035 アカデアの依頼
朝、ギルドで依頼を受けた。
**王都近郊、草原地帯、大型魔物の討伐**。
受付が地図を出した。
「ここ、王都の北西、半日の、草原。羊を、襲っています」
「種類は?」
「巨大、バイソン型。角、三本、黒い毛皮」
「トリケラ、ね」
エルナが頷いた。
「知ってるやつ?」
「大型だけど、ブレイドラ、より、楽。突進、しかしない」
「動きは?」
「速い。でも、単純」
「数」
「一頭」
「よし」
エルナが依頼書を受け取った。
「行こう」
※
馬車を借りた。
カルデアのギルドが提供する、護送用の馬車。
御者は年配の男だった。
「北西、半日、連れて行ってくれ」
「了解しました」
三人、荷台に乗った。
カルデアの北門を抜けた。
草原が広がっていた。
秋の、黄色い草原。
風が強かった。
※
馬車の中で、エルナが地図を広げた。
「ここ、だね」
指さしたのは、草原の中の、小さな川沿い。
「羊飼いが、襲われたのが、この辺」
「羊、殺されたの?」
「三頭、食われた」
「……」
「羊飼いは、無事。逃げた」
「助かったな」
「うん。でも、また、出る前に、討伐しないと」
ユミルが地図をじっと見ていた。
「……風向き、確認、します」
「風?」
「はい」
ユミルは馬車の小窓から外を見た。
「……西、北西、から、風」
「うん」
「……トリケラが、風下、にいれば、匂いで、気づかれません」
「……あんた、戦術、分かるの?」
「少し、です」
「『少し』って、どのくらい?」
「……一般的な、魔物の、習性、把握、しています」
「百年、森で、観察してたから?」
「……はい」
エルナは頷いた。
「……じゃあ、風下から、接近ね」
「はい」
※
昼前、討伐現場に着いた。
馬車を離れた場所に停めた。
御者に「一刻半ほどで戻る」と伝えて、三人、徒歩で草原に入った。
風を確認しながら歩いた。
ユミルが先導した。
視線が草原を、順に流れた。
やがて止まった。
「……います」
「どこ」
「……あの、小高い、丘の、向こう」
「距離」
「二百メートル」
「風は?」
「私たち、風下、です」
「よし」
※
三人、腹ばいで丘の上まで這い上がった。
頭を少しだけ出して、反対側を見た。
**いた**。
巨大な、黒い塊。
身の丈、三メートル。角、三本、前に突き出ている。
草を食べていた。
時々、首を上げて周りを警戒していた。
「……でかい、な」
「でかい」
「姉さん、どうする」
エルナは目を細めて見ていた。
「……突進、一回、躱せれば、勝てる」
「躱す方法」
「あたしが、目の前に、立つ」
「危ないだろ」
「危ない。でも、可能」
エルナが自分の剣の柄を握った。
指の関節が白かった。
でも震えていなかった。
「リント君、弓で、援護」
「了解」
「ユミルちゃん、防御、張れる?」
「……張ります」
「でも、あたし、一人で、受ける、つもり」
「はい」
ユミルが頷いた。
「……姉さん」
リントが言った。
「ん」
「花火、使っていいか」
「魔石?」
「うん」
エルナがリントを見た。
少しの間、考えた。
「……距離、ある」
「届く?」
「分からない。試してみる、価値、ある」
「やる」
「目、狙ってみて」
「了解」
※
リントは弓と魔石を両方、持った。
魔石を左手に。弓を右手に。
**同時に、使う**。
これができるかどうか、まだ分からなかった。
でもやってみる。
エルナが丘の頂点まで進んだ。
剣を抜いた。
「おーい、トリケラー!」
草原に声が響いた。
トリケラが顔を上げた。
こちらを見た。
角を下げた。
**突進の構え**。
エルナが大きく手を振った。
「こっち、こっち、こっちだぞー!」
トリケラが低く唸った。
そして——
地面を蹴った。
※
トリケラの突進。
**速い**。
土煙が上がった。
距離が一気に縮まった。
百メートル、五十メートル、三十メートル——
エルナは動かなかった。
剣を正面に構えたまま。
「リント君!」
エルナが叫んだ。
「今!」
リントは既に魔石を構えていた。
左手で魔石。右手で弓。
距離、二十メートル。角度、斜め上。
狙い、トリケラの目。
**矢と、花火、同時に**。
リントは弦を離した。
魔石を叫んだ。
「花火!」
※
弦を離れた瞬間。
魔石が青白く光った。
(exec.flower --flower --wind --fire)
リントの放った矢が空中で、なぜか、**炎に包まれた**。
ユミルが裏で処理を走らせていた。
炎の矢。魔石で生成した粉塵。風で加速。
**一撃**。
矢がトリケラの右目に突き刺さった。
爆発。
花粉と炎がトリケラの顔面で弾けた。
トリケラが悲鳴を上げた。
軌道が逸れた。
エルナの真正面から、**右に、横に、逸れた**。
エルナの剣がその瞬間、動いた。
逸れて、横を通り過ぎようとするトリケラの首に、刃が入った。
**深く**。
銀光が弧を描いた。
トリケラの巨体が前のめりに倒れた。
そして止まった。
※
静寂。
風が草原を抜けていった。
エルナが剣を下ろした。
振り返ってリントを見た。
「……リント君」
「姉さん」
「……今の、何」
「花火!」
「でも、矢、一緒に、飛んだ」
「ユミルが、合体、させた」
「……え」
「魔石、使ったら、ユミルが、矢も、炎、にしてくれた」
エルナがユミルを見た。
ユミルは丘の上で静かに立っていた。
小さく頷いた。
「……合成、できます」
「合成?」
「矢の発射と、花火を、同時に、検知して、合成、しました」
「……あんた、その場で、判断、したの?」
「はい」
「……どうやって」
「リン様と、私の、魔石、は、繋がっています」
「……」
「リン様の、行動を、見て、最適な、処理を、追加、しました」
エルナはしばらくユミルを見ていた。
それから大きく息を吐いた。
「……あんたたち、本当、別格」
「別格、ではない、です」
「別格」
エルナは笑った。
「でも、**頼もしい、別格**」
「……ありがとう、ございます」
※
リントは息を整えた。
弓を下ろした。
手が震えていた。
魔石の発動。
矢と同時の発射。
ユミルの背後での処理。
全部が一瞬で繋がった。
**初めての実戦での魔石使用**。
**成功した**。
リントは自分の手を見下ろした。
魔石が手の中でゆっくりと光を失っていった。
「……使い切ったな」
「はい」
ユミルが近づいてきた。
「リン様、お疲れ様、です」
「うん」
「もう一つ、充電、します」
「いい、あとで」
「はい」
ユミルがリントの隣に立った。
風が二人の髪を揺らした。
※
エルナがトリケラの角を切り取った。
三本。討伐の証明。
重いから、一本だけ持ち帰ることにした。
残りは後で、カルデアの回収班が取りに来る。
三人、馬車の所に戻った。
御者が待っていた。
「終わりましたか?」
「終わった」
「早かったですね」
「うちの、駆け出し、優秀だから」
エルナがリントとユミルを指さした。
御者が二人を見て、少し驚いた顔をした。
「若いのに」
「若い。でも、強い」
御者は頷いた。
馬車がカルデアへの帰り道を走り出した。
※
馬車の中で、リントは魔石を見ていた。
光を失って、ただの灰色の小石に戻っていた。
「y」
「はい」
「これ、また、充電、できるか」
「はい、できます」
「今夜、頼む」
「分かりました」
リントは魔石をポケットにしまった。
ユミルがリントの隣で少しだけ微笑んでいた。
エルナは向かいの席で腕を組んで、リントたちを見ていた。
「……あんたたち、王都、着いたら、騒ぎになるよ」
「……そうかな」
「確実」
「……気をつけよう」
「騒ぎに、なっても、あたし、守るから」
エルナが笑った。
**姉さんの顔**だった。
※
夕方、カルデアに戻った。
ギルドで報告。
報酬、銀貨、二十枚。
三人で分けると、六枚と少し。
かなりいい額だった。
「最後の、依頼、だったな」
「うん」
「明日、王都、出発」
「王都」
「ついに、だな」
エルナが頷いた。
「明日、朝、出る」
「はい」
三人、宿に戻って夕食を食べた。
大麦亭の料理は、今日もしっかりした味だった。
ユミルが三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
いつもの三口目。
でも今日は、少しだけ違って見えた。
**達成の後の三口目**、だった。
※
夜、リントの部屋で、ユミルが魔石を充電していた。
「これで、六個、全部、使えます」
「助かる」
「明日、使うかも、しれません」
「使うかも、な」
「はい」
ユミルが魔石をリントの机に並べた。
六つの小さな石。
全部、中に青い光を宿していた。
「……綺麗、だな」
「はい、綺麗、です」
「お前が、作った」
「はい」
「……ありがとう、な」
「いえ」
ユミルは少し頬を赤くした。
「……お役に、立てて、嬉しい、です」
リントはユミルの白い髪を見ていた。
ランプの光の中で静かに光っていた。
「y」
「はい」
「明日、王都、着く」
「はい」
「お前にとって、王都、どんな、所、かな」
ユミルは少し考えた。
「……知りません」
「知らないか」
「はい、知りません」
「じゃあ、一緒に、見よう」
「はい」
ユミルは頷いた。
少しだけ微笑んで頷いた。
※
――第三十四章、了。




