034 アカデア
ヴェスティアを出て、四日目の昼過ぎ。
街道の先に町が見えてきた。
「カルデア」
エルナが指さした。
「見えてきたな」
「ヴェスティアより、大きい?」
ユミルが聞いた。
「同じくらい。でも、雰囲気、違う」
「どう、違う?」
「カルデアは、商業の町。人が、もっと、動いてる」
「動いてる」
「うん、朝から夜まで、商人だらけ」
※
近づくと城壁が見えてきた。
ヴェスティアより低い、でも厚い壁。
門が大きかった。
荷車がひっきりなしに出入りしていた。
衛兵が四人、立っていた。
「さすが、商業の町」
「荷車、多い」
「王都に運ぶ荷と、王都から出る荷、全部ここ通る」
「中継地点」
「そう、最大級の、中継地点」
三人、荷車の列に並んだ。
少し時間がかかった。
衛兵が一人一人、確認していた。
※
順番が来た。
「通行の、目的は?」
「冒険者ギルド、王都支部への、移動中。治安維持、依頼」
エルナがギルド証を見せた。
「紫ランク、エルナ・スカディ」
「……紫。どうぞ、通ってください」
衛兵が少し姿勢を正した。
三人、門をくぐった。
※
町の中は賑やかだった。
ラウンドローズとも、ヴェスティアとも違った。
**活気が違う**。
通りの両側に屋台。荷車の列。
商人の呼び声。子どもが走り回る。
「……音が、多いですね」
ユミルが言った。
「多い」
「ラウンドローズより、ヴェスティアより、多い」
「そうね、カルデアは、賑やかだから」
「圧倒、されます」
「慣れるよ、すぐ」
エルナが笑った。
※
「まず、ギルドで、報告」
「了解」
「宿、取る」
「了解」
「依頼、明日の朝、受ける」
「了解、です」
三人、中央の広場の方へ歩いた。
途中、ユミルが何度か足を止めた。
屋台で、見たことのない食べ物を見ていた。
エルナが気づいた。
「ユミルちゃん、興味ある?」
「……はい」
「何?」
ユミルが指差したのは、木の串に刺した丸い何かだった。
茶色くて、艶があって、香ばしい匂い。
「焼き団子」
「焼き団子?」
「米粉の、団子。甘い、タレ」
「……食べたい、です」
「買おう」
エルナが一人分を買った。
ユミルに渡した。
「食べてみ」
ユミルが受け取った。
一口。
「……」
二口。
「……」
三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
「ね?」
「はい」
エルナは笑って、リントの分も買った。
リントも一口食べた。
「……うまい」
「だろ」
「カルデア、来る価値、あるな」
「そうよ、ここ、食、豊富」
※
中央広場に着いた。
噴水とギルドと行政府と大きな宿屋が、広場を囲んでいた。
ギルドの建物はヴェスティアより大きかった。
三階建て。石造り。
中に入ると、冒険者でごった返していた。
「……人、多いな」
「カルデア支部、かなり大きい。王都の次くらい」
「次?」
「王都のギルドが、一番大きい。二番目が、ここカルデア」
「へえ」
受付が五つ並んでいた。
一番端の、空いてる受付に行った。
「紫ランク、エルナ・スカディ。王都までの、通行、報告」
「紫ランク、確認しました。こちら、通行記録、署名を」
エルナが書類に署名した。
受付の女性が三人を見た。
「お連れ様も、冒険者?」
「そう。リント、橙」
「すみません、リントはまだ赤です」
「もう、橙でいいよ、実力は」
「……まだ、赤でしょ」
「橙に、上げる申請、王都で、出すから」
「……」
リントは何も言わなかった。
受付の女性がまた言った。
「もう一方は?」
「ユミル、白」
「白?」
「判定、不能」
「……判定、不能?」
「水晶、沈黙した」
受付の女性が一瞬、止まった。
「……ああ、噂、聞いてます」
「噂?」
「ラウンドローズ、ヴェスティア、どちらでも、水晶が沈黙した、特殊な冒険者がいる、と」
「……噂、流れてるのか」
「ギルド内で、話題、です」
エルナが笑った。
「ユミルちゃん、有名人、だよ」
「……有名、ですか」
「有名」
「……望んでは、いないです」
「望まなくても、なる」
受付の女性は頷いて、書類をしまった。
「通行記録、完了です。王都までの、安全な旅を」
「どうも」
三人、ギルドを出た。
※
次は宿だった。
エルナは中央広場に面した、一軒の宿屋に入った。
看板は「**大麦亭**」。
大きな、三階建て。
女将ではなく、若い青年が受付に立っていた。
「三人、部屋、頼む」
「何泊で?」
「二泊。明日の朝、依頼受けて、夕方出発、できれば」
「了解しました。二人部屋と、一人部屋?」
「そう」
「三階、空いてます」
「助かる」
手続きが早かった。
カルデアは客の出入りが激しいから、宿屋も効率的に動くらしかった。
部屋に上がった。
リントの一人部屋は、ヴェスティアよりやや広かった。
窓から広場が見えた。
屋台の明かりが夕方の光に混じり始めていた。
※
夕方、三人で広場に出た。
屋台を冷やかして歩いた。
焼き物、揚げ物、甘味、飲み物。
全部、匂いが強かった。
ユミルは全部に興味を示した。
「これは?」
「魚の、揚げ物」
「これは?」
「豚の、串焼き」
「これは?」
「甘い、パン」
「これは?」
「……何だろうね、あれ」
「……知らないんですか」
「知らない」
エルナが屋台の店主に聞いた。
「これ、何?」
「豆を、甘く煮て、小麦粉で、包んで、揚げたもの」
「……へえ、初めて見た」
「カルデアの、名物」
「食う」
エルナが三つ買った。
三人で広場のベンチで食べた。
ユミルが三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
エルナが笑った。
「今日も、三口目」
「はい、三口目」
「何食っても、三口目」
「はい」
※
食べ終わって、少し歩いた。
夕日が建物の屋根を橙に染めていた。
「ねえ、あんたたち」
「ん?」
「明日、依頼、大きめの、受ける」
「大きめ?」
「うん。カルデア、最後の、本格的な仕事」
「どんな」
「王都近郊に、大型の魔物が、出てる。ギルドの、優先依頼」
「紫一人で、受けるやつ?」
「そう。普通なら、そう」
「でも、三人で、受ける?」
「三人で、受ける」
エルナが少し笑った。
「あんたたちの、実力、見たいから」
「試験、か」
「試験じゃ、ないけど」
「……そんな、気がする」
「でも、試験じゃ、ない」
エルナの目は笑っていた。
でも、**真剣な光**が奥にあった。
リントはそれを見ていた。
**姉さんは、俺たちを、本気で、仲間として、認めようとしている**。
三年前の傷が癒え始めて、次の段階に入ろうとしている。
リントは頷いた。
「……受ける」
「ありがと」
ユミルも頷いた。
「はい、受けます」
※
宿に戻って、食堂で夕食を食べた。
大麦亭の料理は、ヴェスティアより味付けが濃かった。
商人街らしい、しっかりした味。
ユミルが三口目で微笑んだ。
リントは今日、もう何度もその微笑みを見ていた。
エルナも見ていた。
女将が厨房から、にっこり笑って出てきた。
「お気に召したかしら」
「はい、美味しい、です」
「ふふ、よかった。うちの料理、ちょっと、濃いから、慣れない人もいるの」
「慣れます」
「慣れる気、なのね、偉いね」
ユミルが少し頬を赤くした。
※
夜、リントは一人部屋でベッドに横になった。
窓の外からカルデアの夜の音が聞こえてきた。
酒場の笑い声。馬の嘶き。誰かの歌声。
全部、活気があった。
**明日、最後の依頼**。
姉さんが本気で、俺たちの実力を見たいと言っている。
ユミルは大丈夫。姉さんも大丈夫。
問題は俺だ。
リントは自分の手を見た。
今日、花火!の魔石を使う機会がなかった。
明日、**使うかもしれない**。
初めての実戦で魔石を使う日が来るかもしれない。
リントは少しだけ緊張した。
でもユミルがいる。姉さんもいる。
**大丈夫だ**。
リントはそう思って目を閉じた。
焚き火の代わりに、廊下の蝋燭の明かりが扉の隙間から細く差していた。
※
――第三十三章、了。




