042 ギルドマスター
翌朝、三人でギルドに行った。
昨日、金髪の男を見た後、なんとなく、ギルドで次の仕事を受けるのが自然な流れだった。
ミナ婆さんが受付に立っていた。
「お、来たね、あんたたち」
「おはよう、ミナさん」
「ちょうど良かった」
「ちょうど?」
「ギルドマスターが、あんたたちに会いたいって」
「……え」
リントが止まった。
「ギルドマスター?」
「そう、王都支部のギルドマスター」
「何で」
「噂、聞いてるらしい」
「噂?」
「ラウンドローズ、ヴェスティア、カルデア、どこでも優秀な三人組」
「……」
エルナが少しだけ目を細めた。
「ミナさん」
「ん」
「情報、誰から?」
「各支部からの連絡」
「ギルドマスターが、自分から?」
「昨日、書類、全部見たらしい」
「……そっか」
エルナがため息を吐いた。
「早いね、動き出すの」
※
ミナが階段を指さした。
「四階、ギルドマスターの部屋。上がって」
「今から?」
「今から」
「断ってもいいのか」
「断れるよ、でも」
「でも?」
「面白い人だよ、会っといて損はない」
「……そうか」
三人、階段を上がった。
二階、訓練場の前を通った。
三階、資料館と会議室の前を通った。
四階、一番奥の大きな扉。
扉には紋章が刻まれていた。
剣と盾と杖。
ギルドの正式な紋章。
リントは深呼吸をして、扉を叩いた。
※
「入れ」
中から低い声が返ってきた。
扉を開けた。
広い部屋だった。
壁に本棚。天井までびっしり。
中央に大きな木の机。
机の前に男が一人、座っていた。
年は五十くらい。
がっしりした体格。灰色の髪と、同じ色の髭。
左目に古い傷。
でも**気配が穏やか**だった。
元冒険者と、一目で分かった。
「紫ランク、エルナ・スカディ、黄ランク、リント・アルビオン、白扱い、ユミル。入ります」
エルナが形式的に名乗った。
「おう、座れ」
男が椅子を指さした。
三つ、並んでいた。
三人、座った。
男が自分も椅子に深くもたれかかった。
「俺は**ジル・カーライル**。王都支部のギルドマスター」
「ジルさん」
「さん、いらん。ジル、でいい」
「ジル」
「うん」
※
ジルは三人を順に見た。
エルナ。リント。そしてユミル。
ユミルで視線が少しだけ長く止まった。
「……あんたが噂の」
「はい」
「水晶、沈黙」
「……はい」
「ラウンドローズ、ヴェスティア、王都、三箇所」
「はい」
「……前代未聞だよ」
「すみません」
「謝ることじゃない」
ジルは少しだけ笑った。
「気にすんな。水晶は万能じゃない。たまにこういう、例外的な子がいる」
「例外的」
「そう、例外的」
「……そう、ですか」
ユミルは少し安心したようだった。
でもリントは内心で思った。
ジルは**本当は疑っている**。でもそれを、今は追及しない。
そういう距離感の人だった。
※
「で、本題だ」
ジルが机の上に書類を並べた。
「あんたら、半年で黄ランクまで駆け上がってきた」
「……半年です」
リントが頷いた。
「普通、三年はかかる」
「……」
「それが半年」
「……」
「姉さんのおかげです」
リントがエルナを指さした。
エルナが横で笑った。
「いや、リント君とユミルちゃんの実力だよ」
「……」
ジルが頷いた。
「で、王都で、あんたたちにやってもらいたい仕事がある」
「仕事」
「いくつかある」
ジルは書類を並べ替えた。
※
「まず**宮廷魔法塔の調査補助**」
ジルが一枚、出した。
ユミルが顔を上げた。
「宮廷魔法塔」
「最近、塔の地下で**異常な魔力反応**が観測されている。調査のために、外部の冒険者の協力が必要」
「外部の?」
「宮廷魔法師だけでは、手が足りない。あと、先入観なしで見てほしい、という事情もある」
「先入観?」
「内部の人間は、何かを見逃している可能性がある」
「……」
エルナが少し眉を寄せた。
「ジル、それ大事な依頼?」
「大事だよ」
「……」
「難易度は高くない。でも重要度が高い」
「……」
「もう一つ」
ジルは別の書類を出した。
「**貴族家の護衛**。王都内での移動護衛。数日」
「貴族」
「うるさいかもしれない。でも報酬は良い」
「……」
「三つ目」
ジルはまた別の書類。
「**遺跡調査**。王都から一日離れた、古い遺跡。近隣で異常報告」
「遺跡」
エルナが顔を硬くした。
「どんな異常?」
「魔物の強化。複数、確認」
「……」
エルナの手が少しだけ震えた。
でも、すぐに止まった。
※
「どれを受けるかは、あんたたち次第」
ジルが書類を三人の方に向けた。
「全部受けてもいい。一つだけでもいい」
「……」
三人、顔を見合わせた。
「姉さん、どう思う」
「……遺跡、警戒する」
「ヴェスティアと似てる?」
「似てる可能性、ある」
「宮廷魔法塔は?」
「……興味、あります」
ユミルが言った。
「興味?」
「はい」
「魔法の異常、気になる?」
「……はい」
エルナが頷いた。
「じゃあ、まず宮廷魔法塔」
「そう、する?」
「そう、しよう」
「遺跡は?」
「……後で準備して、受ける」
「了解」
※
ジルが書類にスタンプを押した。
「**宮廷魔法塔の調査補助**、了承」
「いつから?」
「三日後、朝、塔の入り口、集合」
「三日後」
「準備してくれ」
「はい」
「それから、もう一つ」
ジルがユミルを見た。
「あんた」
「はい」
「水晶、判定不能」
「はい」
「でもそれは、**ランクが低い**という意味じゃない」
「……」
「ラウンドローズ、ヴェスティア、王都の、全部の水晶が沈黙するってことは」
ジルは少し間を置いた。
「**格上すぎて、測れない**、という可能性もある」
「……」
「あくまで可能性だ」
「はい」
「ただ、どっちでも、あんたが強いことは分かる」
「……ありがとう、ございます」
「強い奴は大事に使いたい」
ジルが笑った。
ユミルは少しだけ頬を赤くした。
※
部屋を出た。
階段を降りながら、リントが呟いた。
「……ジルさん」
「ん」
「あの人、**見抜いてる**」
「うん、見抜いてる」
「でも、追及しない」
「追及しない」
「……なんで」
「分かんない」
エルナが肩を竦めた。
「でもあたし、ジルさん、好き」
「好き?」
「うん、昔、何度か世話になった」
「どんな人」
「元、紫ランクの冒険者。引退して、王都のギルドマスターになった」
「……強い?」
「強い。今でも紫は軽く超える」
「紫超える」
「だから、ギルドマスター」
リントは頷いた。
※
一階に降りて、ギルドを出た。
外は昼前の光が眩しかった。
「三日後、宮廷魔法塔」
「その前に準備」
「何、準備するの」
「装備の点検。魔石の充電。あと、情報収集」
「情報収集?」
「宮廷魔法塔、どんな所か、知っておこう」
「うん」
「あと」
エルナが空を見上げた。
「昨日の金髪の男」
「……」
「あれ、宮廷魔法師だとすれば」
「そういうこと?」
「塔で会う可能性、ある」
リントは息を止めた。
**明日、また、あの男に会うかもしれない**。
ユミルの正体を見抜きかけている、あの男。
**どうしよう**。
でもユミルは横で落ち着いていた。
「リン様」
「ん」
「……大丈夫、です」
「何が」
「あの方、悪い人ではない、です」
「信じるのか」
「はい」
「……分かった」
リントは頷いた。
でも腹の底が、少しだけ疼いた。
※
――第四十一章、了。




