025 ねえさん酒場
ブリッドリーに戻って、ギルドで報告を済ませた。
報酬は銀貨、九枚。三人で分けると三枚ずつ。
「割は、良い方」
エルナが言った。
「姉さんのおかげ」
「あたし、何もしてない」
「全部したろ」
「……まあ、半分くらい」
「半分、すごいだろ」
「まあね」
エルナは笑った。
※
夜、三人で酒場に行った。
麦の穂の向かい側に小さな酒場があった。名前は「**雀の止まり木**」。
店の中は煙草の煙と麦酒の匂いで満ちていた。
地元の男たちが五、六人、テーブルを囲んで話していた。
エルナが入るなり、カウンターに肘をついた。
「麦酒、三つ」
「姉さん、ユミル、飲むのか?」
「ユミルちゃんは、水でいいのか?」
「……米の酒、ないですか?」
ユミルが言った。
「おい、マスター、米の酒、ある?」
「あるよ」
「じゃ、米の酒、一つ」
「はい」
ユミルは少しだけ嬉しそうに頷いた。
※
三人、カウンターの席に座った。
麦酒が二杯と、米の酒が一つ。
マスターは五十くらいの髭の男だった。
「旅の、お客さんか」
「そう、通りすがり」
「王都から?」
「王都のギルドから、応援で、来てた」
「ハードボアの、討伐?」
「終わった、今日」
「おお、助かる」
マスターは嬉しそうに頷いた。
「あの、ハードボア、ここ一ヶ月、やたら、大きかったんだよ」
「一ヶ月?」
「そう。普段、あんな、でかいのは、出ない」
「他にも?」
「他にも、色々。狼型が、群れで、出たり、鳥型が、羽を広げると、人の倍くらい、あったり」
エルナが頷いた。
「やっぱ、異変、あるんだな」
「異変、なのか」
「ここだけじゃ、ない」
マスターは麦酒のジョッキをカウンターに置いた。
「他にも、あるの?」
「いや、もっと、気味悪いのが、ある」
「?」
「最近、**人が、消える**」
※
三人、同時にマスターを見た。
「消える?」
「街道で、旅の人が、消える。野営地で、仲間が、消える。町の近くで、羊飼いが、消える」
「いつから?」
「半年くらい前から」
「頻度は?」
「月に、一人、二人」
「……」
エルナの顔が少し硬くなった。
「場所は?」
「街道沿い、あちこち。特に、林の近く」
「痕跡は?」
「ない。血痕も、足跡も。ただ、**消える**」
「……」
エルナは麦酒を一口、飲んだ。
静かに飲んだ。
「マスター、その話、ギルドには?」
「報告してる。でも、ギルドも、追いきれてない。魔物討伐で、手一杯で」
「……」
「姉さんなら、何か、知ってるか?」
「王都でも、似た話、ちらほら、聞く」
「王都でも」
「うん」
マスターは頷いた。
「世の中、悪い方に、行ってるのかね」
「どうかな」
エルナはジョッキを見ていた。
※
地元の男が酔った勢いで声をかけてきた。
「おい、姉ちゃん、旅の人か」
「そうだよ」
「冒険者?」
「紫ランク」
「紫!」
男が目を丸くした。
「紫、初めて、見た!」
「そりゃ、どうも」
「一杯、奢らせてくれ」
「おっ、いいね、もらう」
マスターが麦酒をもう一杯、エルナの前に置いた。
「姉ちゃん、強そうだな」
「まあ、まあ」
「恋人、いるの?」
「いないよ」
「なんで!」
「一人が、気楽」
「もったいない!」
「よく、言われる」
エルナは笑いながら麦酒を飲んだ。
男は満足したのか、仲間の所に戻っていった。
ユミルがそれをじっと見ていた。
「エルナ様」
「ん」
「エルナ様、恋人、いないのですか」
「いないね」
「……寂しくない、ですか」
「寂しいよ」
「……」
「でも、寂しくても、一人が、いい時もある」
「……」
ユミルは頷かなかった。
頷けなかった。
百年、一人だったユミルには、「寂しくても一人がいい」が理解できなかった。
エルナはそれに気づいた。
気づいて、少しだけ優しい目をした。
※
「ユミルちゃん」
「はい」
「あんた、百年、って、言ったよね」
「……比喩、です」
「比喩じゃ、ないよ」
「……」
エルナはユミルを見た。
リントは息を止めた。
「あんた、長く、一人だった」
「……」
「あたし、分かるよ。長く、一人だった人の、目」
ユミルは何も言えなかった。
「でも、今は、リント君と、いる」
「はい」
「だから、寂しくない、よね」
「……はい」
「あたしも、寂しくないよ。あんたたちと、いると」
エルナは麦酒を飲んだ。
ユミルは米の酒を一口、飲んだ。
二口目。三口目。
少しだけ微笑んだ。
「……美味しい、です」
「ねー、だろ」
エルナも笑った。
※
酒場の奥の方で、他の客が歌を歌い始めた。
酔っ払いの下手な歌。
でも場は温かかった。
「姉さん」
リントが静かに聞いた。
「ん」
「……姉さんは、なんで、紫ランクに、なったの」
エルナがジョッキを置いた。
少しの間、黙っていた。
それからぽつりと言った。
「……昔、仲間がいた」
「うん」
「三年前まで。パーティ、組んでた」
「今は?」
「今は、一人」
「何かあった?」
エルナはジョッキの中の麦酒をじっと見た。
それから小さく笑った。
さびしい笑い方だった。
「……ま、色々、だ」
「姉さん」
「今日は、もう、やめよ。酒、不味くなる」
エルナはジョッキを呷った。
一気に飲み干した。
「マスター、おかわり!」
「はいよ」
エルナはもうその話題を続けなかった。
リントもユミルもそれ以上、聞かなかった。
※
宿に戻る道で、エルナは少しだけ酔っていた。
でも足取りはしっかりしていた。
夜空に星が出ていた。
「今日、いい夜だね」
エルナが言った。
「いい夜だな」
「ユミルちゃん、いい夜?」
「はい、いい夜、です」
三人、並んで歩いていた。
明日、また旅が続く。
でも今は、この静かな夜だけがあった。
※
――第二十四章、了。




