037 道の仲間
朝。
宿場町を出た。
王都まで、あと半日。
空は薄い青だった。
雲が少しだけ浮いていた。
秋の、澄んだ空気。
※
三人、黙って歩いていた。
エルナはいつもより、少し早足だった。
リントとユミルはそれに合わせた。
「姉さん、早いな」
「ん? 早い?」
「少し」
「……あ、そっか」
エルナは少しだけ笑った。
「王都、近づくと足、早くなるの、癖」
「ホームだから?」
「ホームでもないけど」
「じゃあ、なんで」
「……なんでだろうね」
エルナは少し考えた。
「……帰ってる感じするから、かな」
「帰ってる」
「うん」
それ以上、エルナは言わなかった。
※
昼前、王都の城壁がすぐ目の前に来た。
近くで見ると、壁は**圧倒的**だった。
高さ、二十メートルくらい。
厚さも、五メートル以上。
白い、大きな石。
建国期からの壁だった。
門は三つ。東、西、南。
北は山脈で、門はない。
エルナは南門に向かっていた。
「南門?」
「メインの門」
「なるほど」
「あたし、いつも南から入る」
※
南門に近づくと、人の列ができていた。
旅人、商人、荷車、馬車。
全部、王都に入る者たち。
衛兵が一人一人、確認していた。
時間がかかりそうだった。
「……長いな」
「並ぼう」
エルナが列に並んだ。
リントとユミルも続いた。
十分、二十分、三十分。
列がじりじりと進んだ。
ユミルは周りを見回していた。
並んでいる人々を観察していた。
服装、荷物、表情。
※
やがて順番が来た。
エルナが前に出た。
衛兵は四人、立っていた。
全員、立派な鎧。
王都の衛兵。
「……」
エルナが一人の衛兵と目を合わせた。
その衛兵が少し目を見開いた。
「……エルナ様!」
声が少し大きかった。
周りの並んでいる人々が振り返った。
エルナが苦笑いした。
「……マルコ、声大きい」
「お、お久しぶりです!」
「しばらくぶり」
「あ、あの、お通りください、エルナ様!」
「ありがと。この二人、連れ」
エルナがリントとユミルを指さした。
「確認、不要ですか?」
「うん、いい。あたしが保証する」
「承知しました! どうぞ、お通りください!」
衛兵が深く頭を下げた。
三人、門をくぐった。
※
門を抜けた。
王都の中。
リントが一瞬、立ち止まった。
ユミルも立ち止まった。
二人とも同時に息を呑んだ。
「……」
「……」
広い石畳の大通り。
両側に三階、四階建ての建物が並んでいた。
通りの両脇に屋台と店。
人の群れ。
荷車の列。
**全部が大きかった**。
ヴェスティアも、カルデアも、可愛く見える規模。
「……」
ユミルが真顔で言った。
「……音が、多いですね」
「多い」
リントが頷いた。
「ラウンドローズ、ヴェスティア、カルデア、全部足しても、まだ足りないくらい多い」
「……そう、ですね」
ユミルがじっと立っていた。
目が大きく開いていた。
処理が追いついていない様子だった。
エルナが笑った。
「ユミルちゃん、バグってる?」
「……バグ、ですか」
「ちょっと固まってた」
「……はい、少し、固まりました」
「可愛い」
「……すみません」
「謝ることじゃない」
※
エルナが先頭で歩き出した。
「まず、宿」
「宿、どこ?」
「歩いて十五分」
「近いな」
「中心部だから、全部近い」
三人、大通りを歩いた。
ユミルが何度も立ち止まって、周りを見回した。
屋台、店、人、建物、塔、鐘楼、全部。
視線が一か所に留まらなかった。
リントはそれを見ていた。
**ユミル、すごく、楽しそうだな**。
※
エルナが大通りから、小さな通りに入った。
宿屋の看板が見えた。
「**霜花亭**」。
三階建ての、古い木造建築。
扉を開けた。
「ただいまー!」
エルナが大きな声で言った。
カウンターの奥から、中年の女将が飛び出してきた。
「エルナちゃん!!」
女将がエルナに抱きついた。
「いつぶり?!」
「二ヶ月くらい」
「長いよ!」
「仕事だったの」
「どこ行ってたの!」
「ラウンドローズ、ヴェスティア、カルデア」
「結構、遠くまで」
「うん」
女将はエルナを離して、後ろの二人を見た。
「で、この子たち?」
「連れ。パーティ、組んでる」
「エルナちゃんがパーティ組むの、珍しい」
「……三年ぶり、だね」
女将が少しだけ目を伏せた。
「……そっか」
「うん」
女将はすぐに顔を上げた。
「エルナちゃんの連れなら、大事にしてやるよ!」
「助かる」
「部屋、何日?」
「しばらく滞在する予定。長めで頼む」
「了解! 二人部屋と一人部屋、二階、空いてる」
「それで頼む」
「準備するから、少しロビーで待ってな」
女将が厨房の方へ駆けていった。
※
ロビーで、三人、ソファに座った。
エルナがソファに深くもたれかかった。
「……ふぅ」
「姉さん、疲れた?」
「疲れた」
「長かったな」
「うん、長かった」
エルナが天井を見上げた。
「……二週間」
「二週間」
「二週間、あたし、一人じゃなかった」
「……」
「三年ぶり」
リントが頷いた。ユミルも頷いた。
※
エルナが顔をリントとユミルに戻した。
「……よく、ここまで来たね」
「姉さんが連れてきてくれた」
「連れてきたけど」
「けど?」
「あんたたち、ちゃんと歩いたよ」
「歩いた」
「自分の足で」
「……うん」
「エッジウッドから、ここまで」
「遠かったな」
「遠かった」
エルナは少し微笑んだ。
「リント君、ありがと」
「姉さんこそ」
「ユミルちゃん、ありがと」
「……ありがとう、ございます」
「あんたたちがいなかったら、あたし、ヴェスティアの遺跡、入らなかった」
「……」
「行けなかったと思う」
「……」
「雪も、見られなかった」
「……」
「家の話も、しなかった」
「……」
エルナはソファの上で、両手を膝の上で組んでいた。
「……全部、あんたたちのおかげ」
「姉さん」
「ん」
「俺たちも、姉さんがいたから、ここまで来れた」
「……」
「ユミルもありがとうって、言いたそう」
リントがユミルを見た。
ユミルが頷いた。
「……エルナ様、ありがとうございます」
「うん」
「エルナ様と、一緒に、旅、出来て、良かった、です」
「あたしも、良かった」
※
ユミルが少しの間、黙っていた。
それから小さく言った。
「……道の、仲間、ですね」
リントがユミルを見た。
エルナもユミルを見た。
「道の、仲間?」
「はい」
「……いい言葉だね、それ」
「道の、仲間、です」
ユミルは頷いた。
頬を少しだけ赤くしていた。
エルナが笑った。
「そうだね、道の仲間、だ」
「……はい」
「王都に着いてからも、仲間」
「……はい」
「よろしくね、二人とも」
「よろしく」
「よろしく、お願いします」
三人、小さく頷き合った。
※
女将が戻ってきた。
「お待たせ! 二階、準備できたよ!」
「助かる」
「夕飯、時間になったら下、降りてきてね。今日は歓迎料理作るから!」
「豪華だな」
「エルナちゃんが連れてきた子たちだもの。最高の料理、出すわよ」
女将が自信満々に言った。
三人、荷物を持って二階に上がった。
※
リントの一人部屋。
窓が一つ。通りに面していた。
窓を開けた。
王都の午後の空気が流れ込んできた。
馬の蹄の音。
荷車の車輪の音。
遠くの鐘楼の音。
人の声。
全部が混ざって、一つの大きな**王都の音**になっていた。
リントは窓枠に肘をついた。
**着いた**。
**王都に、着いた**。
エッジウッドを出てから、長い旅だった。
ラウンドローズ、ブリッドリー、ヴェスティア、カルデア、そして、王都。
遺跡があり、魔物があり、雪があり、姉さんがいて、ユミルがいた。
全部、ここまで繋がっていた。
**次は、何が待ってるんだろう**。
リントは窓の外を見ていた。
風が王都の方向から吹いてきた。
秋の冷たい風だった。
でも、どこか、温かかった。
※
――第三十六章、了。
――**第三部「道の仲間」完結**。




