040 王都の依頼その1
朝、三人、ギルドに集合した。
ミナ婆さんが依頼書を確認した。
「盗賊団、退治、確定ね。場所、王都の北、半日の森の中」
「馬車?」
「出してあげるよ。朝出発、夕方戻り、くらいかな」
「了解」
「お気をつけて」
馬車に乗った。
御者は昨日とは違う、若い男だった。
「北の森、行きます」
「頼む」
王都の北門を抜けた。
街道が森の方向に伸びていた。
※
馬車の中で、エルナが地図を広げた。
「盗賊団のアジト、この辺」
指さしたのは、街道から少し外れた森の中。
「確認されてる?」
「商隊が何件か、襲われてる。報告、複数」
「人数は?」
「十人前後らしい」
「十人」
「武装、普通の盗賊」
「楽勝?」
「楽勝、でも油断しない」
エルナが笑った。
「人間相手は、油断、命取り」
「魔物と違う?」
「違う」
「どう違う」
「魔物は動きが単純。人間は知恵がある」
「……なるほど」
ユミルが地図をじっと見た。
「……偵察、先に、します、か」
「偵察?」
「距離、詰める前に、人数、装備、確認」
「やれる?」
「やれます」
「頼む」
※
森の入り口で馬車を止めた。
御者に「三刻後、戻る」と伝えた。
三人、徒歩で森に入った。
森の中は薄暗かった。
秋の落ち葉が地面に厚く積もっていた。
風が吹くと、木々が揺れた。
ユミルが先導した。
視線が森の奥を流れた。
「……います」
「どこ」
「……北東、五百メートル」
「人数」
ユミルが一拍、考えた。
「……八人」
「八?」
「はい」
「ミナさんの情報、十人だったぞ」
「……二人、減って、ます。逃げたか、内輪もめか」
「分かるのか」
「……動きの、ばらつき、から」
エルナが頷いた。
「八人なら楽」
「装備は?」
「短剣、五本。弓、二本。棍棒、一本」
「……」
「リン様、八十三%、確信、です」
「十分だよ」
リントは弓を構えた。
指が矢羽根に触れた。
魔石も確認した。
花火!の魔石、六個。ポケットに入っていた。
※
アジトは森の中の、小さな岩の窪みだった。
岩が天然の壁になっていた。
入り口は一つだけ。
中で火が焚かれていた。
煙が細く上がっていた。
八人の男が中にいた。
外で見張りが二人。
「……見張り、二人」
「ユミル、あの二人、眠らせられる?」
「……眠らせる、魔法、使えます」
「やれる?」
「……はい」
エルナは頷いた。
「眠らせて中に突入。二人、残りの六人、一気に片付ける」
「了解」
「ユミルちゃん、防御頼む」
「はい」
※
ユミルが岩陰から見張りに手を向けた。
唇が動いた。
「……意識、遮断、対象、二名、弱め」
(exec.sleep --target=two --intensity=low)
見張りの二人が同時に、膝から崩れた。
ゆっくりと地面に倒れた。
音も叫びもなかった。
**綺麗な眠り**。
「……便利すぎる」
「はい、便利、です」
エルナが剣を抜いた。
「行くよ」
リントが弓を構えた。
ユミルが後ろに下がった。
※
三人、アジトに突入した。
中の六人の男たちが一斉に振り返った。
「……え?」
「誰だ、お前ら!」
「冒険者!」
「クソ、気付かれ——」
男たちが武器に手を伸ばした。
でもエルナの方が速かった。
銀光。
一人目の男の剣を弾いた。
そのまま肩で押し込んで、壁に叩きつけた。
男が動けなくなった。
リントの矢が二人目の男の足に刺さった。
男が叫んだ。
「痛ッ!」
三人目の男が弓を引こうとした。
その前にリントの二射目。
弓を握る手に矢。
男が弓を落とした。
「……」
**仕留めるのではなく、動けなくする**。
リントはそう意識していた。
人間相手。殺さない。
※
残り、三人。
「**ファイアウォール、展開、中央、四方**」
(exec.firewall --direction=all --layer=1 --center=enemies)
ユミルの声。
透明な膜が残る三人の盗賊を、囲むように立ち上がった。
四方。四つの膜。
盗賊たちが外に出られなくなった。
「何、これ!」
「動けねえ!」
「囲まれてる!」
エルナが冷静に言った。
「抵抗、無駄だから降伏して」
「……クソ」
「武器、置いて。動かないで」
盗賊たちは抵抗した。
でも膜に体当たりしても、通れなかった。
数分で観念した。
武器を地面に置いた。
ユミルがファイアウォールを解除した。
エルナが縄で、三人を順に縛った。
足を撃たれた男と、弓を落とした男も縛った。
壁に押し付けた男も縛った。
見張りの二人も、引きずってきて縛った。
**八人、全員、捕縛**。
十分もかからなかった。
※
「……楽勝」
エルナが汗を拭いた。
「本当に、楽勝だったな」
「あんたたちが強すぎる」
「姉さんがメイン」
「ユミルちゃんのファイアウォール、便利すぎ」
「……便利、です」
「あと、リント君の矢、人間相手でも精確」
「……まあな」
リントは少し照れた。
殺さない射撃。**急所を外す正確さ**が必要だった。
初めて、人間相手で射った。出来た。
※
縛った盗賊を、一人ずつ馬車まで連行した。
御者が驚いた顔をした。
「八人、捕縛ですか?」
「全員、生かして連れてく」
「王都で処分?」
「牢屋行き」
「了解です」
盗賊を全員、馬車の荷台に詰め込んだ。
きつきつだった。でも動けなかった。
馬車が森を出た。
王都の方向に走り出した。
※
馬車の中で、ユミルが不意に口を開いた。
「リン様」
「ん」
「……一人も、死ななかった、ですね」
「死ななかった」
「……よかった、です」
「よかった」
「……」
ユミルが少し黙った。
それからまた口を開いた。
「エルナ様」
「ん」
「……人間相手、は、殺さない、方が、いいですか」
エルナがユミルを見た。
少しの間、考えた。
「……基本、そう」
「基本?」
「うん、基本」
「例外?」
「危ない時は、仕方ない」
「……危ない時」
「自分たち、殺されそうな時」
「……はい」
ユミルは頷いた。
「……覚えます」
「覚えてて」
「はい」
リントは二人の会話を聞いていた。
ユミルが**倫理的な質問**をしてきた。
いつもの合理的な質問じゃなく。
「人間相手、殺さない方がいいか」
という、**倫理の質問**。
ユミルは**学んでいる**。
百年、森の中で学べなかったことを、今、学び始めている。
※
ユミルがまた口を開いた。
「リン様」
「ん」
「……盗賊、は、何故、盗賊、なんですか」
「どういう意味」
「……生まれながら、じゃない、ですよね」
「生まれながらじゃ、ない」
「なら、何故、なった、のですか」
リントは少し考えた。
「……貧しさ、とか」
「貧しさ」
「家族が食えないとか。仕事、なくて、とか」
「……」
「全員がそうじゃないけど」
「……でも、一部は、そう?」
「一部は、そう」
ユミルは頷いた。
「……難しい、問題、ですね」
「難しい」
「殺さない、で、正解、ですね」
「殺さないで正解」
ユミルはもう一度、頷いた。
それから黙って、馬車の揺れに身を任せた。
※
エルナがリントに、小声で言った。
「ユミルちゃん、今日いっぱい喋ったね」
「喋ったな」
「普段より多い」
「多いな」
「何か変わった?」
「……たぶん、開いてきた」
「開いた?」
「森の中、百年、誰とも話さなかったからな」
「……そっか」
エルナはユミルの横顔を見た。
ユミルは馬車の揺れに合わせて、少しだけ体を動かしていた。
**静かな顔**だった。
でも少しだけ、**満たされた顔**でもあった。
※
夕方、王都に戻った。
盗賊を王都の衛兵に引き渡した。
ギルドで報告。
報酬、銀貨、十五枚。三人で分けると、五枚ずつ。
「黄ランクの、初仕事、おめでとう」
ミナ婆さんが笑った。
「……ありがとう、ございます」
「全員、生かして連れてきたのね」
「はい」
「優しいね、あんたたち」
「……優しい、ですか」
ユミルが聞いた。
「うん、優しい」
ミナは笑って、報酬を渡した。
※
ギルドを出た。
夕日が街道を橙に染めていた。
三人、霜花亭への道を歩いた。
「今日、いい日だったな」
リントが言った。
「良い日だった」
「ユミルもいっぱい喋った」
「……はい、喋りました」
「話したいことあったら、もっと話せ」
「……はい」
ユミルは頷いた。
少しだけ頬を赤くしていた。
※
夜、霜花亭の食堂で、三人、夕食を食べた。
ユミルが三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
エルナが笑った。
「今日は三口目ね」
「はい、三口目」
「今朝の朝飯、一口目だったよ」
「……感動、次第、です」
「感動次第ね」
「はい」
リントも笑った。
**いつもの三人**。
でも今日は少しだけ、ユミルが**話すようになっていた**。
※
夜、部屋に戻って、リントはベッドに横になった。
今日、色々あった。
黄ランクの初仕事。
人間相手の戦闘。
ユミルの倫理の質問。
そしてユミルが少しずつ、**話し始めていた**。
百年、森の中で話す相手がいなかったユミル。
今、話す相手が三人、いる。
リン、エルナ、そしてこれから出会う誰か。
ユミルの世界が**広がっていく**。
リントはそう思いながら、目を閉じた。
※
――第三十九章、了。




