028 複数の依頼
朝、三人でギルドに向かった。
ヴェスティアの冒険者ギルドは、町の西の方にあった。
二階建ての、石造りの立派な建物だった。
「でかいな」
「ヴェスティア支部、中規模だけど、歴史、長い」
「何人くらい、所属してるの」
「百人、超えてる」
「ラウンドローズ、何人?」
「三十くらい」
「三倍以上か」
「ヴェスティア、古い町だから、冒険者、多い」
エルナが扉を開けた。
中は朝から賑わっていた。
カウンターの前に五、六人。壁際のテーブルに数人。階段を上っていく者もいた。
受付は女性が三人、並んでいた。
※
エルナが真ん中の受付の前に立った。
「紫ランク、エルナ・スカディ」
「紫!」
受付の女性が目を見開いた。
「王都から?」
「そう」
「本日は、何の、ご用件で?」
「依頼、複数、受けたい」
「複数、ですか」
「数日、この町に、滞在予定。その間、いくつか、こなしたい」
「……了解しました。お待ちください」
受付の女性はカウンターの奥に引っ込んで、別の書類を取りに行った。
※
戻ってきた受付の女性が、三枚の書類をカウンターに広げた。
「こちらが現在、出ている、主な依頼です」
エルナとリントとユミルが覗き込んだ。
「一つ目。街道沿いの魔物討伐。郊外の、小規模な魔物の群れ。報酬、銀貨、八枚」
「簡単そうね」
「二つ目。商隊の護衛。ヴェスティアから、カルデア方面へ、三日間。報酬、銀貨、十五枚」
「これ、カルデア方面、ってことは、ちょうど、うちらの進路」
「そうですね。商隊の出発は、五日後、です」
「三つ目は?」
「遺跡近辺の、調査」
エルナの手が一瞬止まった。
「……遺跡」
「ヴェスティアの東、半日ほどの、古代遺跡。最近、魔物の気配が、濃くなっている、という報告が、入っています」
「調査って、具体的には?」
「遺跡近辺を、一日、見て回って、異常があれば、報告。内部に、深く入る必要はない」
「報酬」
「銀貨、十二枚」
「……」
エルナはしばらく書類を見ていた。
リントはエルナの横顔を見ていた。
姉さん、この依頼、迷ってる。
でもエルナは顔を上げた。
「三つとも、受ける」
「三つとも?」
「順番に、こなす。今日、一つ目の魔物討伐、明日、調査、その次の日、休み、その次の日から、商隊護衛」
「……効率的、ですね」
受付の女性が少し驚いた顔をした。
「はい、お願いします」
エルナは書類三枚を受け取った。
※
ギルドを出て、エルナは少しだけ黙って歩いていた。
リントが横から話しかけた。
「姉さん」
「ん」
「……遺跡、大丈夫か」
「大丈夫じゃ、ないかも」
「……」
「でも、行く」
「なんで」
エルナは空を見上げた。
「……あたし、もう、逃げないって、決めた」
「……」
「三年前、あたしだけ、逃げた。仲間、置いて」
「……」
「それが、ずっと、胸に、残ってる」
「……」
「だから、今回は、逃げない」
リントは頷いた。
何も言えなかった。
エルナはそう決めて、紫ランクの仕事を続けているのだ。
誰かをまた失うのが、怖いのに、それでも前に進んでいる。
※
ユミルが少し遅れて、二人に追いついた。
「エルナ様」
「ん」
「遺跡の、依頼、私も、同行、します」
「当然じゃん」
「はい、当然、です」
「……ありがとう、ユミルちゃん」
「はい」
ユミルはエルナの隣を静かに歩いていた。
リントはその横顔を見ていた。
ユミルは何かを知っている顔をしていた。
でも何を知っているのかは、リントにも分からなかった。
※
午後、一つ目の依頼、街道沿いの魔物討伐に向かった。
郊外の小高い丘、群れる小型の魔物、ゴブリン型が五、六体。
エルナの剣一本で、大半が片付いた。
リントの矢が二体。
ユミルは見ていた。
戦闘というほどの戦闘ではなかった。
全体で十五分ほどで終わった。
「楽勝」
エルナが剣を鞘に納めた。
「姉さん、速い」
「ゴブリン、楽」
「ハードボアと、大違いだな」
「ハードボアは、強化されてた。あれが、異常」
「……」
エルナはゴブリンの死骸を見て頷いた。
「このサイズ、このくらい、普通のゴブリン」
「強化、ないですね」
ユミルが観察していた。
「うん、ない」
「……この辺りは、まだ、影響が、少ない、のかもしれない、です」
「そうかもね」
エルナは考え事をしながら、ゴブリンの耳を五つ切り取った。
討伐の証明だった。
※
夕方、ギルドに戻って報告を済ませた。
銀貨、八枚。三人で分けると二枚と半分ずつ。
「今日は、軽く、終わったね」
「本番、明日ね」
エルナが言った。
声の重さが少しだけ違った。
リントもユミルも、それに気づいていた。
※
夕食の後、三人で宿の部屋に集まった。
エルナの部屋。
エルナが床に地図を広げた。
「明日、行く遺跡、ここ」
エルナが地図の一点を指した。
「ヴェスティアの、東、半日」
「行程、どんな感じ」
「朝、出発。午前中に、遺跡に到着。午後、見て回って、夕方には、戻る」
「長居、しないのね」
「しない。調査の依頼だから、異常があれば、報告するだけで、いい」
「……内部には、入らないの」
「基本、入らない。でも……」
エルナは言葉を止めた。
「でも?」
「……状況、次第」
「……」
リントは頷いた。
「了解」
「ユミルちゃんも、無理しなくていいよ」
「はい、無理、しません」
「でも、警戒は、してて」
「はい、警戒、します」
エルナは地図を折りたたんだ。
「じゃ、明日、朝、早め。五時、起きる」
「早いな」
「紫ランクは、早起きなの」
「……そうか」
エルナは少し笑った。
でもその笑いには、緊張が混じっていた。
リントはそれに気づいていた。
ユミルも静かに気づいていた。
※
リントは一人部屋に戻って、ベッドに横になった。
明日、遺跡に行く。
三年前、エルナの仲間が四人、死んだ場所とは違う。
でも似た場所。
何かがいるかもしれない。
何かがいないかもしれない。
分からない。
リントは目を閉じた。
ユミルが、いる。
それだけがリントの心の支えだった。
※
――第二十七章、了。




