039 冒険者ギルド、王都支部
朝。二日目。
三人、霜花亭の食堂で朝食を取った。
エルナは昨日よりはるかに元気だった。
「今日はちゃんと飲めるよ」
「今、朝だろ」
「朝食と一緒の麦酒」
「姉さん、それ普通じゃないぞ」
「王都流」
「嘘つくな」
エルナは笑った。
ユミルはいつものように、三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
「はい、いつもの」
「三口目、です」
※
食事の後、三人、ギルドに向かった。
霜花亭から歩いて十五分。
大通りを西に進んで、中央広場を横切って、さらに北へ。
やがて、**それ**が見えてきた。
**冒険者ギルド、王都支部**。
四階建て。石造り。
建物の正面に大きな看板。
剣と盾と杖を組み合わせた、ギルドの紋章。
紋章だけでも、リントの身の丈より大きかった。
「……でかい」
「でかいね」
「こんなにでかいと思わなかった」
「王都支部だからね」
エルナが笑った。
「ラウンドローズの十倍あるよ」
「十倍」
「ざっくりね」
ユミルが建物をじっと見上げていた。
視線が一階から四階まで、順に流れた。
「……四階建て」
「そう、四階」
「各階、機能、違いますか」
「違う。一階、受付と掲示板。二階、訓練場。三階、資料館と会議室。四階、ギルドマスターの部屋」
「……全部、覚えました」
「早いな、お前」
「はい、早いです」
リントは少し笑った。
※
入り口を抜けた。
中は広かった。天井が高かった。
**空気が違う**。
ラウンドローズとも、ヴェスティアとも、カルデアとも、全部違った。
**プロの冒険者**の場所だった。
壁に武器がずらりと並んでいた。
長剣、短剣、弓、杖、斧、槍。
全部、手入れが行き届いていた。
奥には鎧の飾り。
冒険者たちがあちこちで話していた。
集団で訓練場に向かう一団。
掲示板の前で依頼書を睨みつける数人。
受付で手続きを進める者たち。
全員、**装備が良かった**。
リントが今、持っている弓と短剣は、ここでは**駆け出しの装備**だった。
「……場違い感、すげえ」
「気にすんな」
「気にする」
「慣れろ」
「慣れる?」
「慣れる」
エルナは慣れた足取りで受付の方へ歩いていった。
※
受付は十個、並んでいた。
ほぼ全部、埋まっていた。人が並んでいた。
エルナは一番奥の受付に、まっすぐ向かった。
そこで受付をしていたのは、年配の、小柄な女性だった。
女性がエルナに気づいた。
「あら、エルナさん」
「おはよう、ミナ婆さん」
「婆さん、いうな」
「ミナさん」
「うん、それでいい」
ミナと呼ばれた女性は、エルナの後ろの二人をじっと見た。
視線がユミルで止まった。
「……ああ、あんたが、あの噂の」
「噂、あるんですね」
ユミルが言った。
「ある、ある。ラウンドローズ支部から、ヴェスティア支部から、連絡来てる」
「……連絡」
「水晶が沈黙するって」
「……はい」
「うちの水晶、試してみる?」
「はい」
ミナはカウンターの奥から、大きな水晶を取り出した。
ラウンドローズのより、ヴェスティアのより、大きかった。
**王都支部の特別製**らしかった。
※
ユミルが水晶に手を当てた。
水晶は一瞬、鈍く光った。
それから——
**沈黙した**。
ユミルの手の下で、水晶は透明なまま、何の反応も示さなかった。
ミナはそれをじっと見ていた。
「……本当だね」
「……申し訳ないです」
「謝らなくていい」
ミナは笑った。
「王都の水晶、二百年使ってきたけど、こんな反応、聞いたことない」
「……そう、ですか」
「珍しい体質、なんだろうね」
「……体質、ですか」
「まあ、そういうことにしとこう」
ミナは水晶をしまった。
「判定不能。白扱いで登録、そのまま引き継ぎね」
「はい」
「不服なら、後でギルドマスターに相談すれば?」
「不服、じゃ、ないです」
「いい子だね」
ミナがユミルの頭を、ぽんぽんと撫でた。
ユミルが少しだけ頬を赤くした。
※
次はリントの手続きだった。
エルナがミナに言った。
「ミナさん、リント君のランクアップ申請」
「お、早いね」
「実績、十分」
「実績、教えて」
エルナがリントの実績をカウンターに並べた。
討伐記録。護衛記録。ヴェスティア遺跡の調査報告。カルデアのトリケラ討伐。
ミナが書類を順に見た。
「……半年でこれか」
「半年でここまで」
「赤からいきなり橙じゃ、足りないんじゃない?」
「え」
ミナが顔を上げた。
「**黄**、いくよ、これ」
エルナが一瞬、止まった。
「……黄?」
「橙、飛ばしてもいい実績」
「……マジで?」
「マジ」
リントは後ろでぽかんとしていた。
「……姉さん、黄って」
「あたしの前のランク」
「え」
「紫の一つ下、黄、緑、青、紫って上がっていく」
「橙、飛ばしていいのか?」
「実績あれば、いい」
ミナが書類にスタンプを押した。
「リント・アルビオン、黄ランクに昇格。はい、これ、新しいギルド証」
新しい木の板。黄色に塗られていた。
リントの名前と、支部と、ランク。
「……黄、なのか」
「黄、なのよ」
ミナが笑った。
「おめでとう」
「……ありがとう、ございます」
リントは少しだけ照れた。
ユミルが横で頷いた。
「……すごい、です、リン様」
「そうか」
「はい、すごい、です」
エルナがユミルの隣で笑った。
「あんた、黄より格上のくせに、白扱いおかしいよね」
「……はい、おかしい、です」
「でも、いい」
「はい、いい」
※
手続きが終わって、三人、ギルドの中を少し歩いた。
掲示板の前に立った。
**依頼書**がびっしりと並んでいた。
大きさも色も様々。
簡単な依頼から上級の依頼まで、混ざっていた。
ユミルが掲示板をじっと見た。
視線が掲示板の全体を、一度に流れた。
「……百二十七件、掲載、です」
「数えるなよ」
「数えました」
「……即、数えた」
「はい、即、数えた」
エルナが横で吹き出した。
「あんた、やっぱ、異常だよ」
「……すみません」
「謝らなくていい」
リントは掲示板を見た。
簡単なのから複雑なのまで、色々あった。
でも**黄ランク**になったから、選べる依頼の幅が広がっていた。
「姉さん、明日、どれやる?」
「明日、簡単なので慣らすか」
「簡単なの?」
「黄ランク、初日だもの。最初は軽く」
「……じゃあ、これとか」
リントが一枚の依頼書を指さした。
**王都近郊、盗賊団、退治、小規模**。
「あ、いいね、これ」
エルナが頷いた。
「簡単? これ」
「盗賊、黄ランクなら楽」
「ユミル、行けるか」
「……行けます」
「よし、これ、明日行く」
エルナが受付に依頼書を持っていった。
ミナが受理した。
「了解。明日の朝、出発ね。頑張って」
「うん」
※
ギルドを出たのは昼前だった。
外の光が眩しかった。
三人、少し歩いた。
「リント君、黄ランク、おめでとう」
「……ありがと」
「あたしのパーティに、黄、入ってくれた」
「姉さん、紫だろ」
「紫と黄で、パーティ成立」
「ユミルは?」
「白」
「白と黄と紫って、バラバラ」
エルナが笑った。
「でも、実力は揃ってる」
「……はい、揃って、います」
ユミルが頷いた。
※
霜花亭に戻って、昼食を食べた。
食後、リントは新しい、黄色のギルド証をじっと見ていた。
黄ランク。
半年前、ラウンドローズで赤ランクになった時。
白から赤に上がった時、少しだけ嬉しかった。
今、赤から黄に上がった。橙を飛ばして。
**姉さんの旅**が、こうして実績に変わっていった。
「y」
「はい」
「俺、強くなったか」
「……はい、強くなりました」
「本当に?」
「はい、本当に」
「お世辞じゃない?」
「お世辞、じゃ、ないです」
リントは少しだけ微笑んだ。
「そうか、強くなったか」
「はい」
「お前のおかげ」
「……私だけ、では、ないです」
「半分」
「……半分、くらい」
「謙虚だな」
「……はい、謙虚」
リントは黄色のギルド証を、大事に懐にしまった。
※
夕方、エルナと宿の食堂で軽く酒を飲んだ。
「明日、盗賊退治」
「軽めだな」
「軽め」
「リント君、初めての黄ランクの仕事」
「緊張する」
「しなくていい」
「するって」
「ユミルちゃんがいるから、大丈夫」
ユミルが横で頷いた。
「……はい、大丈夫」
「即答だな」
「はい、即答」
エルナが笑った。
「じゃ、明日の朝、ギルドに集合」
「了解」
「はい」
※
夜、リントは部屋に戻って、黄色のギルド証を机の上に置いた。
明日、初めての黄ランクの仕事。
王都の冒険者としての、本格的なスタート。
窓の外から王都の夜の音が聞こえていた。
※
――第三十八章、了。




