048 白蛇の祭壇
遺跡の中。
廊下が奥に伸びていた。
石の床。
壁に彫刻。
蛇の模様が繰り返されていた。
「……白蛇、ね」
ミラが呟いた。
「祭壇の名前、そのまま」
「蛇、神聖な象徴?」
「昔の信仰」
「……」
五人、ゆっくりと進んだ。
先頭、ユミル。
その後ろ、エルナ。
リントとシオンが中央。
ミラが最後尾。
隊列は既に決まっていた。
出発前、エルナが指示した。
※
廊下が十メートル、続いた。
その先に**広間**。
円形の広い空間。
中央に石の祭壇。
高さ二メートルくらい。
上に蛇の彫刻。
「……」
ユミルが祭壇をじっと見た。
視線が祭壇の**下**で止まった。
「リン様」
「ん」
「……気配、祭壇の、下、から」
「地下、か」
「はい」
「地下への入口、ある?」
「……あります」
ユミルが祭壇の裏側を指さした。
石の板が床に敷かれていた。
他の床と少し違っていた。
**下に、空間**。
「……隠し通路」
エルナが言った。
「開けるか」
「開けます」
※
五人、祭壇の裏側に回った。
石の板、重そうだった。
リントとシオンが持ち上げようとした。
動かなかった。
「……重い」
「……」
ユミルが横から手を当てた。
唇が動いた。
「……持ち上げ、軽量化」
(exec.gravity_reduce --target=stone --factor=0.1)
石の板が**軽く**なった。
リントとシオンが簡単に持ち上げた。
「……助かった」
「はい」
板の下。
**階段**が下に降りていた。
真っ暗。
冷えた空気。
**濃い**気配。
※
ミラが顔を寄せた。
「……暗いね」
「明かり、要る」
ミラが懐から小さな発光石を取り出した。
青白い光。
階段が下まで見えた。
「行くか」
「行く」
先頭、またユミル。
階段を降りた。
五人、続いた。
階段は二十段。
降りきった所に、また廊下。
地下の廊下。
**冷気**が漂っていた。
※
廊下の先に**扉**。
木の扉。
古いのに**新しく**見えた。
最近、誰かが使っている気配。
「……」
エルナが剣を抜いた。
リントが弓を構えた。
シオンが杖を上げた。
ミラが短剣を両手に持った。
ユミルが扉の前で立ち止まった。
唇が動いた。
「……中、気配、三つ」
「三人?」
「……人間の、気配、では、ない」
「じゃ、何」
「……分かりません」
エルナが深く息を吐いた。
「突入する?」
「する」
「する」
「はい」
「俺が、火盾張る」
リントが魔石を握った。
「シルド」
(exec.firewall --size=small --layer=1 --target=empty)
リントの前、**一枚の光の板**が立ち上がった。
身の丈より少し小さい。
扉を蹴り開けた。
五人、突入。
※
部屋の中。
広い六角形の部屋。
天井、高い。
壁に蛇の模様。
中央に**光**。
青白い渦。
渦の中に**三つの影**。
人間の形をしている、でも**輪郭が揺れていた**。
空気のように透ける。
見えているのに、見えていない。
ヴェスティアの時と同じ種類。
でも、**三体**。
ユミルが即座に声を上げた。
「**ファイアウォール、展開、五人、三重**」
(exec.firewall --direction=all --layer=3 --target=five)
五人の周囲に、**光のカーテン**が三重、立ち上がった。
淡い、青白い膜。
ほぼ同時に、三体の影が**動いた**。
速い。
視認できない。
「大丈夫、です」
ユミルが、淡々と言った。
「抜けません。計算、しました」
リントが、ユミルを見た。
**合理の、鬼**。
カーテンに何かが激突した。
**二枚、砕け散った**。
光の破片が、空中を舞った。
——一枚、辛うじて形を保っていた。
リントは息を呑んだ。
ユミルの、言った通り。
「……強い」
エルナが呟いた。
「ヴェスティアの時より強い」
「個体、多いから」
「……どう対処する」
※
ミラが声を上げた。
「あたし、斥候」
「斥候?」
「近距離で動き、観察」
「危ないぞ」
「大丈夫」
ミラが短剣を構えた。
カーテンの外に一歩。
ユミルが即座に、**ミラだけの薄膜**を張った。
「ミラ様、単独、防御」
(exec.firewall --target=mira --layer=2 --moving)
ミラの周りに、二枚の薄い光。
ミラの動きに合わせて、形を変えずついてきた。
**纏う**ように。
「……便利」
ミラが笑った。
※
ミラが三体の影に近づいた。
短剣を振った。
一体目の影に当たった。
**手応え、あり**。
影が歪んだ。
「姿なくても、当たる」
ミラが言った。
「エルナ、剣、入るよ」
「了解」
エルナもカーテンの外に出た。
ユミルがすぐに、エルナを薄い光で纏った。
エルナとミラ、二人で三体の影を相手にした。
リントが弓を構えた。
「ユミル、矢、撃てるか」
「撃てます」
「目標、分かる?」
「……三体の位置、教えます」
「頼む」
※
ユミルがリントに位置を指示した。
「一体目、右、十メートル」
「了解」
リントの矢。
**炎矢**の魔石と合わせて撃った。
「炎矢」
魔石が青白く光った。
(exec.arrow_ignite --power=small --trajectory=guided)
リントの矢が空中で炎に包まれた。
一体目の影に刺さった。
影が大きく揺れた。
エルナが剣を振り下ろした。
銀光。
影が消えた。
**一体目、撃破**。
※
残り二体が、同時に、動いた。
一体はシオンへ、一体はリントへ。
視認できない速度。
でも、ユミルは、見ていた。
唇が動いた。
「……**経路、書き換え**」
(exec.redirect --target=shadow --vector=lateral)
シオンに迫っていた影の突進が、空中で**ぐにゃりと曲がった**。
直線の軌道から、弧を描いて横に流れた。
壁に激突した。
石の粉が、舞った。
影は壁の下に転がり、また立ち上がった。
「……今の、何」
シオンが、杖を握り直した。
「……経路、書き換えました」
「経路」
「攻撃の、向き、を」
「……魔法、それ、聞いたこと、ない」
ユミルは、答えなかった。
※
「二体目、左、五メートル」
ユミルが指示。
リントが弓を引いた。
でも、二体目がミラに向かっていた。
ミラが短剣で応戦。
距離、近すぎる。
矢、撃てない。
ユミルの詠唱が、一拍、遅れた。
三体目の位置を、読み切れていなかった。
リントの手は、既に動いていた。
二つの魔石を、同時に握った。
「シルド、追風」
(exec.firewall --size=small --layer=1 --position=mira --tmp=hoge)
(exec.airflow --size=small --direction=lateral --duration=empty)
ミラの前方、**光の板**が立ち上がった。
同時に、その板の面に沿って、**横向きの風**が走った。
突進してきた影が、板に当たる直前、**風に掬われた**。
軌道が、**横に流れた**。
影の突進が、そのまま、**三体目に突っ込んだ**。
三体目が、仲間に弾かれて、よろめいた。
ユミルは、**一瞥もしなかった**。
次の敵の位置を、計算している。
「おい、一回くらい見ろよ!」
「……信じて、いますから」
「信じすぎ!」
「……」
戦闘は、続いていた。
※
その隙に、ミラの短剣が、流れた二体目に、深く入った。
影が歪んだ。
シオンが杖を振った。
「**光明閃**」
シオンの宮廷魔法。
光の槍が二体目の影に突き刺さった。
影が消えた。
**二体目、撃破**。
※
残り、一体。
三体目が**祭壇の中央**に下がった。
光の渦の中へ。
姿がだんだんと薄れていった。
**逃げる**。
「エルナ様」
ユミルが呼んだ。
「ん」
「……今、逃がします」
「また、それ」
「はい」
「理由、は」
「……今は、説明、できません」
エルナが剣を下ろした。
「……分かった、あんたがそう言うなら」
三体目が光の渦に吸い込まれていった。
消えた。
渦も、ゆっくりと消えた。
静寂。
※
「……」
全員、息を吐いた。
ユミルの一声で、光のカーテンが**一斉に消えた**。
罅の入った板も、纏っていた薄膜も、全部。
静かに、何事もなかったように。
「撃破、二体。一体、逃走」
「お疲れ様」
「……」
リントがユミルを見た。
「y」
「はい」
「……ブレス、使わなかったな」
「……はい」
「なんで?」
「……遺跡では、使えないんです」
「なんで?」
「……いえません!」
「なんで!?」
「リン様のバカ!」
「……」
リントが口を開きかけた。
その肩を、エルナの手が、叩いた。
「……」
リントは、口を閉じた。
姉さんの、大人の合図。
**それ以上は、聞くな**。
ユミルは、少しだけ頬を赤くして、横を向いていた。
※
ミラが部屋を見回していた。
「この部屋、何?」
「……」
ユミルは答えなかった。
シオンが壁の文字を見ていた。
「……**祭壇の中心**、と書いてあります」
「読めるの」
「この文字は読めます」
「他の文字は」
「……読めない、箇所、多い」
エルナが床を見た。
「……何か、ある」
床に**金属の破片**が落ちていた。
ヴェスティアの遺跡で見つけた柄頭と、同じ金属。
エルナが拾い上げた。
「……これ」
「……同じやつ?」
「同じ、だと思う」
エルナの手が少し震えた。
でも、すぐに止まった。
「誰か、ここで戦った」
「……」
「三年前、ここじゃなくても、似た場所」
「……」
「仲間の一部、かもしれない」
エルナは破片を布に包んだ。
大事そうにしまった。
※
リントが**壁の一箇所**を見ていた。
**ユミル**がそこに近づこうとしていた。
誰も見ていないふりをしながら。
ヴェスティアの時と同じ、**いつもの作業**。
壁の、何か。
リントには、意味が分からない。
でも、気づいていた。
何も言わず、ユミルをそっとしておいた。
ユミルが壁に手を当てた。
唇が動いた。
(patch --target=fabric --layer=minor)
壁が一瞬、青白く光った。
光が消えた。
ユミルが手を下ろした。
静かに振り返った。
リントと目が合った。
——**プイッ**。
ユミルが、顔を、横に向けた。
「……なんで!?」
リントが、小声で、言った。
ユミルは、答えなかった。
他の三人は、気づいていなかった。
※
「帰ろう」
エルナが言った。
「帰る」
「帰ります」
「はい」
五人、部屋を出た。
階段を上がった。
石の板を元に戻した。
広間を抜けた。
廊下を歩いた。
入り口のアーチをくぐった。
外は夕日が沈む手前だった。
秋の冷えた風。
※
馬車が待っていた。
五人、乗った。
帰り道、誰もあまり喋らなかった。
ミラがぽつりと言った。
「……今日、色々分かった」
「情報、収穫ある?」
「うん、ある」
「何」
「**三年前の事件と、同じ敵**、確定」
「……」
「しかも、**複数いる**」
「……」
「事件、継続中、確定」
エルナが頷いた。
「……仇、取りに行くよ」
「うん」
「あんたたちの助け、借りる」
「借りて」
「はい」
※
夜、王都に戻った。
霜花亭の前で五人、別れた。
ミラは自分の酒場へ。
シオンは王城の方へ。
リント、ユミル、エルナは霜花亭に入った。
女将が心配した顔で待っていた。
「お帰り! 無事でよかった!」
「ただいま」
「夕飯、用意してあるよ」
「ありがとう」
食堂で三人、夕食。
誰もあまり喋らなかった。
疲れていた。
でも、ユミルは三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
その、いつもの微笑みが、リントを少しだけ安心させた。
※
夜、リントは部屋で魔石を並べた。
花火!の魔石、二つ、使用済み。
盾の魔石、二回、使用。
炎矢の魔石、一回、使用。
充電、必要。
でも、今夜はユミルも疲れているだろう。
明日、頼むつもり。
窓の外、王都の夜空。
今日の戦闘、無事に終わった。
**二体、撃破**。
**一体、逃走**。
**仲間の手がかり、発見**。
**ユミル、また壁を、触っていた**。
重要な一日だった。
リントは窓を閉めた。
目を閉じた。
明日、また動く。
※
――第四十七章、了。




