060 動き出す影
数日が過ぎた。
王都はいつも通りだった。
市場が開き、ギルドが回り、馬車が走った。
リント、ユミル、エルナの三人はいつもの依頼をこなしていた。
ファーファはいつもの肩にいた。
平和な、日常。
その朝、ギルドが少し騒がしかった。
受付のミナ婆さんが、難しい顔をしていた。
「お、リント」
「どうした」
「ちょっと、聞いてくれるかい」
「うん」
エルナとユミルも寄ってきた。
ミナ婆さんが声を落とした。
「神殿の神官が一人、消えた」
「消えた?」
「行方不明」
「いつ」
「昨日、夜」
「神殿自体は、無事?」
「無事」
「で、何でギルドに?」
「神殿、内部捜査が独自で苦手」
「ああ」
「ギルドに依頼、出した」
「神官の捜索」
「うん」
エルナが眉を寄せた。
「神官が消えるって、珍しいね」
「珍しい」
「事件性、ある?」
「分からん」
「いつもなら、神殿内部で処理する」
「だな」
「でも今回、ギルドに回してきた」
「内部で処理できないと、判断したのか」
「らしい」
ミナ婆さんが頷いた。
リントとユミルが目を合わせた。
ユミルが小さく頷いた。
「お受けします」
「あたしも、行く」
エルナが言った。
「で、内容、詳しく」
「うん、入って」
ミナ婆さんが奥の部屋に三人を通した。
※
部屋で、ミナ婆さんが書類を広げた。
消えた神官の名前、年齢、所属。
最後に目撃された場所、時間。
ヘルベルト、五十二歳、神殿の中堅神官。
最後に目撃されたのは、昨晩、神殿の図書室。
「真面目な神官だった」
ミナ婆さんが言った。
「身辺、何か?」
「綺麗」
「家族」
「妻と子二人、王都に」
「家、戻ってない?」
「戻ってない」
「神殿の誰かと、揉めてた?」
「いない、らしい」
エルナが息を吐いた。
「動機、見えないね」
「見えない」
「お前、こういうの嫌だろ」
「嫌」
「事件性、ない消失」
「分からない、消失」
「うん」
「神官、自分から消えた可能性は」
「あるけど」
「けど?」
「ヘルベルトは、神殿の宝物殿の鍵を持ってた」
「うん」
「宝物殿を確認したら、何か減ってる可能性」
「金品目当ての失踪、ってこと?」
「あるいは」
「あるいは?」
「**何かを、盗まれて、隠蔽の為、消された、可能性**」
ユミルが横で姿勢を変えた。
リントがそれに気づいた。
「ユミル、何か」
「……気配、です」
「気配?」
「直接ここで感じる訳では、ない」
「うん」
「でも、嫌な、予感、します」
「だろうな」
エルナが頷いた。
「ユミルちゃん、当たるからね」
「当たって、欲しくない、です」
「だろうね」
ミナ婆さんが書類を畳んだ。
「とにかく、神殿に行ってくれ」
「うん」
「神殿の案内役、用意してある」
「誰」
「ヘルベルトの同僚、エイダ司祭」
「分かった」
※
神殿。
王都の中央近く。
白い石造りの大きな建物。
入り口の柱が高い。
中に入ると、空気が冷えていた。
広間の奥、祭壇の前。
エイダ司祭が待っていた。
中年の女性。
落ち着いた佇まい。
眼鏡をかけていた。
「冒険者の、皆さん」
「初めまして」
リントが頭を下げた。
「ヘルベルト司祭の案内、お願いします」
「はい」
「私たちで図書室、宝物殿、見たいです」
「ご案内します」
エイダ司祭が頷いた。
「お話ししながらで、いいですか」
「どうぞ」
エイダ司祭が歩き出した。
四人と一匹がついていった。
廊下が長かった。
両側に、彫刻された柱。
「ヘルベルト司祭、最後に見たのは」
「私」
「えっ」
「昨夜、図書室でお話ししました」
「内容」
「最近の研究、進捗」
「研究?」
「ヘルベルト司祭、古い文書を調べる係でした」
「古い文書」
リントが眉を寄せた。
「どんな」
「神殿の創設、当時の」
「いつぐらい」
「三百年、ほど前」
ユミルが横で姿勢を変えた。
エルナも顔を上げた。
「三百年前」
「はい」
「具体的、何を」
「白蛇関連の、文書」
リントが息を止めた。
ユミルがリントを見た。
エルナもリントを見た。
エイダ司祭がそれに気づいた。
「何か、ご存知?」
「……」
「気にしていい、ですか」
「気にしてください」
エルナが言った。
「白蛇、最近関わってる」
「ああ……」
エイダ司祭が頷いた。
「ヘルベルト司祭、白蛇の信徒、討伐の記録を調べていました」
「うん」
「最後の研究、それに関する内容」
「具体的に、何を突き止めた?」
「私には、詳しく話してくれませんでした」
「うん」
「ただ、最近興奮していました」
「興奮?」
「『何か、見えてきた』と」
「……」
「翌日、消えた」
リントとユミルとエルナが目を合わせた。
「事件性、確実だね」
エルナが小声で言った。
「だな」
リントも頷いた。
ユミルが横で頷いた。
「気配、強くなって、います」
「ここに?」
「神殿の、奥」
「行こう」
「はい」
※
エイダ司祭が図書室と宝物殿に案内した。
図書室。
整然と並んだ本棚。
ヘルベルトの机が、奥にあった。
机の上は、散らかっていた。
本が開いたまま。
紙が広げられたまま。
ペンが転がっていた。
「ここで、最後ですか」
「はい」
「片付けていない」
「触らずに置いてあります」
「拝見します」
リントが机に近づいた。
ユミルもついて行った。
エルナとファーファは、入り口で見張り。
ユミルが机の上を、じっと見た。
「リン様」
「ん」
「ここ、何かいた」
「いた?」
「侵入者の痕跡、あります」
「分かるか」
「微弱です。でも、確かです」
「ヘルベルトを連れ去った、何か」
「あるいは」
「あるいは?」
「**ヘルベルトを、書き換えた、何か**」
「書き換えた?」
ユミルが小さく頷いた。
「説明、後で、します」
「分かった」
リントが机の上を見た。
開いた本。
紙に書かれた、走り書き。
紋様のスケッチ。
外向きの牙の紋。
白蛇の紋。
「白蛇、確実だな」
「はい」
「で、走り書き解読」
「私が読み取ります」
ユミルが、紙を一枚ずつ見た。
走り書きを、頭の中で整理した。
「ヘルベルト司祭の辿った道筋」
「うん」
「白蛇の信徒、討伐されたと記録」
「うん」
「でも、彼は別の可能性を考えていた」
「別の?」
「**討伐は、表向き**」
「表向き」
「内実、別の場所に移った可能性」
「移った先、書いてあるか」
「……書きかけ」
「うん」
「**東**」
「東?」
「東の方の地名、書きかけ」
「具体的に」
「『**ヴェスティアの、東……**』」
ユミルが顔を上げた。
リントが横で息を呑んだ。
「ヴェスティアの、東」
「はい」
「**霜の剣が壊滅した、地域**」
「**はい**」
エルナが入り口で姿勢を硬くした。
聞こえていた。
ユミルがエルナを見た。
エルナが頷いた。
「リント君、これ繋がる」
「繋がるな」
「ヘルベルト、危険なところまで辿り着いた」
「だな」
「で、消された」
「だな」
ユミルが机の上を、もう一度見た。
ふと、紙の下に何かがあった。
紙をそっとめくった。
下に、小さな金属の破片。
「リン様」
「ん」
「これ」
「金属、破片」
「白蛇の祭壇で、エルナ姐さんが見つけたものと同じ」
リントが息を吐いた。
「決まり、だな」
「決まり、です」
エルナも近づいた。
破片を見た。
「同じ」
「うん」
「**敵、王都に、いる**」
「いる、な」
ユミルが少し顔を硬くした。
「敵が神官を書き換える、技術を持っている」
「書き換える?」
リントが訊いた。
ユミルが、少しだけ、迷った。
それから、小声で言った。
「リン様、後で説明します」
「分かった」
「今は、ここから出ましょう」
「うん」
リントがユミルを見た。
ユミルの顔が、いつもより硬かった。
これは何か、深い。
リントはそれを感じていた。
※
神殿を出た。
外はもう夕方だった。
エイダ司祭が見送った。
「何か、分かりましたか」
「まだ、調査中です」
「分かったら、教えてください」
「はい」
「ヘルベルト司祭、戻って来て欲しい」
「戻れるなら」
エルナが言った。
エイダ司祭が頷いた。
それから頭を下げた。
四人と一匹が神殿を後にした。
通りを歩きながら、リントがユミルを見た。
「ユミル」
「はい」
「説明、頼む」
「はい」
「ファーファ、いるけど、いいか」
「ファーファ、口は軽いですか」
「**主の主、軽くないニャ**」
「では、いいです」
「**……信用、ありがたいニャ**」
ファーファが珍しく神妙な顔をした。
エルナも姿勢を整えた。
「あたしも聞く」
「はい」
ユミルが深く息を吸った。
少し間を置いた。
それから静かに言った。
「リン様、これから、お話しすること、**怖い、話、です**」
「怖い、話」
「はい」
「聞こう」
「私の説明、長くなります」
「うん」
「霜花亭に戻って、聞きましょう」
「だな」
四人と一匹が霜花亭へ向かった。
王都の街を夕日が照らしていた。
人々はいつも通り、日常を送っていた。
でも、その下で何かが動いていた。
ユミルだけが、その「何か」の正体を知っていた。
リントはそれを、これから聞こうとしていた。
エルナも聞こうとしていた。
ファーファもその肩で、聞こうとしていた。
夕日が長く影を引いた。
霜花亭の灯りがもう近かった。
※
——第五十九章、了。




