026 三年前
翌朝。
ブリッドリーを出発した。
次の町、ヴェスティアまで五日。
空は薄曇りだった。風が少し冷たかった。
三人、無言で歩いていた。
エルナは昨日の酒が少し残っているらしかった。いつもより口数が少なかった。
※
昼、街道の脇で休憩を取った。
保存食と水。三人、少し離れて座っていた。
エルナは背中を木に預けていた。目を閉じていた。
ユミルがリントの隣に座った。
「リン様」
「ん」
「……エルナ様、お疲れ、みたいです」
「酒、かな」
「……いえ」
「?」
「昨日の、話の、後から、です」
「……」
リントはエルナを見た。
エルナは目を閉じたまま動かなかった。でも何かを考えているのは分かった。
※
午後、歩き始めてしばらく経った頃。
エルナがぽつりと口を開いた。
「……ねえ、二人とも」
「ん」
「はい」
「……昨日の、話の続き、聞く?」
リントとユミルは顔を見合わせた。
「……聞く」
「……聞きます」
エルナは少し頷いた。
歩きながら、話し始めた。
※
「三年前」
「うん」
「あたしには、仲間が、四人、いた」
「五人パーティ」
「そう。『**霜の剣**』って、パーティ」
「霜の剣」
「うん。全員、王都出身」
エルナの足取りはゆっくりだった。でも止まらなかった。
「リーダー、**アルド**って、男。剣の天才。三十代、一番、年上」
「うん」
「副リーダー、**フィオナ**。魔法使い。二十代後半。頭、いい」
「うん」
「治療担当、**ベル**。二十代前半、優しい、聖女みたいな女の子」
「うん」
「斥候、**カイト**。二十歳、あたしと、一番、仲良かった」
「うん」
「で、あたし。末っ子。剣士」
「うん」
エルナは少し笑った。
「みんな、家族みたいな、パーティだった」
「うん」
「あたし、末っ子だから、みんなに、可愛がられてた」
※
「三年前、依頼を、受けた」
「どんな」
「古い遺跡の、調査」
「遺跡」
「この、王都と、ヴェスティアの、中間の辺りに、古い遺跡が、あって」
「うん」
「そこで、何か、異変が、起きてる、って、依頼だった」
「誰の、依頼」
「王都の、上の方から。詳しくは、あたしも、知らない」
「……」
「あたしたち、紫ランクのパーティで、王都では、有名だった。だから、難しい依頼、よく来た」
エルナは空を見上げた。
「引き受けた。五人で、遺跡に、入った」
「……」
「その後、一週間、遺跡の中に、いた」
「一週間」
「色々、調査した。古い、碑文、壁画、構造」
「何か、見つけた?」
「見つけた」
エルナは一拍、間を置いた。
「**何かが、いた**」
※
「何が、いたの」
「……分からない」
「分からない?」
「あたしも、よく、見てない」
「……」
「遺跡の、最奥で、急に、襲われた」
「魔物?」
「魔物じゃ、ない」
「人?」
「人でも、ない」
「……」
エルナは歩きながら話していた。視線は前を向いていた。
「姿が、見えなかった。気配だけ、あった」
「気配」
「うん、濃い、濃い、気配」
「……」
「アルドが、最初に、やられた」
「うん」
「あっという間、だった。**頭が、消えた**」
リントが息を止めた。
ユミルは黙って聞いていた。
※
「フィオナが、魔法で、応戦した。強い、魔法。でも、効かなかった」
「うん」
「ベルが、あたしたちを、守ろうとして、前に、出た」
「うん」
「ベルも、消えた」
「……」
「カイトが、あたしに、『逃げろ』って、言った」
「うん」
「あたし、一人、逃げた」
「うん」
「カイトも、フィオナも、遺跡に、残った」
「……」
エルナの足が少し止まった。でもすぐにまた歩き出した。
「あたしだけ、生き残った」
「……」
「入り口まで、必死で、走った」
「……」
「入り口を、出た時、振り返ったら」
「……」
「**遺跡の、奥が、崩れていた**」
「崩れた?」
「そう、内側から、崩れた」
「……」
「三人、そこに、埋まった、はず」
「……」
「でも、遺体は、見つからなかった」
「……」
エルナは手で目を拭った。
涙は出ていなかった。でも拭っていた。
※
「それが、三年前」
「……」
「あたし、王都に、戻って、ギルドに、報告した」
「うん」
「ギルドは、調査隊を、送った」
「……」
「でも、遺跡は、完全に、崩れていて、中に入れなかった」
「……」
「仲間の、遺体も、遺品も、**何も、戻ってこなかった**」
エルナは歩きながらため息を吐いた。
「そこから、一年、あたし、全然、動けなかった」
「……」
「酒ばっかり、飲んでた」
「……」
「でも、カイトが、あたしに、『逃げろ』って、言ってくれた」
「うん」
「あたしが、生き残ったのは、カイトのおかげ」
「……」
「だから、あたし、また、動き始めた」
「動き始めた?」
「冒険者、続けることにした」
「一人で?」
「一人で」
「……パーティ、作らなかったの」
「作れなかった」
エルナは少し笑った。
「怖くて、作れなかった」
「……」
「また、失うのが、怖くて」
「……」
※
沈黙が三人の間に降りた。
風が街道を吹き抜けた。
ユミルが小さく口を開いた。
「……エルナ様」
「ん」
「……」
「なに」
「……三年前の、お仲間の話、もっと、聞きたい、です」
エルナが一拍、止まった。
ユミルを見た。
「……聞いて、くれるの」
「はい、聞きたい、です」
「全員分?」
「全員分」
「……」
エルナは少しの間、黙っていた。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
さびしい笑顔、ではなくて。
温かい笑顔。
「……じゃあ、次の町で、全員分、話す」
「はい」
「長くなるよ」
「長くても、聞きます」
「……ありがとうね、ユミルちゃん」
「はい」
エルナはもう一度、ユミルを見た。
それから空を見上げた。
空の薄曇りが少しだけ切れて、青が覗いていた。
※
リントは二人の少し後ろを歩いていた。
聞いていた。聞きながら考えていた。
**ユミル、今の、すごく、よかったな**。
ユミルは人の気持ちが分からない。でも、**分からないなりに、聞きたいと思った**。
それは、たぶんユミルの、一番人間的な瞬間だった。
リントは少し嬉しくなった。
それから少し胸が痛くなった。
ユミルは本当に変わりつつある。
百年の合理の塊が、少しずつ、**誰かの悲しみに、触れたい**と思うようになっている。
それは、ユミルにとって良いことなのか、どうか、リントには分からなかった。
分からなかったけど、**悪いことではない気がした**。
※
夕方、街道の脇で野営の準備を始めた。
エルナはいつもより、少しだけ口数が増えていた。
ユミルはエルナの隣に座って、話を聞いていた。
リントは焚き火を起こしながら、二人を見ていた。
**姉さんを、三人で、助けていくんだな**。
リントはそう思った。
そしてそれを、言葉にはしなかった。
※
――第二十五章、了。




