ顔か」
「同じ」
エルナが少し顔を硬くした。
「**三年前と同じ気配、する**」
「気配」
「うまく言えない」
「言ってくれ」
「現場の、空気が、似てる」
「うん」
「あの時も、こうだった」
「組織的か」
「組織的、絶対」
「ベーアも、見るか」
「見よう」
エイダ司祭が頷いた。
「ご案内します」
※
書庫。
天井の高い薄暗い部屋。
棚が列を成していた。
奥で男が一人、書類を整理していた。
ベーア司祭。
中肉中背。
エイダ司祭が声をかけた。
「ベーア司祭、少し、よろしいですか」
ベーアが顔を上げた。
四人と一匹を見た。
「……何ですか」
声に、迷いがなかった。
「ヘルベルト司祭の件で、皆さん、来ています」
「ヘルベルト司祭」
「同僚、として、何か、思い当たることは」
「特に」
「最近、書庫から、文書が、消えています」
「ええ、私も、気にしています」
「誰が、持ち出したか、分かりますか」
「分かりません」
「記録、残っていない」
「残っていない」
ベーアが書類の整理を続けた。
手元から目を上げなかった。
エイダ司祭がさらに訊いた。
「ヘルベルト司祭の研究内容、ご存知ですか」
「白蛇の、信徒、と聞いています」
「具体的には」
「具体的には、知りません」
「興味、なかった?」
「興味、ありませんでした」
「真面目な、お答え、ですね」
「事実です」
エイダ司祭がユミルを見た。
ユミルが、小さく、首を振った。
——書き換えの痕跡、ない。
——でも、何か、おかしい。
エイダ司祭が頭を下げた。
「お忙しいところ、失礼、しました」
「いえ」
四人と一匹が、書庫を出た。
廊下に出てから、ユミルが言った。
「リン様」
「ん」
「ベーア様、書き換えはありません」
「うん」
「でも、おかしい」
「何が」
「**普通の人間、にしては、平静すぎ、ます**」
「平静、すぎる」
「ヘルベルト司祭の同僚、書庫から文書が消えたと報告されて、もう少し動揺するべき」
「だな」
「彼、動揺ありません」
「演技、上手いってことか」
「あるいは」
「あるいは?」
「**何かを、知っている、人**」
「知ってる」
「敵側、関係者の可能性」
「うん」
「でも、書き換え、痕跡、ない」
「自分の意志で、敵に、協力してる、ってことか」
「あるいは」
「うん」
エルナが横で頷いた。
「組織、って、言ったよね」
「だな」
「アロド、被害者寄り。ベーア、加害者寄り」
「うん」
「神殿、内部、敵が、深く入り込んでる」
「だな」
エイダ司祭が少し青ざめた。
「そんな……」
「申し訳ないです」
ユミルが頭を下げた。
「お辛いご報告です」
「……」
「でも、見抜くこと、必要です」
「分かっています」
エイダ司祭が深く頷いた。
「ベーア司祭、私の方で、しばらく、見ます」
「お一人で、危険、です」
「神殿、私の、領域です」
「はい」
「皆さんの、調査、外で、進めて、ください」
「分かりました」
リントが頭を下げた。
エイダ司祭も頭を下げた。
四人と一匹が、神殿を出た。
王都の街はいつも通り賑やかだった。
でも、四人の目には街の見え方が少し変わっていた。
あの賑わいの中に、敵が混ざっている。
そう思うと、街の音が少し違って聞こえた。
※
帰り道、エルナがぽつりと言った。
「あたしの、勘」
「うん」
「**今のうちに、家族、見ておいた方がいい気がする**」
「家族?」
「うん」
「実家か」
「うん」
「行くのか」
「行く。今度、母さんとちゃんと話す」
「結婚、突っぱねる?」
「突っぱねる。でも、生きてる、報告は、するわ」
「うん」
「あたしが死んだら、それすらできないからね」
「縁起でもない、こと、言うな」
「縁起、関係ない」
「そうか」
「うん」
「分かった」
「あんた、止めない?」
「止めない」
「あんた、優しいね」
「優しくない」
「優しい」
「うるさい」
ユミルが横で頷いた。
「リン様、いつも、優しい、です」
「お前、援護射撃、すぐ来るな」
「事実、です」
「事実、シリーズ」
「シリーズ?」
「お前のセリフの、登録商標」
「登録、初耳、です」
「初耳、シリーズ」
「リン様、それ、攻撃、です」
「攻撃」
「私、お返しします」
「お返し?」
「リン様、口悪いシリーズ」
「お前、攻めるな」
ユミルが小さく笑った。
エルナが声を出して笑った。
「あんたら、本当、いいね」
「いいよな」
「いいよ」
「**主、主の主、いいニャ**」
「お前も入んな」
「**仲間ニャ**」
「だから、入らんでいい」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**入ってくんな!**」
リントが叫んだ。
笑い声が王都の通りに広がった。
その笑い声の下で、街はいつも通り回っていた。
でも、四人と一匹の心の中で、何かが少しずつ引き締まっていた。
※
——第六十一章、了。




