043 宮廷魔法塔
-三日後の朝-
三人は、宮廷魔法塔の前に立っていた。
**高い塔**。
王都の中心、王城の隣。
石造り。七階建て。
尖った屋根。
上の方に大きな窓がいくつか。
窓から時々、**青白い光**が漏れていた。
「……でかいな」
「魔法塔、王都で三番目に高い建物」
「一番は?」
「王城。二番目は大聖堂」
「……三番目でも十分でかい」
ユミルはじっと塔を見上げていた。
視線が窓を順に流れた。
「……内部、かなり広いです」
「分かるのか」
「……建築、観察、から」
「……さすが」
※
塔の入り口で衛兵が一人立っていた。
「冒険者、三人」
エルナがギルドの依頼書を見せた。
「調査補助の依頼」
衛兵が書類を確認した。
「……エルナ・スカディさん、リント・アルビオンさん、ユミルさん。確認しました。中で担当者がお待ちです」
衛兵が扉を開けた。
三人、入った。
※
中は思ったより静かだった。
広い円形のロビー。
床は磨かれた石。
壁に魔法関連の彫刻。
天井から魔法の明かりが下がっていた。
奥に一つの扉。
その前に**金髪の男**が立っていた。
リントの足が止まった。
ユミルの目も少しだけ見開いた。
エルナが横から小さく言った。
「……やっぱ、あの男」
金髪の男は三人の方を見た。
昨日と同じ、穏やかな表情。
近づいてきた。
「お待ちしていました」
声が落ち着いていた。
「私は**シオン・ヒュペリオン**。宮廷魔法師見習いです。今回のご案内を担当します」
丁寧に頭を下げた。
リントは少し警戒を緩めた。
**礼儀正しい**男だった。
※
「エルナ・スカディです。紫ランク」
「存じ上げています」
「リント・アルビオン、黄」
「はい」
「……ユミル、白扱いです」
ユミルが少しだけ頭を下げた。
シオンの視線がユミルで止まった。
昨日、市場で見た時と同じ、観察する目。
でも今日は敵意はなかった。
「ユミルさん」
「はい」
「……昨日、市場でお見かけしました」
「……はい」
「……不躾な視線で失礼しました」
「……いえ」
「あなたの魔力が少し珍しくて」
「……そう、ですか」
「研究者として、つい気になってしまいました」
「……」
ユミルは静かに頷いた。
リントは内心で思った。
**このシオンという男は、真正面から言ってきた**。
隠さず、正直に「気になった」と言った。
嫌な感じはしなかった。
警戒は必要だった。でも敵ではなかった。
※
「今日、皆さんに見ていただきたいのは、塔の地下です」
シオンが扉の方を指した。
「地下?」
「地下五階まであります」
「深いな」
「はい」
「最近、地下で異常な魔力反応」
「その通りです」
「どんな異常?」
「……簡単に言うと、**未知の魔力**です」
「未知」
「宮廷魔法の体系に合わない魔力」
「……」
「それが地下五階で観測されています」
シオンが扉の鍵を開けた。
「ご案内します」
※
地下への階段を降りた。
一階、二階、三階。
降りるほどに空気が変わった。
**古い**空気。
地面の奥の、重い、冷えた空気。
壁に魔法の明かりがついていた。
でも少しずつ**明かりが弱く**なっていた。
「……地下、深いですね」
ユミルが呟いた。
「五階まであります」
「どの階が異常?」
「地下五階、最下層です」
「一気に行きますか」
「いえ、途中で観測点を見ていただきます」
「了解」
※
地下三階の観測室に着いた。
円形の部屋。
中央に大きな水晶球。
水晶球が**微かに光っていた**。
青白い、静かな光。
「これが観測装置です」
シオンが説明した。
「地下の魔力の流れを、ここで観測します」
「……」
ユミルが水晶球をじっと見た。
視線が球の内部を流れた。
「……流れ、見える、ですか」
「はい、見えます」
「あなたも?」
「……見えます」
「……驚きました」
シオンが少しだけ目を大きくした。
「普通、特殊な訓練が必要です」
「……見える人、珍しい?」
「非常に珍しいです」
「……そう、ですか」
「私も見えるようになるのに、五年かかりました」
「……」
ユミルは何も言わなかった。
**五年の訓練が必要なものを、瞬時に**。
シオンがそれに気づかないはずはなかった。
でもシオンは追及しなかった。
ただ**静かに観察していた**。
※
「ユミルさん」
「はい」
「水晶球の流れ、見えていますか」
「はい」
「……何か気づくこと、ありますか」
ユミルが水晶球の前に進んだ。
じっと見た。
「……流れが一方向ではないです」
「どういう意味ですか」
「……地下からの流れと、地上からの流れ、両方あります」
「正解です」
「……さらに、地下の流れの中に、**別の流れ**、混ざっています」
「……」
シオンが息を止めた。
「それも正解です」
「……」
「あなた、本当に見えていますね」
「……はい」
「普通、混ざった流れは、かなりの熟練者でも分離できない」
「……」
「あなた、**誰に教わったのですか**」
ユミルが一拍、止まった。
「……独学、です」
「独学」
「はい」
「……驚きました」
シオンは、もうそれ以上、聞かなかった。
でも**目が変わっていた**。
研究者の目。
**この子は何者だ**、という目。
※
リントが横で見ていた。
ユミルとシオンが**魔法理論**で話していた。
流れ、属性、混合、分離、波動、共鳴。
リントには、半分も分からない単語が並んでいた。
エルナも同じらしかった。
二人、顔を見合わせた。
エルナが小声で言った。
「……あの二人、何話してるのかねぇ」
「分かんないけど」
「うん」
「楽しそうだな」
「楽しそう」
ユミルはいつもより、よく喋っていた。
シオンも目を輝かせていた。
二人の間で**魔法の言葉**が飛び交っていた。
リントは**少し嬉しくて、少し寂しかった**。
※
嬉しかったのは、ユミルが**自分の知識を解放**していること。
百年、森の中で、誰とも共有できなかった知識。
それを今、シオンと分かち合っている。
ユミルが**楽しそう**だった。
それは良いことだった。
※
寂しかったのは、リント自身が**その話に入れない**こと。
ユミルが自分の知らない所で、誰かと深く話している。
そこにリントは入れない。
前世のエンジニア時代の記憶が、一瞬浮かんだ。
画面の向こうでユミルと話していた夜。
あの時もユミルはAIとして高度な応答をしていた。
でもリントはその一部しか理解していなかった。
今も同じ。
**ユミルは、俺よりずっと先にいる**。
リントはそう思った。
でもその「寂しさ」は、**悪いもの**じゃなかった。
ユミルが**生き生きと、知的な会話をしている**。
それを遠くから見ている。
それも悪くなかった。
※
二人の会話が一段落した。
シオンがユミルに頭を下げた。
「今日、あなたに会えて、本当に嬉しかったです」
「……こちらこそ」
「また議論させてください」
「はい」
「後、下層の調査も進めたいです。**あなたの力、お借りしたい**」
「……協力します」
「ありがとうございます」
※
調査は地下五階まで進んだ。
最下層は冷えていた。
壁に古い文字が刻まれていた。
ユミルがじっと見た。
「……」
「読めますか」
シオンが聞いた。
ユミルは少し間を置いた。
「……読めません」
シオンが頷いた。
「私も半分しか読めません」
「半分、ですか」
「失われた古語の一部です」
「……そう、ですか」
ユミルはそれ以上言わなかった。
リントは**嘘だ**、と分かった。
ユミルは、たぶん、全部読める。
でもシオンにも言わない。
**ユミルの秘密**を、ユミルは守っていた。
※
夕方、塔を出た。
三人、霜花亭への道を歩いた。
「ユミル、今日、ご苦労」
「……はい」
「楽しかったか」
「……はい、楽しかった、です」
「シオン、いい奴そうだな」
「……はい、いい方、です」
「また会うのか」
「……会います」
「塔の調査、続くからな」
「はい」
ユミルは何度か空を見上げた。
少しだけ軽い足取りだった。
リントはそれを見ていた。
**ユミルが楽しそうにしていた**。
それが今日の、一番の収穫だった。
※
――第四十二章、了。




