052 紋章
翌朝。
霜花亭の食堂。
リント、ユミル、エルナの三人。
ファーファはリントの肩で丸くなっていた。
朝食のパンと卵焼き。
ファーファは欠片をもらってぱくぱく食べていた。
「**主、もう一切れ、所望ニャ**」
「お前、朝から食いすぎだろ」
「**竜は、燃費悪いニャ**」
「猫だろ」
「**竜ニャ**」
エルナが横で笑った。
「リント君、それ、毎朝になりそう」
「**毎朝、定例ニャ**」
「お前が言うな」
ユミルが横で麦酒を飲んでいた。
朝から麦酒。
エルナの影響だった。
「ユミル、お前、麦酒いいのか」
「……エルナ姐さんが、勧めて、くれました」
「だな」
「合理的に、社交、しています」
「合理で麦酒飲むなよ」
エルナが噴き出した。
※
シオンとミラが食堂に入ってきた。
二人とも顔が硬かった。
「シオン様、ミラ様」
「リント君、おはようございます」
「リント、おはよ」
エルナが手を振った。
「あんたら、揃って、なんかあった?」
「報告です」
シオンが椅子に座った。
ミラがその隣に座った。
「**紋様、調べました**」
「おう」
「**王国の記録に、ない**」
「ない?」
「全部、見ました。図書館、王立、私蔵」
「ヒュペリオン家の蔵書も?」
「見ました」
「全部、なし、か」
「はい」
エルナが眉を寄せた。
「うちの国の紋じゃないってことか」
「そう、なります」
ミラが続けた。
「裏のチャネルでも、聞いてみた」
「うん」
「ヴァナール商隊の知ってる連中」
「で?」
「**口、固い**」
「そうか」
「過激派の話になると、誰も喋らない」
「報復、怖いんだ」
「だね」
ファーファがリントの肩で耳を立てた。
会話を聞いている顔だった。
——こいつ、内容、分かるのか?
リントは思った。
——ニャって付くから分からなさそうだけど。
「**主**」
「ん?」
「**話、深刻ニャ**」
「お前、分かるのか」
「**雰囲気、分かるニャ**」
「雰囲気で分かるな」
ファーファが髭をぴくぴくさせた。
ユミルが横で頷いた。
「下位モデル、空気読み、組み込みました」
「空気読みも組み込んだのか」
「合理的に」
「**何でも合理で済ますな**」
エルナがまた噴き出した。
※
「で、シオン、結局紋は何だ」
「分かりません」
「困ったな」
「ただ」
「ただ?」
「**気になること、あります**」
シオンが懐から紙を出した。
スケッチだった。
三つの牙が円を描く紋様。
「これに、似ているもの、見ました」
「どこで」
「**三百年前の、王立記録**」
「三百年前」
「正確には、似ているだけ、です」
「似ている?」
「三つの牙、同じ。円、同じ。でも、**牙の向き**が、逆」
「逆?」
「現代のは、内向き。三百年前のは、外向き」
ミラが唸った。
「変質した、ってこと」
「可能性、です」
「組織が古いってことか」
「あるいは、**枝分かれ**」
リントが手を組んだ。
「ヴァナールの過激派、三百年前から、いるのか」
「断定は、できません」
「でも、似てる、と」
「はい」
エルナが息を吐いた。
「面倒な話だね」
「面倒、です」
シオンが頷いた。
ファーファがリントの肩からユミルの肩へ移った。
軽く飛び移った。
ユミルが慎重に肩で受け止めた。
「**主の主、肩、温かいニャ**」
「……ありがとう、ございます」
ユミルが少し頬を緩めた。
ファーファがユミルの首筋に頭をすり寄せた。
「**主の主?**」
エルナが拾った。
「ファーファ、ユミルちゃんのこと、そう呼ぶの?」
「**そうニャ**」
「主が、リント君で」
「**そうニャ**」
「主の主が、ユミルちゃんで」
「**主より、上ニャ**」
「上下があるのかよ」
リントが横で言った。
「**主より、主の主の方が、序列上ニャ**」
「お前、序列の話、するのか」
「**竜の世界、序列、大事ニャ**」
「**竜じゃねーだろ**」
エルナが手を叩いて笑った。
「リント君、定番、確定」
「**確定、勘弁してくれ**」
ユミルがファーファの頭を撫でた。
少しだけ嬉しそうな顔だった。
——主の主、と、呼ばれた。
ユミルの内心が少しだけ緩んだ。
※
「で、紋の話、戻るが」
リントが切り替えた。
「ヴァナール側で、聞き込みは?」
「ミラが、もう少し」
「私、伝手、あと二三件」
「頼む」
「うん」
「シオン、王立記録、もう少し」
「掘ります」
「三百年前のやつ、詳細、要る」
「分かりました」
「エルナは」
「うん?」
「霜の剣の事件、紋、似てなかったか」
エルナの動きが止まった。
「……」
「思い出せ」
「……あの時、敵、見てない」
「うん」
「死んだ仲間の刃、調べたけど」
「うん」
「紋、なかった」
「そうか」
「でも」
「でも?」
「**敵の、足跡**、あった」
「足跡?」
「動物の足跡、混じってた」
エルナの目が遠くなった。
「あの時は、気にしなかった」
「動物?」
「猫、っぽい、形」
ユミルが顔を上げた。
「猫獣人、です、か」
「……かもしれない」
ミラが息を吸った。
「三年前、霜の剣事件、過激派、繋がる可能性」
「分からない」
「分からないけど、可能性」
「うん」
リントが手を組み直した。
「**広がってきたな**」
「広がってきた」
エルナが頷いた。
ファーファがユミルの肩で唸った。
「**主の主、雰囲気、暗いニャ**」
「……ごめんなさい、ね」
「**ジャーキー、要るニャ**」
「ジャーキーで解決するのか?」
リントが横で言った。
「**ジャーキーは、万能ニャ**」
「お前、それ、本気で言ってるか」
「**本気ニャ**」
ユミルが懐からジャーキーを出した。
ファーファに与えた。
ファーファがぱくり。
満足げに噛んだ。
「**うまいニャ**」
「お前、紋の話、聞いてたか」
「**聞いてたニャ**」
「で?」
「**……忘れたニャ**」
「**お前、本当、適当だな**」
エルナがまた笑った。
ミラがその様子を見て少し緩んだ。
「ファーファ、いいねぇ」
「**……そなたは?**」
「ミラ」
「**覚えるニャ**」
「ありがと」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**もう食ったろ**」
リントが叫んだ。
ファーファは、にゃ、と鳴いた。
※
——第五十一章、了。




