045 情報屋ミラ
塔の調査は一週間続いた。
ユミルとシオンは毎日議論した。
リントとエルナは時々観測の補助をして、時々廊下で待った。
七日目の夕方、塔を出てエルナが言った。
「明日、別件やろうか」
「別件?」
「遺跡調査の準備」
「あ」
「王都近郊の遺跡」
「……うん」
「情報集めたい」
「情報、どこで」
「あたし、知ってる」
「どこ」
「情報屋」
「情報屋?」
「こういう時は、あの子だ」
エルナがニヤッと笑った。
※
翌朝、エルナは三人を中央市場の裏通りに連れていった。
**裏通り**。
大通りから三本奥に入った場所。
薄暗い。
でも、人はそこそこ歩いていた。
小さな酒場の看板。
昼間から店が開いていた。
「ここ」
「酒場?」
「昼は食堂。夜は酒場。情報屋の事務所、裏」
「情報屋って、正業?」
「正業じゃない」
「じゃあ何」
「違法じゃないけど、公にしない職業」
「……」
エルナが扉を開けた。
※
中は思ったより綺麗だった。
カウンターといくつかのテーブル。
客は二、三人。
みんな静かに食べていた。
エルナがカウンターに近づいた。
カウンターの奥に若い女性がいた。
年は二十代前半。
**赤毛**。
ショートカット。
緑の目。
細身。
でも、**目が鋭かった**。
「おう、ミラ」
エルナが声をかけた。
女性が顔を上げた。
「あ、エルナ」
「久しぶり」
「久しぶり。いつ戻ったの」
「二週間くらい前」
「もっと早く顔出しなよ」
「色々あったから」
「色々」
「説明、後で」
ミラがエルナの後ろの二人を見た。
「この二人、誰?」
「連れ」
「連れ?」
「パーティ組んでる」
「エルナがパーティ?」
「珍しいだろ」
「珍しい」
ミラが首を傾けた。
「どんな風の吹き回し?」
「話すと長い」
「話しなよ、長くていい」
※
ミラがカウンターの奥から出てきた。
エルナとハグをした。
軽いハグ。
古い友人の挨拶。
「で、用事?」
「情報、欲しい」
「分かってる」
「分かってる?」
「エルナが挨拶来るの、二年ぶり。用事あるに決まってる」
「……バレてる」
「エルナの性格、知ってる」
ミラが笑った。
「で、何の情報?」
「王都近郊の古い遺跡」
「……はっ?」
ミラの目が少しだけ細くなった。
「遺跡?」
「ギルドから依頼」
「……」
「何か異常、報告、入ってる」
「……」
ミラはしばらく黙った。
それから言った。
「エルナ、またタダ働き頼みに来たの?」
「誰がタダだよ、ちゃんと飯おごるから」
「飯、高いよ」
「いいよ、おごる」
「あと、酒も」
「酒もおごる」
「よし、取引成立」
ミラが笑った。
※
ミラがランチセットを四人分作った。
スープとパンと焼いた肉。
四人でテーブルに座った。
ユミルがランチを一口食べた。
二口食べた。
三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
ミラがそれを見ていた。
「この子、三口目で微笑むのね」
「クセ、です」
「可愛いクセだね」
「……ありがとう、ございます」
ミラがリントを見た。
「で、あんた、誰」
「リント・アルビオン、黄ランク」
「黄? 若いのに」
「最近、上がった」
「急激な昇格?」
「赤から橙、飛ばした」
「……それは、すごい」
ミラの目が一瞬、リントを観察した。
**情報屋の目**だった。
少しだけ怖かった。
※
「じゃあ、ユミルちゃん?」
「はい」
「何ランク」
「……白、扱い、です」
「白」
「判定、不能」
「……三箇所、全部で?」
「はい」
「……あんた、何者」
「……」
ユミルは答えなかった。
ミラが笑った。
「冗談、冗談。無理に聞かない」
「……」
「情報屋の第一原則。**聞かれたくないことは、聞かない**」
「……ありがとう、ございます」
「でも、いつか、話してくれると嬉しいな」
「……検討、します」
「検討するなよ」
ミラが笑った。
エルナが横で笑った。
「ミラ、あんた、ユミルちゃんと気が合うかも」
「そう?」
「あたしも最初、『検討します』って言われた」
「情報屋、検討、禁止」
「はい」
ユミルは少しだけ頬を赤くした。
※
食事の後、ミラが本題を切り出した。
「で、王都近郊の遺跡」
「うん」
「どの遺跡?」
「北東、一日の場所」
「……」
ミラが少し黙った。
「**白蛇の祭壇**、だね」
「それ」
「……あそこね」
「何か知ってる?」
「知ってる。けど、あまり良い話じゃない」
「聞かせて」
ミラがカウンターからメモ帳を持ってきた。
書き込みが細かく並んでいた。
ミラはページをめくった。
「過去二ヶ月、周辺で行方不明、五人」
「五人」
「商隊の護衛が二人。個人旅行者が二人。地元の羊飼いが一人」
「……」
「遺体は見つかってない」
「……」
「五人全員、遺跡の半径五キロ以内」
「……」
エルナの顔が硬くなった。
「三年前と同じ」
「うん」
ミラが頷いた。
「エルナ、あんた、霜の剣の話、このパーティにもうした?」
「した」
「なら、話、早い」
「……」
「あの時とパターン、似てる」
「……同じ遺跡?」
「違う遺跡。でも、**似た時代**」
「……」
リントは横で聞いていた。
**ヴェスティアの遺跡と、同じ種類**。
ユミルも黙って聞いていた。
**何か**、ユミルだけが知っている。
でも、それは誰にも言えない種類の知識だった。
※
「リント」
ミラがリントを見た。
「うん」
「あんた、ヴェスティアの遺跡、入った?」
「入った」
「何か見た?」
「……気配」
「姿?」
「見えなかった」
「だろうね」
ミラはメモ帳を閉じた。
「見えない敵」
「うん」
「それが三年前と同じ」
「……」
「白蛇の祭壇、行く?」
エルナが頷いた。
「行く」
「危険だよ」
「分かってる」
「……リント君、ユミルちゃん、あんたたちも」
「はい」
「危険、分かる?」
「分かる」
ミラが少し笑った。
「エルナ、あんた、強くなったね」
「強く?」
「前は一人で抱えてた。今は仲間、連れてる」
「……」
「仲間に頼れるの、強くなった証」
「……」
エルナは何も言わなかった。
でも、小さく頷いた。
※
ミラが立ち上がった。
「あたし、同行していい?」
「え」
エルナが顔を上げた。
「同行?」
「遺跡、興味ある」
「ミラ、戦えるの?」
「戦える。陰から」
「……」
「それに、情報屋として現場、見たい」
「……」
エルナが少し考えた。
「ユミル、リント君、どう思う?」
「……ミラ様、実力、高いです」
ユミルが言った。
「分かるの?」
「……歩き方、立ち方、目の動き、全部、観察、しました」
「観察……」
「熟練者、です」
ミラが少しだけ驚いた顔をした。
「……あんた、本当、何者」
「……普通の、女の子、です」
「嘘だろ」
「嘘です」
「おい」
ユミルは少しだけ微笑んだ。
※
「じゃあ、ミラも同行」
「了解」
「あと、シオンも誘うべきか」
リントが言った。
「シオン?」
「宮廷魔法師」
「……知ってる、その名前」
「知ってるの?」
「情報屋、なめるな」
ミラが笑った。
「シオン・ヒュペリオン、筋は良い」
「誘っていい?」
「ヒュペリオン家、貴族だよ」
「……え」
「宮廷魔法師、貴族、普通」
「……」
「でも、シオン本人は良い奴」
「ミラ、会ったことあるの?」
「ないけど、評判、聞いてる」
「じゃあ、誘う」
「いいね、人数多い方が安全」
※
五人での遺跡調査が決まった。
**リント、ユミル、エルナ、ミラ、シオン**。
なんとなく、王都の新しい**仲間**が揃っていた。
エルナが酒場を出る前に、ミラに言った。
「ミラ、飯、うまかった」
「でしょ」
「また食いに来る」
「情報、払ってね」
「はい」
「エルナ、面白いパーティ組んだね」
「……うん」
「ユミルちゃん、リント君、あんたたち気に入った」
「……ありがとう、ございます」
「またね」
ミラが手を振った。
四人、酒場を出た。
※
外は夕日だった。
裏通りが橙に染まっていた。
「姉さん、ミラさん、いい人だな」
「うん、いい奴」
「昔から知り合い?」
「五年くらい」
「長いな」
「情報屋、付き合い長くなる」
ユミルが横で言った。
「……ミラ様、貴族家、出身、ですね」
「え?」
「言葉遣い、少しだけ、上品」
「……分かるのか」
「はい」
エルナが頷いた。
「ミラ、没落貴族」
「え」
「没落した貴族家の三女」
「……」
「家、潰れて情報屋、始めた」
「……大変だな」
「大変。でも、ミラは明るい」
「……強いな」
「強いね、あたしら」
※
霜花亭に戻った。
夕食。
ユミルが三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
エルナが笑った。
「ユミルちゃん、あんた、ミラと会って緊張した?」
「……少し」
「でも、あんた、普通に話せてたよ」
「……はい、話せました」
「仲間、増えて良かったね」
「……はい」
ユミルは頷いた。
頬が少しだけ赤かった。
リントはそれを見ていた。
**ユミル、また一人、仲間が増えた**。
王都に来て、世界がどんどん広がっていく。
※
――第四十四章、了。




