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024 依頼と異変



朝、三人で丘に向かった。


ブリッドリーの北、徒歩で一刻ほどの小高い丘陵地帯。


「この辺か」


エルナが足を止めた。


農地が広がっていた。


麦畑の一角が荒らされていた。土が掘り返され、麦の茎が踏み折られていた。


「ハードボアの、仕業、です」


ユミルがしゃがんで土を見た。


「分かるのか」


「蹄の、大きさから」


「さすが」


エルナは頷いた。


「で、こいつら、どこに、いる?」


ユミルは立ち上がった。周りを見回した。


視線が丘の向こうで止まった。


「……あの、林の、向こう、です」


「分かるの?」


「……気配、します」


「何頭?」


「三頭です。プロット通り、三頭です」


ユミルが言ってから止まった。


「……プロット?」


エルナが聞き返した。


リントが急いで割り込んだ。


「いや、y、それ、ダメ」


「すみません、癖、です」


「何の癖だよ」


「……長い、癖、です」


「比喩?」


「比喩です」


エルナが少し笑った。


「あんたたち、本当に、色々、あるね」


「……」


リントは黙って頷いた。


     ※


林を抜けた。


その向こうの少し低い草地に、三頭のハードボアがいた。


大きい。


普通のイノシシの二倍はある。


黒い毛皮。長い牙。赤い目。


「……でかい、な」


リントが呟いた。


「これが、ハードボア」


「姉さん、三頭、いけるか?」


「いけるよ。でもね」


エルナは目を細めた。


「ちょっと、大きすぎる」


「大きすぎる?」


「ハードボア、普通、人の、膝くらいまで。今回の、人の腰」


「……」


「でかいな、本当に」


     ※


リントは弓を取り出した。


指が矢羽根に触れた。


矢筒の矢は十二本。足りるか分からない。


「姉さん、どうする」


「正面から、あたしが行く」


「一頭?」


「三頭」


「無茶だろ」


「無茶じゃない。ハードボアは、突進しかしない。動きは、読める」


エルナは両手剣を抜いた。


柄を握り直した。指の関節が少しだけ白い。


「リント君は、後ろから、弓で援護」


「了解」


「ユミルちゃんは?」


ユミルは少し考えた。


「……ハードボアが、強化されている、可能性、あります」


「強化?」


「普通より、大きいのは、不自然、です」


「……」


「あたしも、それ、思ってた」


エルナは頷いた。


「ユミルちゃん、どうする?」


「……防御、張ります」


「防御?」


「はい、念のため」


「ユミルちゃん、防御魔法、使えるの」


「はい、使えます」


「……使える人、珍しいんだぞ、神聖魔法の、防御系」


「……そう、ですか」


エルナはもうそれ以上、聞かなかった。


代わりに深く息を吐いた。


「行くよ」


     ※


エルナが走り出した。


草を蹴って、真正面から。


三頭のハードボアが気づいた。


一頭が突進を始めた。


**速い**。


でもエルナはもっと速かった。


銀髪が揺れた。両手剣が振られた。


ハードボアの首が綺麗に横に走る赤い線。


一撃。


ハードボアが倒れた。


「……」


リントは目を見開いた。


**姉さん、一撃、かよ**。


紫ランクの実力を初めて目の当たりにした。


     ※


残り二頭。


二頭が同時にエルナに突進してきた。


エルナが後ろに下がった。


リントが弓を構えた。


指が弦を引き絞る。


距離、四十歩。風、無風。目、右の一頭の、目。


息を止めた。


——放つ。


右のハードボアの目に矢が刺さった。


ハードボアが呻いた。動きが乱れた。


その隙にエルナがもう一撃。


斬り下ろした銀光。首が落ちた。


「ユミル、左!」


リントが叫んだ。


左の一頭がリントに向きを変えた。


突進。


「**ファイアウォール、展開、前方、一重**」


(`exec.firewall --direction=front --layer=1`)


ユミルの声。


リントの前に透明な膜が立ち上がった。


ハードボアが膜にぶつかった。


止まった。


いや、**遅くなった**。


膜の向こうでハードボアの動きがゆっくりになった。


時間がそこで遅くなった、ように見えた。


エルナが駆け込んだ。


銀光。


ハードボアの首が落ちた。


三頭、沈黙。


     ※


エルナが剣を鞘に納めた。


振り返ってリントとユミルを見た。


「今の、何?」


ユミルを指さした。


「ファイアウォール、です」


「ファイアウォール?」


「防御魔法、です」


「時間、遅くなってたよ、ハードボア」


「……防御の、副次効果、です」


「……」


エルナはユミルをじっと見た。


それから肩を竦めた。


「あんた、本当、色々、持ってるな」


「……すみません」


「謝らなくていい。助かった」


「はい」


エルナはリントの方を見た。


「リント君、矢、綺麗だったよ」


「ああ」


「目に、正確に、刺さってた」


「偶然」


「偶然じゃないよ。あれ、あんたの、技術」


「……」


リントは少しだけ照れた。


エルナは笑った。


     ※


ハードボアの討伐証明のために、角を三本、切り取った。


重い。


エルナが布に包んで背嚢に入れた。


「で」


「で?」


「ユミルちゃん、ちょっと、いいか」


「はい」


エルナはユミルの前にしゃがんだ。


「ハードボア、強化されてた、って、言ったね」


「はい」


「強化って、どういうこと?」


「……普通の、ハードボアより、大きい。毛皮が、硬い。動きが、速い」


「……」


「何か、外側から、影響を、受けて、います」


「影響」


「はい」


エルナは少し黙った。


それから静かに言った。


「最近、こういうの、多いんだよね」


「こういうの?」


「魔物が、ちょっと、強い。ちょっと、でかい。ちょっと、数が多い」


「……」


「この、辺りだけじゃない。王都周辺、あちこち」


リントがユミルを見た。


ユミルの顔が少しだけ硬かった。


エルナはそれに気づいていた。


でも何も言わなかった。


代わりに立ち上がって空を見た。


「……何か、変わってきてる、気がする」


「姉さん」


「ん」


「……詳しく、知ってる?」


「知らない」


エルナは首を振った。


「ただ、経験的に、**悪くなる予兆**、が、あるんだよ」


「予兆」


「うん、嫌な、予感」


エルナは空を見ていた。


風が少し強くなっていた。


     ※


帰り道。


三人、無言で歩いていた。


エルナは考え事をしているようだった。


ユミルは地面を見ていた。


リントはユミルの横顔を見ていた。


**ユミル、何か、知ってるな**。


でもリントは聞かなかった。


聞く場所じゃなかった。


町に戻ったら二人で話そう、と思った。


     ※


――第二十三章、了。

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