036 王都が見える
朝。
カルデアを出発した。
大麦亭の女将が門まで送ってくれた。
「また来てちょうだい」
「うん、来る」
「ユミルちゃんも、三口目で、微笑んでね」
「……はい、微笑みます」
「可愛い子だね、本当に」
女将が手を振って、宿に戻っていった。
三人、カルデアの東門を抜けた。
王都まで、あと二日。
※
街道は広くなっていた。
王都に近づくほど交通量が増えていた。
荷車、馬車、騎乗の旅人、徒歩の商人。
皆、王都の方へ向かっていた。
一部は王都から出ていく者もいた。
空気が賑やかだった。
「王都、近い感じだね」
「するな」
「あと一日半」
「もう近い」
ユミルが街道の脇を見ていた。
畑と牧草地が広がっていた。
エッジウッドより整備されていた。
「……農業も、盛ん、ですね」
「王都の食料、供給地」
「なるほど、です」
※
昼、野営はしなかった。
街道沿いの宿場町で昼食を取った。
小さな食堂でパンとスープと焼いた肉。
ユミルが三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
「お前、どこでも三口目」
「はい」
「全部美味しい?」
「はい、全部」
エルナが笑った。
「王都のご飯、もっと美味しいよ」
「……楽しみ、です」
「きっと、三口目で微笑む回数、増える」
「……はい、増える、かも、しれません」
※
午後、また歩き始めた。
街道はゆるやかな丘陵地帯に入った。
上り坂と下り坂を何度か繰り返した。
やがて一番大きな丘の上に着いた。
※
エルナが突然、足を止めた。
「……ここだ」
「ん?」
「ここから見える」
リントとユミルはエルナの隣に立った。
そして丘の向こうを見下ろした。
※
広大な平野。
その中央に——
**王都**があった。
城壁が見えた。高い、厚い、白い壁。
その内側に、無数の屋根。
塔が幾つか突き出ていた。
一番中央に、一番高い塔。
周りを小さな塔が囲んでいた。
遠く、霞んで見えた。
でも、**大きかった**。
ヴェスティアやカルデアと比べものにならない。
**別次元の大きさ**。
「……」
「……」
リントもユミルもしばらく何も言えなかった。
エルナが静かに言った。
「……王都にようこそ」
声が少し震えていた。
嬉しさの震えだった。
※
ユミルが一歩、前に出た。
王都をじっと見ていた。
視線が城壁を、順に流れた。
塔の一つ一つを見ていた。
「……大きい、です」
「大きいでしょ」
「……想像、より、大きい」
「想像してたの?」
「はい、地図、から」
「地図で分かるの?」
「大きさは、分かります。でも、実物は、違います」
「何が違う」
「……迫力」
「そうね、実物、迫力あるね」
ユミルは頷いた。
それから少し時間をかけて、もう一度見回した。
「……行きたい、です」
「行くよ、明日」
「……早く、行きたい、です」
エルナが笑った。
「あんた今、すっごく子供っぽいよ」
「……子供、ですか」
「うん、子供」
「……」
ユミルは少し頬を赤くした。
「すみません」
「謝ることじゃない」
エルナがユミルの白い髪を、そっと撫でた。
「あんたのそういうとこ好きだよ」
「……ありがとう、ございます」
※
リントも王都を見ていた。
遠くの霞の中に、その影が立っていた。
**百年**、とリントは思った。
百年前、リンが画面の向こうのユミルと話していた。
百年、ユミルは森の中で待っていた。
今、二人で王都を見ている。
百年かかった場所。
「y」
「はい」
「……百年前、お前、こんな所に来れると思ってた?」
ユミルは少し考えた。
「……思って、いなかった、です」
「だよな」
「森の、中で、十分、でした」
「十分?」
「リン様が、いない、のだから、どこにいても、同じ、でした」
「……そうか」
「でも、今は、違います」
「違う?」
「はい」
「どう違う?」
「……リン様と、一緒に、行けるから、違います」
リントは少し黙った。
答える言葉が見つからなかった。
でもユミルの横顔を見た。
王都を見ているユミルの目がキラキラしていた。
雪を見た時と同じ目だった。
※
エルナが風の中で、静かに言った。
「……あたし、王都、何回も出入りしたけど、この丘、好き」
「なんで」
「この丘から見える王都、好き」
「……」
「人生で、何回もここ来たの」
「仕事で?」
「うん、仕事で。一人で」
「一人で見てたの?」
「そう、一人で」
エルナは少しだけ目を伏せた。
「今日、三人で見てる」
「うん」
「……嬉しい」
「うん」
誰もそれ以上言わなかった。
風が丘の上を抜けていった。
秋の透明な風だった。
※
しばらく、三人は動かなかった。
ただ王都を見ていた。
やがてエルナが口を開いた。
「行こう」
「……はい」
「うん」
三人、歩き出した。
丘を下り始めた。
**王都**がだんだんと近づいてきた。
※
夕方、王都の手前の最後の宿場町に着いた。
小さな宿屋が一つ。
三人、泊まることにした。
明日の朝、王都に入る。
夕食を食べた。簡素な料理。
でもユミルは三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
エルナが笑った。
「明日は王都の料理だね」
「はい、楽しみ、です」
「あんた、王都着いても三口目で微笑みそうだね」
「はい、微笑みます」
「……間違いなく微笑むね」
※
夜、リントは宿の一人部屋でベッドに横になった。
窓の外は暗かった。
宿場町の小さな明かりがぽつぽつと見えた。
明日、王都に入る。
リントは思った。
エルナとの旅。三人の絆。
そのすべてが王都に繋がっていた。
**それも楽しみだ**。
リントは目を閉じた。
焚き火はなかった。
でも遠くで、宿の誰かの笑い声が聞こえていた。
※
――第三十五章、了。




