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057 ミラの過去


数日が過ぎた。


シオンの調査も、ミラの裏調査も新しい収穫はなかった。


足踏みの日々。


依頼を消化しながら、五人は時々ミラの酒場に集まった。


その夜は雨だった。


王都には珍しい長い雨。


酒場の客は少なかった。


ミラは奥の個室に四人を入れて、自分も入った。


エルナ、リント、ユミル、シオン。


ファーファはユミルの肩で丸くなっていた。


「今日は、店、暇」


ミラが酒を運んできた。


「客、雨で来ない」


「雨、苦手な人、多いね」


エルナが応じた。


「ヴァナールの方の伝手、一つ繋がった」


「うん?」


「でも、まだ情報薄い」


「焦らない方、いい」


「うん」


シオンも頷いた。


「私の方も、白蛇の信徒の追加情報、まだ」


「うん」


「ただ、当時の討伐に関わった騎士団の記録、見つかった」


「シオン、それ、有力じゃん」


「読み込み、これから」


「頼んだ」


「はい」


リントが酒を一口飲んだ。


「皆、よく動く」


「あんたら、頼りなんだよ」


エルナが言った。


「あたしと、リント君、ユミルちゃんは現場担当」


「うん」


「シオン、表」


「ミラ、裏」


「分担、決まってんね」


ユミルが横で頷いた。


「皆、すごいです」


「ユミルちゃんも、すごいよ」


「私、戦闘です」


「戦闘、大事」


「はい」


ミラが酒を注いで回った。


それから自分の杯を持って、椅子にもたれた。


     ※


「あたしも、話、するわ」


ミラが言った。


エルナが顔を上げた。


「ん?」


「あんた、こないだ、自分の話、したじゃん」


「うん」


「あたしも、出すわ」


「いいの?」


「いいよ。あたしばっか、聞いてんの不公平」


「不公平って」


「五年来のダチ、だろ」


「だな」


リントが横で姿勢を正した。


ユミルもじっと見ていた。


シオンも黙って待った。


「あたしの家、ファールバウティ家」


「うん」


「貴族、三代前から落ちぶれた」


「うん」


「父さん、賭博で家を傾けた」


「ああ」


「母さん、その後家を出た」


「……」


「あたし、十二の時」


リントが少し息を吐いた。


「十二」


「うん」


「で、姉が二人いた」


「うん」


「上の姉、嫁いだ。下の姉、修道院」


「あんたは」


「あたしは、家に残った」


「なんで」


「父さん、見てなきゃまた酒と賭博」


「……」


「実際、見てても止められなかったけどね」


ミラが酒を一口飲んだ。


杯の縁が少し震えた。


でも、声は淡々としていた。


「で、十五で家、潰れた」


「うん」


「あたし、王都の貧民街に流れた」


「……」


「最初、しんどかった」


「だろうな」


「腹、減って、寝床なくて」


「うん」


「で、たまたま町の情報屋に拾われた」


「拾われた」


「字読めた、計算できた、貴族家の教育の名残」


「だな」


「重宝された」


「で、独立?」


「五年修行して、独立」


「すごいな」


「すごくないよ」


ミラが笑った。


「生きるため必死、だっただけ」


「それが、すごい」


「リント君、口、優しいね」


「優しくない」


「優しい」


「うるさい」


エルナが横で笑った。


「リント君、たまに優しい」


「だから、たまにかよ」


「たまに」


ユミルが頷いた。


「リン様、いつも、優しい、です」


「お前は、いつも、攻めるな」


「事実、です」


ミラがふっ、と笑った。


少しだけ雰囲気が和らいだ。


     ※


「で、エルナと出会ったのが、十八」


ミラが続けた。


「貴族の三女が、冒険者やってる」


「うん」


「珍しすぎて、噂で知ってた」


「だな」


「ある日、酒場で隣の席に座られた」


「あたしが声、かけたんだよ」


エルナが補足した。


「うん」


「『あんた、ファールバウティの三女だろ』って」


「いきなり、聞かれた」


「だって、噂聞いてたから」


「で、こいつ、続けた」


ミラが指差した。


「『あたし、スカディの三女。気が、合いそうだね』」


「言ったね」


「気が合うわけ、ないだろと思った」


「思ったよね」


「貴族、嫌いだったから、あたし」


「うん」


「でも、こいつ、貴族らしくなかった」


「誉めてんのか、けなしてんのか」


「誉めてる」


「ありがと」


「で、なし崩しに五年」


「気がついたら」


「ダチ」


「ダチ」


二人が同時に言って笑った。


シオンが少し微笑んだ。


リントも笑った。


ユミルが頷いた。


「素敵な、お話、です」


「素敵?」


「友達、長いの、いいです」


「ユミルちゃんも、長くいてくれよ」


「もちろん、です」


「リント君も、ユミルちゃんも、シオンも」


ミラが見渡した。


「みんな、長くいて」


「いるよ」


エルナが言った。


「いるさ」


リントも言った。


「はい」


ユミルも頷いた。


「私も、いるつもりです」


シオンも頭を下げた。


ミラがふっと笑った。


杯を持ち上げた。


「貴族は、嫌い」


「うん」


「でも、エルナは別」


エルナが顔を上げた。


それから笑った。


「**当然だろ**」


「だね」


「あたしも、別」


「だな」


「五人、別」


「うん」


杯がぶつかった。


軽い音がした。


雨の音が外で続いていた。


     ※


「**主、酒、減ってないニャ**」


ファーファが言った。


「お前、酒、いらないだろ」


「**雰囲気、ニャ**」


「雰囲気で、酒、減るのか」


「**主、減らすニャ**」


「俺の酒は、俺のペース」


「**ジャーキー、所望ニャ**」


「**だから、それ関係ねーだろ**」


リントが叫んだ。


エルナが手を叩いて笑った。


「ファーファ、いつもの」


「**いつもニャ**」


「いつも、いいね」


「**いつも、大事ニャ**」


ミラがファーファを撫でた。


「あんた、図々しいねぇ」


「**図々しい、誉め言葉ニャ**」


「誉めてないけど、まあ、いいわ」


ファーファがミラの手のひらに頭を擦り付けた。


ミラが少し笑った。


それからユミルを見た。


「ユミルちゃん」


「はい」


「ファーファ、いい子だね」


「はい、いい子です」


「育て、上手」


「育てていません」


「育ててるって」


「自然です」


「育ててる、それ」


ユミルが少し首を傾げた。


リントが横で笑った。


「お前、育ててんだよ」


「……」


「自覚、薄いな」


「……はい」


雨の音が少し弱まっていた。


夜が深まっていた。


     ※


「そろそろ、解散」


ミラが立ち上がった。


「シオン、塔、戻る?」


「はい」


「リント、ユミル、エルナ、霜花亭」


「うん」


「明日、また」


「明日、頼んだ」


「はい」


エルナが立ち上がった。


「ミラ」


「ん」


「今日、ありがと」


「何が」


「話、してくれた」


「ああ」


「あたし、聞き専、悪いと思ってた」


「思うな」


「うん」


「あんたが先に、出してくれた」


「うん」


「あたしも出した、それだけ」


「うん」


「ダチ、だろ」


「ダチ」


エルナがふっと笑った。


ミラが手を振った。


四人と一匹が雨の中、酒場を出た。


雨は小降りになっていた。


霜花亭まで無言で歩いた。


無言だが、嫌な無言ではなかった。


何かが増えた夜だった。


     ※


——第五十六章、了。


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