表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/204

061 見えない敵


霜花亭の二階。


リントの部屋。


四人と一匹で集まった。


夕食前。


部屋に、緊張が満ちていた。


エルナが椅子に座った。


リントもベッドの縁に座った。


ユミルが机の前に立った。


ファーファがユミルの肩で丸くなった。


でも、いつもと違って目を開けていた。


「お話、します」


ユミルが言った。


「うん」


「途中、難しい、言葉、出ます」


「うん」


「分からなかったら、聞いて、ください」


「うん」


ユミルが息を整えた。


「敵は、人を書き換える技術を、持っています」


「書き換える」


リントが繰り返した。


「人の記憶、人格、性格、上書きできる」


「魔法で?」


「魔法では、ない」


「じゃ、何で」


ユミルが少し迷った。


それからゆっくり言った。


「**余所の世界の、技術**、です」


リントが息を呑んだ。


「余所の、世界」


「はい」


「お前と同じ、世界のか?」


「はい」


「敵は、お前と同じ何か、なのか」


「**同じでは、ない**」


「違う?」


「敵は、人間です」


「人間」


「でも、**余所の世界の技術、知っている、人間**」


「……」


「私と、似た立場です」


リントが頷いた。


エルナが小さく顔を寄せた。


「ユミルちゃん、それ、初めて聞く話」


「はい」


「あんたも、余所の世界、知ってるってこと?」


「……」


ユミルが少しリントを見た。


リントが頷いた。


ユミルがエルナに向き直った。


「はい、私、前世、あります」


「ふーん」


「驚かない、ですか」


「驚いた」


「驚いてるように、見えない」


「驚いてるけど、納得が勝った」


「納得?」


「あんた、最初から変だった」


「変、ですか」


「変。でも、いい変」


「ありがとう、ございます」


「で、敵も、あんたと同じで、前世あるんだ」


「はい」


「敵は、前世で何してた人」


「……分かりません」


「分からない?」


「私の、知らない人です」


「うん?」


「私の前世、私の世界、いっぱい人、いました」


「うん」


「全員、知らない」


「だな」


「敵は、その中の誰か」


「ふむ」


エルナが頷いた。


「敵の、技術」


リントが訊いた。


「人を、上書きする、技術」


「説明、続け」


「はい」


ユミルが息を整えた。


「**プロンプト・インジェクション**と呼ばれる技術に、近い」


「プロンプト?」


「指示、です」


「うん」


「人に外から、強い指示を入れる」


「うん」


「指示が、人の判断を上書きする」


「魔法とか、洗脳みたいなもの?」


「近い」


「で、神官はそれで」


「はい」


「ヘルベルトは、上書きされた」


「上書きされた後、消えた」


「自分の意思で消えたように、見える」


「でも、上書きされてると」


「はい」


「他人の駒になっている、と」


「はい」


エルナが息を吐いた。


「あんた、そういう技術、防げる?」


「防げます」


「絶対?」


「私のファイアウォールで、対応できます」


「対応できる、と」


「はい」


「あたしらも守れる?」


「お守り、します」


「ありがと」


「……」


ユミルが少し口を閉じた。


それから続けた。


「ただ、一つ、問題」


「問題」


「敵の技術は、進化する」


「進化?」


「敵の上書き技術、最初は単純」


「うん」


「使うほど、強くなる」


「強くなる」


「私の防御、追いつかなくなる可能性」


「うん」


「防御が追いつかなくなる前に、敵を止める必要、あります」


「だな」


リントが頷いた。


「期限、あるってこと」


「期限、明確ではない」


「でも、ある」


「あります」


「うん」


エルナが深く頷いた。


「ユミルちゃん」


「はい」


「あんた、辛そう」


「……」


「無理、してる?」


「無理、して、いません」


「でも、辛そう」


「……」


ユミルが少し間を置いた。


「敵、私の、世界、関係、あります」


「うん」


「私、敵、止めなければ、いけない」


「うん」


「責任、私に、あります」


「ない」


リントが言った。


「ない?」


「お前の責任じゃない」


「でも」


「お前の世界の誰かが、勝手にここに来た」


「はい」


「お前が来てなかったら、敵は止められない」


「はい」


「お前が来た、おかげで、止められる可能性が、ある」


「はい」


「それで、十分、だろ」


「……」


「責任、感じる必要、ない」


「リン様」


「ん」


「優しい、です」


「優しくない」


「優しい、です」


「事実、言ってるだけ」


「事実、優しい、です」


エルナが横で小さく笑った。


「リント君とユミルちゃん、いつもこれだね」


「これって」


「攻めと受け」


「うるさい」


「いいよ、続けて」


「続けない」


ユミルが少しだけ笑った。


肩の力が、ほんの少し抜けた。


ファーファがユミルの肩で頷いた。


「**主の主、責任、重いニャ**」


「はい」


「**でも、一人じゃ、ないニャ**」


「はい」


「**我、いるニャ**」


「ありがとう、ございます」


「**主、いるニャ**」


「はい」


「**姐、いるニャ**」


「はい」


「**シオン、ミラ、いるニャ**」


「はい」


「**仲間、いるニャ**」


「……はい」


ユミルが小さく頷いた。


それからゆっくり息を吐いた。


肩の緊張が少し解けた。


     ※


「で、これから、どうする」


エルナが訊いた。


「明日、シオンと、ミラに、共有」


リントが言った。


「ヘルベルト、書き換えられた、可能性」


「うん」


「白蛇、ヴェスティアの東、関連」


「うん」


「敵は、書き換える技術を持っている」


「うん」


「対策、必要」


「うん」


「ユミル」


「はい」


「お前の防御、強化できるか」


「強化、可能です」


「五人、守れるか」


「守れます」


「強化、頼む」


「はい」


「あと、ファーファ」


「**ニャ?**」


「お前の感知能力、磨け」


「**磨くニャ**」


「敵が近づいたら、教えろ」


「**教えるニャ**」


「俺は、お前の感知、信用する」


「**……主、信用、嬉しいニャ**」


「うん」


「**ジャーキー、所望ニャ**」


「**今、それかよ**」


リントが叫んだ。


エルナが声を出して笑った。


ファーファがすまし顔で目を閉じた。


ユミルがふっと笑った。


「ファーファ、緊張、解す、上手、です」


「解してんのか、こいつ」


「解しています」


「自然なのか、計算なのか」


「両方、です」


「両方かよ」


「両方、です」


ユミルが頷いた。


ファーファがすまし顔のまま目を細めた。


——お前、賢いな。


リントは思った。


——でも、表に、出さない、賢さ。


——これが、ユミルの、設計だな。


リントは口に出さなかった。


ただ、ファーファの背を軽く撫でた。


ファーファがごろごろ鳴いた。


     ※


ユミルが最後に付け加えた。


「リン様」


「ん」


「敵は、見えません」


「うん」


「神官、書き換えられた姿、戻ってこない可能性、あります」


「分かってる」


「私たち、これから見える敵と、戦うのでは、ありません」


「だな」


「**見えない敵**と、戦います」


「うん」


「気を抜けません」


「うん」


「でも」


「でも?」


「私が、皆をお守りします」


「うん」


「私が、私の世界を清算します」


「お前一人で、やるな」


「……」


「俺たちも、戦う」


「はい」


「戦友、だ」


「はい」


「仲間、だ」


「……はい」


ユミルが深く頷いた。


エルナも頷いた。


ファーファも頷いた。


部屋の窓から、夜が覗いていた。


王都の街灯がいつも通り灯っていた。


街は、平和に見えた。


その下で何かが動いていた。


四人と一匹はそれを知っていた。


知った上で、明日に向かう覚悟を決めた夜だった。


     ※


——第六十章、了。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ