023 ブリッドリー
三日目の昼過ぎ。
街道の先に小さな町が見えてきた。
「あれ、ブリッドリー」
エルナが指さした。
「小さいな」
「人口、三百くらい」
「エッジウッドと、同じくらい、ですか」
ユミルが聞いた。
「エッジウッドは、百五十」
「二倍、ですね」
「二倍、って、数え方、する?」
「します」
「……まあ、いいか」
三人、町に近づいていった。
※
ブリッドリーは柵で囲まれていた。
城壁はない。木の柵が村の周りをぐるりと囲んでいるだけ。
門も簡素な木の扉だった。
門番が一人、椅子に座っていた。
「おう、旅の者か」
エルナが手を挙げた。
「冒険者ギルドの、依頼で、通る」
「ギルドの」
「紫ランク、エルナ・スカディ」
「……紫」
門番が少し姿勢を正した。
「通っていいぞ。ギルドは、広場の、向かい側だ」
「どうも」
三人、門をくぐった。
※
町の中は静かだった。
ラウンドローズと比べて人が少なかった。
家が十軒か二十軒。広場があって、井戸があって、鍛冶屋の小さな店と、八百屋と、雑貨屋と、宿屋が一軒ずつ。
それだけ。
「小さい、ですね」
ユミルが言った。
「でもね、この町、街道の中継地点で、結構、重要なの」
「重要、ですか」
「王都と、辺境を、繋ぐ街道が、この町を、通る。だから、ギルド支部も、ある」
「なるほど、です」
ユミルは町を見回しながら歩いていた。
視線は一か所に留まらなかった。
鍛冶屋の火、八百屋の野菜、雑貨屋の軒先、宿屋の看板、井戸の縄、広場の子どもたち。
※
広場の向かい側にギルドがあった。
ラウンドローズの支部よりさらに小さい建物。一階建ての木造。
中は意外と賑わっていた。
冒険者らしき男が三人ほど、カウンターの前にいた。
受付は中年の男だった。
「おお、新顔か」
「紫ランク、エルナ・スカディ」
「紫!」
受付の男が立ち上がった。
「王都から?」
「うん、通り道」
「あっしは、ジェフ。この支部の、支部長、兼、受付だ」
「ジェフさん、よろしく」
「で、用件は?」
「街道、治安維持の依頼で、通行してる。ついでに、こっちで、何か、短めの依頼、ないかな」
「あるよ、あるある」
ジェフは書類の山から一枚、引っ張り出した。
「近郊の、丘の方で、イノシシ型の魔物、出てる。ハードボア、三頭ほど」
「ハードボア、三頭」
「農地、荒らされてる。退治、できるか?」
「紫一人で、楽勝」
「頼めるか」
「あたし一人じゃなくて、三人な」
エルナはリントとユミルを指さした。
「あとの二人、新人?」
「駆け出し」
「駆け出し、大丈夫か、ハードボア」
「大丈夫」
エルナはにっこり笑った。
「うちの、駆け出し、強いから」
※
ギルドを出て、リントはエルナに聞いた。
「姉さん、ハードボアって、どんなやつ」
「イノシシの、魔物。普通のイノシシより、でかい。皮、硬い。角、長い」
「群れる?」
「三頭くらいで動く。今回は、ちょうど、三頭」
「新人で、大丈夫なのか?」
「あんたたちなら、大丈夫」
「根拠は」
「ユミルちゃんが、いるから」
「……」
エルナはニヤッと笑った。
「あんたたちの、実力、見させて、もらうわ」
リントは天を仰いだ。
ユミルが横で真顔で頷いた。
「はい、お任せ、ください」
「任せるなよ、お前に、全部」
「全部、任せて、いいですよ」
「ダメだろ」
「なぜ、ですか」
「お前、手加減、できないだろ」
「……」
ユミルは少し黙った。
エルナがそれを見ていた。
「ん? 手加減、できないって、どういうこと?」
リントは急いで話をそらした。
「いや、ユミル、力加減、下手だから」
「下手?」
「そう、下手」
「……ふーん」
エルナはそれ以上、追及しなかった。
でも一瞬、**鋭い目**をした。
リントはそれに気づいた。気づいたが何も言わなかった。
※
「で、いつ、行く?」
ユミルが聞いた。
「明日の朝。今日は、宿、取って、休もう」
「了解」
三人、宿屋に向かった。
ブリッドリーの宿屋は一軒だけ。
名前は「**麦の穂**」。質素な看板だった。
女将は痩せた中年の女性だった。
「おや、お客さん」
「部屋、三人分、あります?」
「ありますよ。二人部屋と、一人部屋で、いいかしら」
「ユミルちゃん、あたしと、同じ部屋、でいい?」
ユミルは一瞬、リントを見た。
リントは頷いた。
「いいよ、姉さんと、寝ろ」
「……はい、分かりました」
ユミルが頷いた。少しだけ寂しそうな顔をしていた。
リントは気付いた。気付いたが何も言わなかった。
※
宿の食堂で三人で夕食を食べた。
麦の穂の料理は質素だった。
パン、スープ、焼いた魚、煮た野菜。
でも味は良かった。
ユミルはいつものように三口目で微笑んだ。
「美味しい、です」
女将がそれを見て笑った。
「嬉しいねえ、若い子が、美味しいって、言ってくれると」
「本当、美味しいです」
「三口目、で、微笑むの、癖?」
「はい、癖、です」
「可愛い、癖だね」
ユミルは少し頬を赤くした。
母と同じ反応だった。
※
食事の後、エルナとユミルは二人部屋に上がっていった。
リントは一人部屋に入った。
部屋は小さかった。ベッドと、机と、蝋燭立てだけ。
リントは荷を下ろしてベッドに座った。
窓の外はもう暗くなっていた。
ブリッドリーの夜はラウンドローズよりも静かだった。
虫の声が窓の外から聞こえてきた。
**ユミル、大丈夫かな**。
リントは少しだけそう思った。
姉さんと二人で寝るのは初めてだ。でも姉さんだから大丈夫だろう。
姉さんなら大丈夫。
リントはそう思って目を閉じた。
※
――第二十二章、了。




