027 古都ヴェスティア
ブリッドリーを出発して五日目。
街道の先に大きな町が見えてきた。
「ヴェスティア、です」
ユミルが先に気づいた。
「どうして分かる」
「地図の、距離、通りです」
「あんた、やっぱ、頭に地図あるな」
エルナが笑った。
「古都、ヴェスティアね」
リントは町の輪郭を見た。
ラウンドローズよりも大きかった。城壁の高さも厚みも、明らかに違う。
「……デカいな」
「人口、五千」
「ラウンドローズの、五倍」
「王都より、古いんでしょ?」
「そう。王都が出来る前から、この場所には都があった」
「へえ」
「今は王都に中心が移ったけど、文化の町として、ちゃんと生き残ってる」
エルナが説明しながら歩いていた。
ユミルは黙って聞いていた。でも視線は何度か、町の城壁の石を見ていた。
※
城門で、衛兵が三人、立っていた。
ラウンドローズよりも、数が多かった。
「冒険者ギルドの、治安維持依頼」
エルナがギルド証を見せた。
「紫ランク、エルナ・スカディ」
「……紫。ヴェスティアには、久しぶりか?」
「二年ぶりくらい」
「そうか。お変わりなく」
「ありがとう」
衛兵は頷いて、三人を通した。
※
町の中はラウンドローズとは、空気が違った。
石畳の道が広かった。建物の一つ一つが石造りで、古かった。
彫刻が柱に施されていた。
屋根の形もラウンドローズの木造とは違って、平らだった。
「……古い、ですね」
ユミルが呟いた。
「古都だもの」
「……何百年、前から、ある、街です、か」
「どうだろ。少なくとも、千年は」
「……千年」
ユミルが少しだけ足を止めた。
石畳を見ていた。目の焦点が少しだけ遠かった。
リントはそれに気づいた。
気づいたが、何も言わなかった。
※
広場の中心に古い噴水があった。
水が静かに流れていた。
噴水の縁に文字が刻まれていた。
ユミルがその文字をじっと見た。
「……読めるのか」
「……少し、です」
「何て、書いてある」
「……古語、です。『この水は、町を生かす』」
「ふうん」
「……普通の、定型句、です」
「そうか」
ユミルはそれ以上、言わなかった。
でも噴水の水の流れを、少しの間、見ていた。
リントはユミルが文字を読めたことを、心の中に少しだけ書き留めた。
千年前の古語を普通に読める人間は、たぶんいない。
でもエルナには何も言わなかった。
※
「宿、探そう」
エルナが言った。
「知ってるの?」
「いい宿、知ってる」
エルナが先頭で歩いた。
広場から北に三本、通りを抜けた所に、三階建ての宿があった。
看板に飛燕亭、と書かれていた。
「ここ」
「でかいな」
「ヴェスティアは、宿が、でかい。観光地だから」
中に入ると、カウンターに中年の男が立っていた。
「いらっしゃい。ご宿泊?」
「三人、部屋、頼む」
「何泊で?」
「三泊か、四泊。でも、延びる、可能性あり」
「分かりました。三人部屋と、二人部屋、どっちがいいですか?」
「二人部屋、二つで」
「あたしと、ユミルちゃんで、一つ」
「姉さん、また、ユミルと寝るのか」
「あんた、一人部屋、気楽でしょ」
「まあ、そうだけど」
ユミルが一瞬、リントを見た。
でも何も言わなかった。
※
部屋は三階だった。
リントの一人部屋は、窓が一つ、ベッドが一つ、小さな机と椅子。
エルナとユミルの二人部屋は、窓が二つ、ベッドが二つ。
荷を下ろして、リントは窓から町を見下ろした。
ヴェスティアの屋根が、薄い夕日の中で橙色に染まっていた。
石の町。古い、町。
前世で、歴史の本の写真でしか見なかった、ような町。
リントは少しだけ感動した。
※
夕食は宿の一階の食堂で食べた。
料理はラウンドローズやブリッドリーと少し違った。
魚があった。海から来たらしい。
香辛料が強めだった。
ユミルはいつものように、三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
「ほら、ヴェスティアの、食事は、違うでしょ」
「はい、違います」
「香辛料、強いのが、特徴」
「……舌が、刺激、されます」
「あんた、その表現、合ってるよ」
エルナは笑った。
食事の後、三人で食堂の片隅に座って、地図を広げた。
「明日、ギルドに、行く」
エルナが言った。
「依頼、取るの」
「この町、滞在、長くするつもり」
「長く?」
「うん。複数の依頼、同時に、こなす」
「効率的だな」
「ヴェスティア、依頼、多いから」
エルナは地図のヴェスティアの周辺を指さした。
「ここに、色々、ある」
「……遺跡、です、か」
ユミルが地図の一点を指した。
「そう、古い遺跡」
「近い、ですね」
「うん、近い。歩いて、半日くらい」
エルナの声がほんの少し低くなった。
リントは気づいた。
エルナが遺跡の話をする時、声が少し違う。
※
「姉さん」
「ん」
「遺跡、危険なの?」
「分からない」
「分からない?」
「あたしも、ヴェスティアの遺跡は、入ったことない」
「……」
「三年前に、入ったのは、もっと、別の場所」
「……」
エルナはジョッキの水を飲んだ。
「でも、似たような、時代の、遺跡、らしい」
「……」
リントはそれ以上、聞かなかった。
聞く場所じゃなかった。
でもエルナの手がジョッキを、いつもより強く握っていた。
指の関節が少しだけ白かった。
※
夜、リントは一人部屋でベッドに横になった。
窓の外からヴェスティアの夜の音が聞こえてきた。
遠くの、誰かの笑い声。
石畳を歩く靴の音。
犬の鳴き声。
ラウンドローズとは違う音だった。
でもどこか、懐かしい気もした。
前世で、行ったことのある町、に似ているのかもしれない。
リントはそんなことを思った。
それから目を閉じた。
明日、ギルドに行く。
遺跡のことも、聞くかもしれない。
リントの中に、何か、静かな緊張が生まれていた。
※
――第二十六章、了。




