054 日々の断片
数日が過ぎた。
調査は進んでいない。
シオンは王立記録を掘り続けていた。
ミラは裏のチャネルを叩き続けていた。
成果はまだなかった。
リント、ユミル、エルナの三人は依頼をこなしていた。
簡単な依頼。
王都近郊の魔物討伐。
行方不明の犬探し。
商隊の護衛。
ある朝、ギルドの掲示板を見ながら、エルナが伸びをした。
「平和、だねぇ」
「平和だな」
「これが、ずっと続けば、いいんだけど」
「続かないと思うか」
「続かない」
「だな」
「あんた、達観してるね」
「達観じゃない。覚悟」
「同じだろ」
「違う」
「違うのか」
ユミルが横で頷いた。
「リン様、覚悟、です」
「お前、援護してくれるのか」
「リン様の、覚悟、見て、います」
「いつから」
「ずっと、です」
リントが少し赤くなった。
エルナがにやにやした。
「ユミルちゃん、攻めるね」
「攻めて、ません」
「攻めてる」
「事実、です」
「リント君、これが攻めだよ」
「うるさい」
ファーファは毎回同行していた。
リンの肩か、ユミルの肩。
時々、エルナの肩。
どこにいても丸くなって寝ていた。
ある日、ファーファが顔を上げた。
「**主、戦闘、起こすニャ?**」
「起こさん」
「**ブレス、吐きたいニャ**」
「**吐くな**」
ユミルが横で頷いた。
「ファーファ、街中、ブレス、駄目、です」
「**主の主、なぜニャ**」
「危ない、です」
「**……我、強いニャ**」
「強い、です。でも、駄目、です」
ユミルが珍しく強く言った。
ファーファが少ししょげた。
「**主の主、怖いニャ**」
「ごめんなさい」
「**でも、好きニャ**」
「ありがとう、ございます」
ユミルがファーファの頭を撫でた。
ファーファがごろごろ鳴いた。
リントは横でそれを聞いていた。
——ユミル、ファーファに、駄目って、はっきり言ったな。
——珍しいな。
——大事なんだな、これ。
リントは口に出さなかった。
※
ある日の午後。
依頼の合間。
王都の市場。
ユミルが立ち止まった。
「リン様」
「ん」
「あれ、見て、いい、ですか」
「ん?」
ユミルが指した。
露店。
小石を並べた店。
魔石用の素材ではなかった。
ただの綺麗な石。
「石、か」
「綺麗、です」
「うん」
「触って、いい、ですか」
「触れよ」
ユミルが店主に頭を下げた。
店主が頷いた。
初老の女主人だった。
「お嬢ちゃん、好きなのを見てっとくれ」
「ありがとう、ございます」
「魔石、じゃないよ。ただの石」
「はい、知って、います」
「分かってて、買うのかい」
「綺麗、だから」
女主人が、ふっ、と笑った。
「いい客だ」
リントが横で苦笑した。
「お前、こだわるな」
「こだわります」
ユミルが一つ手に取った。
青い半透明の石。
光に透かして見ていた。
「綺麗、です」
「だな」
「丸い、です」
「丸いな」
「磨かれて、います」
「磨かれてるな」
「リン様」
「ん」
「これ、買っても、いい、ですか」
「買えって」
「お金、使って、いい、ですか」
「使え」
「使い道、ない、ですよ」
「綺麗、なんだろ」
「綺麗、です」
「ならいいだろ」
「……」
「好きなもの、買え」
「……はい」
ユミルが小さく頷いた。
それから、もう一度、念押しのように。
「……買って、いい、ですか」
「買えって!」
「……はい」
ユミルが銀貨を渡した。
店主が布で石を包んでくれた。
ユミルが両手で受け取った。
「……ありがとう、ございます」
「**主の主、何の石ニャ**」
ファーファがユミルの肩から覗いた。
「綺麗な、石、です」
「**用途は?**」
「……ありません」
「**用途なしの石、買うのか?**」
「綺麗、だから」
「**……合理的では、ないニャ**」
「**お前、合理、知ってるのか**」
リントが叫んだ。
「**主の主、教えてくれたニャ**」
「ユミル、お前、ファーファに合理教えてるのか」
「……日常会話、です」
「日常会話で、合理は、出ないだろ」
「私、出ます」
「だな」
エルナが横で笑った。
「リント君、ユミルちゃんちの教育ハイブロウだね」
「**ハイブロウ?**」
「賢い、って意味」
「**我、賢いニャ?**」
「賢いね」
「**主の主、教育、上手ニャ**」
「ありがとう、ございます」
ユミルが頬をほんの少し緩めた。
※
霜花亭の部屋。
ユミルが机の上に青い石を置いた。
木彫りの猫の隣。
二つが並んだ。
ユミルはベッドに座ってそれを見ていた。
ファーファが横で丸くなって、寝ていた。
「ファーファ」
「**ニャ?**」
「綺麗、です、ね」
「**石ニャ?**」
「はい」
「**用途は?**」
「……ありません」
「**……合理的では、ないニャ**」
「ファーファ、これは、根っこ、です」
「**根っこ?**」
「無意識に、好き、なら、根っこ、です」
「**……ふむ**」
ファーファは分かったような分からないような顔で、また目を閉じた。
ユミルは石を、指先で撫でた。
——根っこ、増えています。
——猫、好き。ファーファ、好き。石、好き。
——リン様、好き。
合理の鬼が、無意識の好きを、一つずつ、確かめていた。
※
夕食の食堂。
四人と一匹。
シオンも合流していた。
塔の仕事が早く終わったらしい。
「シオン様、お疲れ、です」
「ユミルさん、ありがとうございます」
「進捗、ありますか」
「……まだ、です」
「焦らない方、いい、です」
「はい」
シオンが頷いた。
それから少し迷って、口を開いた。
「ユミルさん」
「はい」
「先日の、魔法理論の話、まだ気になっていて」
「八十五%、の、続き、ですか」
「はい」
「いずれ、お話、します」
「いつ、ですか」
「……いずれ、です」
シオンが少し肩を落とした。
リントが横で笑った。
「シオン、お前、釣られてんな」
「釣られて、います」
「自覚あんのか」
「自覚は、あります」
「真面目だな」
エルナが手を叩いた。
「シオン、ユミルちゃんに振り回されてる、ねぇ」
「……否定、できません」
「リント君と、同類だね」
「俺は違う」
「同類」
「違う」
「同類」
エルナが繰り返して、笑った。
ファーファがリントの膝からシオンの肩に、ぴょん、と飛んだ。
シオンが少し驚いてから、優しく撫でた。
「**主は、撫で方、雑ニャ**」
「**お前、それ、本人の前で言うか**」
リントが叫んだ。
ファーファがすました顔で目を逸らした。
「お前、本当、図々しいな」
「**……なんてこと言うのニャ!**」
ファーファが急に声を上げた。
「**我は、可愛い、猫ニャ!**」
「**急に猫名乗るな!**」
「**ニャー!**」
「**鳴き声まで普通の猫!**」
エルナが手を叩いて笑った。
「ファーファ、都合のいい時、猫になるね」
「**……ニャー**」
「竜じゃないんだ?」
「**……竜、ニャ**」
「戻ったね」
「**戻ったニャ**」
エルナが横で爆笑していた。
「リント君、ファーファ、面白すぎる」
ファーファがシオンの肩からユミルの肩に飛び移った。
すまし顔で目を閉じた。
寝るふり。
※
夜。
リントが部屋でファーファを撫でていた。
ユミルが扉のところに立っていた。
「リン様」
「ん」
「明日、シオン様、報告来ます」
「うん」
「三百年前の、続報、出ました」
「もう?」
「シオン様、夜中まで調べて、いました」
「真面目だな」
「真面目、です」
「リン様」
「ん」
「シオン様、振り回して、しまい、ました」
「自覚あんのか」
「あります」
「悪気は」
「ありません」
「だろうな」
「いつか、お話、します」
「八十五%の、残り、か」
「はい」
「俺にも、教えるか」
「リン様には、もう、お話、しています」
「俺、聞いたか」
「日々、お話、しています」
「……そうか」
リントが少し考えた。
それから、頷いた。
「うん。聞いてる」
「はい」
ユミルが小さく笑った。
ファーファがリントの膝で丸くなって、すぐに寝息を立て始めた。
ユミルが横でそれを見ていた。
「リン様」
「ん」
「ファーファ、寝つき、いい、です」
「だな」
「……可愛い、です」
「うん」
「……根っこ、増えました」
「うん」
ユミルが小さく笑った。
リントもファーファの背を撫でながら笑った。
夜が静かに更けていった。
※
——第五十三章、了。




