055 スカディ家
翌朝。
シオンの報告は短かった。
三百年前の紋様、見つかった文書一つ。
外向きの牙の紋を持つ集団、当時は「白蛇の信徒」と呼ばれていた。
王権打倒を企てて、討伐された。
それ以後、記録なし。
「白蛇」
リントが呟いた。
「白蛇の祭壇と、繋がる可能性」
ユミルが横で言った。
「同じ名前、偶然、では、ない、です」
「だな」
エルナが眉を寄せた。
「三百年前の、討伐された組織が、ヴァナールに流れた、ってことかい」
「あるいは」
シオンが頷いた。
「枝分かれの、別系統が、生き延びた」
「で、現代、過激派として、復活」
「可能性、です」
ミラが手を叩いた。
「いい線、これ」
「うん」
「ヴァナール側、もっと、深掘りする」
「頼む」
「あたし、伝手、増やす」
「無理するなよ」
「無理しない範囲で」
ミラが立ち上がった。
「店に、戻る。夜、また」
「うん」
ミラが酒場へ向かった。
シオンも塔へ戻った。
霜花亭の食堂に、リント、ユミル、エルナの三人が残った。
ファーファはユミルの膝で、朝食の卵焼きをぱくぱく食べた後、満足げに寝ていた。
エルナがリントを見た。
「リント君、今日、空いてる?」
「うん」
「ちょっと、付き合ってくれる?」
「どこに」
「……」
エルナが少し言葉を濁した。
「あたしの、家」
「うん?」
「スカディ家」
リントが顔を上げた。
ユミルも、ぱちぱち、と瞬きした。
「実家、ですか」
「うん」
「珍しい、です、ね」
「珍しい」
「何かあったのか?」
リントが訊いた。
エルナが息を吐いた。
「霜の剣の話、調べてもらう上、家にも、伝えとかなきゃ」
「家に?」
「家、知ってるんだよ。あたしが、気にしてること」
「……」
「黙ってるのは、不誠実」
「だな」
「で、付き合ってほしい」
「いいよ」
「あたし、一人で行く。あんたら、門の前で待っててくれない?」
「ん?」
「家の中、入らないでいい」
「いいの?」
「うん。あたし、すぐ済む」
「分かった」
ユミルも頷いた。
「お供、します」
「ありがと」
リントがエルナを見た。
「姐さん」
「ん」
「無理、するなよ」
「無理、しない」
「家、辛いんだろ」
「辛い」
「素直」
「素直」
エルナが、ふっと笑った。
「あんた、たまに、優しいね」
「たまにかよ」
「たまに」
ユミルが横で頷いた。
「リン様、いつも、優しい、です」
「ユミルちゃんが言うと、説得力、ある」
「事実、です」
「リント君、独占されてるね」
「うるさい」
エルナが少しだけ笑った。
「外で、待っててくれるだけで、心強い」
※
午後。
王都の貴族街。
並ぶ屋敷。
通りが広い。
馬車が走っている。
人通りも貴族の使用人風が多かった。
普段の冒険者の通りとは空気が違う。
「ふむ、です」
ユミルが歩きながら辺りを見回した。
「貴族の街、初めてです」
「だろうな」
「家、大きい、です」
「大きいな」
「お庭、広い、です」
「広いな」
「人、少ない、です」
「少ないな」
「商業区と、空気、違います」
「違うな」
「リン様」
「ん」
「ここに住む人、毎日、こうなん、ですか」
「だろうな」
「……静か、です」
「静かだな」
「私、商業区の方、好き、です」
「俺もだ」
「賑やかな、方が、生きてる感じ、します」
「だな」
エルナが横で笑った。
「ユミルちゃん、観察力、すごいね」
「観察、好き、です」
「だろうね」
「**主の主、お屋敷、大きいニャ**」
「ファーファ、はい」
「**我の住処より、ずっと、大きいニャ**」
「お前の住処は、ユミルの肩だろ」
リントが言った。
「**肩、狭いニャ**」
「不満か?」
「**……不満では、ないニャ**」
「ほう」
「**温かいニャ。だから、肩、好きニャ**」
「お前、たまに可愛いこと言うな」
「**……ニャー**」
ファーファがすまし顔でユミルの首筋に頭をこすりつけた。
——また猫ぶった。
リントは思った。
エルナが横で笑った。
「ファーファ、ユミルちゃん、好きだね」
「**主の主、好きニャ**」
「あたしは?」
「**姐は……まあ、好きニャ**」
「まあ、付けるなよ」
エルナが噴き出した。
「順位、ある、ね」
「**順位、当然ニャ**」
「リント君は?」
「**主は、ジャーキーをくれる主ニャ**」
「条件付きかよ」
「**条件、大事ニャ**」
「**お前、本当、現金だな**」
エルナが手を叩いて笑った。
「リント君、定番、磨かれてる」
「**磨いてない**」
※
スカディ家の門の前に着いた。
重厚な石の門柱。
鉄の扉。
家紋が刻まれていた。
雪片の紋様。
「**雪、ニャ?**」
「スカディ家の家紋」
エルナが言った。
「雪と、剣の家系」
「綺麗、です」
ユミルが見上げた。
「雪、あの花、似て、います」
「あの花?」
「雪、第三十一章、です」
エルナが、ふっ、と笑った。
「あんた、覚えてるね」
「忘れません」
「うん」
エルナが門の前で深く息を吸った。
「……行ってくる」
「うん」
「待ってて」
「うん」
エルナが鉄の扉を開けた。
中から執事らしき男が出てきた。
頭を下げた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま、戻ったよ」
エルナが執事と一緒に屋敷の方へ歩いていった。
門が閉まった。
リント、ユミル、ファーファ。
三人と一匹が門の前に残された。
※
「ユミル」
「はい」
「家の中、感じるか」
「……ぼんやり、です」
「ぼんやり?」
「人、複数、います。緊張、感じます」
「家族、緊張してるってことか」
「あるいは」
「あるいは?」
「……エルナ姐さんが、緊張、している」
「だろうな」
リントは門柱に背をもたれた。
ユミルもその横に立った。
ファーファはユミルの肩でぼんやりしていた。
「リン様」
「ん」
「貴族の家、大変、ですね」
「大変だな」
「家族、なのに、緊張、します」
「家族でも、いろいろ、あるんだよ」
「リン様の、ご家族は」
「うちは、楽な方だ」
「楽?」
「兄貴、いる。父さん、母さん、いる。普通」
「普通、いい、です」
「うん」
「普通、難しい、ですよ、ね」
「難しいな」
リントは少し空を見上げた。
「うちが普通でいられたのも、両親のおかげだ」
「はい」
「あれは、努力の結果だよ」
「……努力」
「うん」
ユミルが少し考える顔をした。
それから、小さく頷いた。
「覚えて、おきます」
「**長くなりそうニャ?**」
「分からん」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「お前、また食うのか」
「**待ち時間、長いニャ**」
「まだ、入って、すぐだろ」
「**先に、要求するニャ**」
「**先取りか**」
ユミルがジャーキーを出した。
ファーファに与えた。
ファーファがぱくり。
「**主の主、用意周到ニャ**」
「合理、です」
「お前ら、合理で繋がってんな」
リントが息を吐いた。
通りを馬車が走り過ぎた。
風が舞った。
ユミルの髪が、ふわり、と動いた。
その瞬間、ファーファが急に姿勢を変えた。
ぴくり、と。
「**……主**」
「ん?」
「**気配、ニャ**」
「気配?」
ファーファが通りの向こうを見ていた。
リントも視線を向けた。
通りの角。
人通りの中にフードを深く被った人物。
「……」
「**フード、被ってるニャ**」
「猫獣人?」
「**……分からないニャ。でも、こっち、見てたニャ**」
ユミルも視線をやった。
「……離れて、行きました」
「逃げたのか」
「気づかれた、ことに、気づかれた」
「ややこしい」
「ややこしい、です」
ファーファが髭をぴくぴくさせていた。
「**主、我、強くなったニャ**」
「強くなった?」
「**気配、感知、上達ニャ**」
「お前、感知できるのか」
「**最近、できる、ニャ**」
「いつから」
「**……分からないニャ**」
ユミルが横で頷いた。
「ファーファ、徐々に適応、しています」
「適応?」
「下位モデル、状況に合わせて調整、入ります」
「自己進化か」
「軽微、です。でも、進みます」
「**我、賢いニャ**」
「賢い、です」
「**もっと、ジャーキー、所望ニャ**」
「**だから、また、それかよ**」
リントが叫んだ。
ファーファがすまし顔で目を閉じた。
——いつもの、猫ぶり。
リントは思った。
——でも、感知能力は、本物っぽいな。
——役に立つかも。
※
——第五十四章、了。




