046 夜の酒場のねぇさん
翌日、シオンを誘った。
塔の帰りに、エルナが切り出した。
「シオン、明日の夜、空いてる?」
「はい、空いてます」
「酒場、行かない?」
「え」
「情報交換、兼、飲み会」
「……光栄、です」
「かしこまらなくていい」
「はい」
「あと、もう一人、情報屋、来る」
「情報屋」
「ミラ、って子」
「……」
シオンが少し考えた。
「その方、**ファールバウティ家**のミラさん、ですか」
「え、知ってるの」
「噂、聞いたことが」
「貴族、知ってる?」
「ファールバウティ家、昔、宮廷と関わりがあった」
「そうなんだ」
「没落後、情報屋になった娘さん、と」
「……情報、広いな」
「宮廷魔法師、情報、大事です」
「なるほど」
シオンが少しだけ笑った。
「そういう集まり、面白そうです」
「じゃ、決まり」
「場所は?」
「ミラの酒場」
「……了解です」
※
翌日の夜。
五人、ミラの酒場に集まった。
リント、ユミル、エルナ、シオン、ミラ。
酒場はいつもより賑わっていた。
奥の大きなテーブルに五人、座った。
ミラが麦酒とワインと水を運んできた。
「シオンくん、初めまして」
「……はい、初めまして、ミラさん」
「堅いね、もっと砕けていいよ」
「……はい」
「酒、飲む?」
「ワインで」
「貴族っぽい」
「……すみません」
「いや、いいよ」
ミラが笑った。
※
乾杯。
「王都編、序章、に、乾杯」
エルナが言った。
「王都編?」
「あたしたちの、新しい冒険の始まり」
「なるほど」
「乾杯」
「乾杯」
五つのグラスが軽くぶつかった。
ユミルも小さなグラスを持っていた。
今日は米の酒を一杯だけ頼んでいた。
一口、飲んだ。
二口。
三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
ミラが吹き出した。
「この子、酒も三口目なの?」
「全部、三口目、です」
「規則正しい舌だね」
「規則、正しい、です」
※
食事と酒が進んだ。
ミラが情報を切り出した。
「で、王都の裏事情、話すよ」
「頼む」
「最近、**行方不明者、増えてる**」
「増えてる?」
「半年前から、徐々に」
「数?」
「月、五人から十人」
「……多い」
「家出も含む。でも、それを除いても七、八人」
「……」
「場所、バラバラ」
「共通点は?」
「人によって違う。でも、**いくつかパターン**、ある」
ミラがメモ帳を開いた。
「一つ目、**夜、一人で歩いていた**」
「うん」
「二つ目、**どこかに行く途中**」
「うん」
「三つ目、**誰にも見られてない時**」
「……」
「突然、消える」
「残されるものは?」
「何もなし」
※
シオンがワインを置いた。
「……私、似た話、聞いたことあります」
「え」
「宮廷魔法塔の書庫で、古い記録」
「記録?」
「**神隠し**」
「神隠し?」
「古い言葉で、人が忽然と消える事件」
「いつの話」
「三百年前、くらい」
「三百年」
「当時も、似た事件、多かった」
「……」
リントは横で聞いていた。
**三百年前にも、似た事件**。
**同じ何か**が、何度も、来ているということか。
ユミルも黙って聞いていた。
**たぶん、全部、知っている**。
でも、何も言わなかった。
※
「エルナ」
ミラが呼んだ。
「ん」
「三年前の霜の剣の事件、似てる?」
「……似てる」
「パターン、同じ?」
「気配、濃い、でも姿、見えない」
「……」
「仲間、一瞬で消えた」
「……」
ミラが頷いた。
「今回、調べよう」
「調べる?」
「あたし、調べる。情報屋として」
「……」
「エルナ、あんた、三年、苦しんだ」
「……」
「仲間の仇、取らなくていいの?」
「……取りたい」
「じゃあ、取る」
「でも、相手、分からない」
「分からないなら、掴むの、情報屋の仕事」
ミラが笑った。
「任せなよ」
エルナが少しの間、黙った。
それから頷いた。
「……ありがと」
「礼は、情報が入ってから」
「はい」
※
シオンがユミルを見た。
「ユミルさん」
「はい」
「……三百年前の神隠し、気になりますか」
「……気に、なります」
「宮廷魔法塔の書庫、調べたい?」
「……はい」
「書庫、私が案内できます」
「……ありがとう、ございます」
「あ、でも」
「はい」
「書庫の一部、**古語**で書かれています」
「……」
「読めますか」
ユミルが一拍、止まった。
「……半分、読めるかも」
「半分も」
「……」
シオンの目が少し大きくなった。
「あなた、昨日、祭壇の文字、読めないって言いましたよね」
「……はい」
「本当は、読めるんですか」
「……少し、読めます」
「……」
シオンはそれ以上、追及しなかった。
でも、**目が違っていた**。
研究者の目。
そして、少しだけ、**疑う目**。
リントはそれに気づいていた。
でも、シオンは**敵じゃなかった**。
追及しない距離感を守っていた。
※
ユミルがずっとよく喋っていた。
普段より、ずっと多く。
ミラと、情報のやりとり。
シオンと、魔法理論の続き。
エルナと、三口目の笑い。
リントと、**目が合うと頬を赤くする**、いつもの反応。
全部、ユミルの中で起きていた。
ミラがリントに小声で言った。
「あの子、面白いね」
「そう?」
「もっと話、聞きたい」
「聞いてやってくれ」
「うん」
ミラがユミルの方に向き直った。
「ユミルちゃん」
「はい」
「あんた、森で暮らしてたって本当?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
「寂しくなかった?」
「……寂しかった、です」
「今は?」
「……」
ユミルは少し考えた。
それから小さく言った。
「……今は、寂しくない、です」
「よかった」
「はい」
ユミルは少しだけ頬を赤くした。
※
酒が進んだ。
エルナが四杯目の麦酒を頼んだ。
「姉さん、飲みすぎ」
「今日はいいの」
「明日、大丈夫?」
「明日、休み」
「……そうか」
「楽しいから、飲む」
「……」
エルナは笑いながら飲んでいた。
本当に楽しそうだった。
シオンがワインを三杯目。
「シオンさん、顔、赤い」
「……酒、弱いです」
「大丈夫?」
「……大丈夫、じゃ、ないかも、しれません」
「ミラ、水」
ミラが水をシオンに渡した。
「ごめん、ごめん、ペース、早すぎたね」
「……いえ、楽しいので」
「普段、酒、飲まない?」
「……ほとんど」
「今日は、飲んだ」
「……はい」
シオンが少しだけ微笑んだ。
普段の真面目な顔と違う顔。
**酒に酔った魔法師見習い**。
少しだけ可愛かった。
※
夜が深くなっていった。
酒場の客が少しずつ減っていった。
五人、まだテーブルに残っていた。
話題はだんだんと軽くなっていた。
昔の冒険の話。
魔法学校の話。
失敗した料理の話。
追いかけられた犬の話。
みんな、笑っていた。
ユミルも何度か、小さく笑った。
リントはそれを見ていた。
**百年、森の中で、こんな夜、あっただろうか**。
いや、なかった。
今日が初めて。
**ユミルの、初めての五人の夜**。
※
閉店の時間が近づいた。
エルナが伸びをした。
「そろそろ、帰ろう」
「……はい」
「明日、調査の準備、ある」
「遺跡?」
「そう、白蛇の祭壇」
「みんな、行ける?」
「行ける」
「行けます」
「あたし、行く」
「私も」
五人、頷き合った。
ミラが言った。
「じゃ、三日後、出発」
「了解」
「了解です」
※
酒場を出た。
王都の夜の空気。
冷たかった。
でも、五人で歩いている熱があった。
エルナが空を見上げた。
「……良い夜だったね」
「うん」
「……楽しかった」
「楽しかった」
シオンが頷いた。
ミラも頷いた。
ユミルも頷いた。
五人、それぞれの方向に分かれた。
シオンは王城の方へ。
ミラは酒場へ。
リント、ユミル、エルナは霜花亭の方へ。
※
霜花亭に向かう道で、ユミルが小さく言った。
「リン様」
「ん」
「……今日、楽しかった、です」
「うん」
「五人、で、話すの、初めて、でした」
「初めて、か」
「はい、初めて」
「楽しかった?」
「……楽しかった、です」
「良かったな」
「はい」
ユミルは少しだけ頬を赤くしていた。
王都の夜の街灯が、ユミルの白い髪を照らしていた。
リントはそれを見ていた。
**ユミルが、笑っていた**。
今日、何度も笑っていた。
百年、ずっと笑えなかったユミルが、今、笑っていた。
**王都、来て、良かった**。
リントはそう思った。
※
――第四十五章、了。




