022 おせっかい ねえさん
二日目の夜。
野営地は昨日と違う場所だった。少し高い丘の上。風がよく通った。
焚き火が空に向かって火の粉を上げていた。
リントは夕食の後片付けをしていた。
焚き火の前にはエルナとユミルが座っていた。
エルナは今日も酒を持っていた。
ユミルも今日は自分の杯を手に持っていた。
※
「ユミルちゃん」
「はい」
「今日、あんた、馬、撫でてたね」
「はい、撫でました」
「可愛がってたね」
「……可愛い、です」
「そういうとこ、可愛いな、あんた」
「……可愛い、ですか」
「うん、可愛い」
ユミルは杯を見ていた。
エルナは酒を飲んだ。
※
少し間があって、エルナが口を開いた。
「ねえ、ユミルちゃん」
「はい」
「あんた、リント君のこと、どう思ってんの?」
ユミルは一拍、止まった。
「……好きです」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「『好き』の、中身」
「中身?」
「うん。どう好きなのか」
ユミルは少し考えた。
「……」
「出てこない?」
「……出てきません」
「じゃあ、あたしが、聞いていい?」
「はい」
エルナは酒を一口、飲んだ。
「リント君のこと、一日、何回、見てる?」
「……数えた、ことは、ないです」
「多い?」
「……多い、かも、しれません」
「リント君が、他の女の子と、話してたら、どう思う?」
「……」
「嫌?」
「……嫌、かも、しれません」
「そっか」
エルナは頷いた。
ユミルは杯を両手で握っていた。
※
リントは後片付けをしながら、**聞こえている**ことを気取られないようにしていた。
**姉さん、やってくれるな**。
こいつにこんな、恋愛カウンセリングをされているとは。
でもリントは割って入れなかった。
割って入ると、**ユミルの答え**が聞けなくなる。
聞きたいかと言われると、分からない。聞きたくないかと言われると、分からない。
とにかく割って入れなかった。だから黙って洗い物を続けた。
※
「ユミルちゃん」
「はい」
「あんた、リント君に、何か、してあげたい、って思う?」
「……」
「料理、作ってあげたい、とか」
「料理は、作れません」
「肩、揉んであげたい、とか」
「……疲れて、いる時は、揉みたい、です」
「隣で、寝たい、とか」
「……」
ユミルは杯をぎゅっと握った。
「……隣で、寝たい、です」
「おっ、出たね、即答」
「……」
「ユミルちゃん、あんたのそれ、全部、好きだよ」
「……そう、なんですか」
「うん、好きだよ。**ものすごく、好き**」
ユミルは杯を見ていた。
見ながら、少しだけ頬を赤くしていた。
酒のせいではない気がした。
※
「で、ユミルちゃん」
「はい」
「あんた、リント君に、『好き』って、言ったこと、ある?」
「……言ったこと、あります」
「へえ」
「『好きです』と、真顔で」
「……真顔で?」
「はい、真顔で」
「……あんた、なあ」
「駄目、でしたか」
「駄目じゃないけど、駆け引き、ゼロだな」
「はい、ゼロ、です」
「あんた、駆け引き、覚える気、ある?」
「……検討、します」
「検討するなよ」
「……すみません」
エルナは笑いながら酒を飲んだ。
ユミルも杯を口に運んだ。
一口、飲んだ。二口目。三口目。
少しだけ微笑んだ。
「美味しい、です」
「ユミルちゃん、あんた、本当、いいな」
「……ありがとう、ございます」
※
「ねえ、ユミルちゃん」
「はい」
「駆け引きは、難しいなら、**もっと素直に**」
「素直に?」
「うん。『好き』を、ちゃんと、目を見て、言う」
「目を、見て」
「うん、目を見て」
「……」
「練習、しよっか」
「練習?」
「リント君だと思って、あたしに、言ってみな」
「……リン様、好きです」
「真顔だろ」
「……真顔以外、どう言うんですか」
「少し、微笑んで。で、目を、見て」
ユミルは少し微笑んだ。
エルナの目を見た。
「……リン様、好きです」
「もう一回」
「リン様、好きです」
「うん、だいぶマシ」
「そう、ですか」
「これ、リント君にも、やってみな」
「……リン様の前で、ですか」
「そう」
「……」
ユミルはしばらく黙っていた。
それから小さく言った。
「……いつか、やってみ、ます」
「今日じゃなくていいよ」
「はい」
「でも、いつか、な」
「はい、いつか」
ユミルは頷いた。
焚き火の炎がその横顔を照らしていた。
※
リントは後片付けをずっと続けていた。
もう洗うものはなかった。それでも洗っているふりをしていた。
エルナがこっちをちらっと見た。目が合った。
エルナはニヤッと笑った。
リントは気まずさで目を逸らした。
**姉さん、知ってて、やってるな**、とリントは思った。
絶対、気付いてて、俺の聞こえるところで話している。
でもリントは何も言えなかった。言うと色々露呈する。
黙って洗い物のふりを続けた。
※
エルナが立ち上がった。
「さて、あたし、先、寝るか」
「早いな」
ユミルが言った。
「あたし、酒、弱いから」
「弱いんですか」
「まあ、それなりに」
「それなりに、ですか」
「それなりに」
エルナは手を振ってテントに入っていった。
ユミルとリントが焚き火の前に残った。
リントは洗い物をもう諦めて、焚き火の前に座った。
ユミルの隣に。
※
「y」
「はい」
「姉さん、お前に、色々、言ってたな」
「……聞いていましたか」
「洗い物してた」
「それ、聞いてた、ってことですか」
「……まあ、少しは」
「少し、ですか」
「少し」
ユミルは杯を見ていた。
それからリントを見た。少しだけ微笑んだ。
「リン様」
「ん」
「……好き、です」
「……」
「真顔、じゃないです」
「……分かった」
リントは焚き火を見た。
答える言葉を探したが見つからなかった。
代わりにユミルの杯に、自分の杯を軽く当てた。
こつん、と音がした。
ユミルは少しだけ笑った。
焚き火が一度、大きく揺れた。
※
――第二十一章、了。




