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212 神殿の機能


 ターミナルは広間の奥、壁に埋め込まれるように置かれていた。


 音が止まったのに、まだ稼働していた。振動はなくなった。熱もやや引いていた。でもターミナルそのものは、低く、静かに動き続けていた。守護装置への魔石がなくなっただけで、ターミナルは別の動力で動いていた。


 表面に、後から刻まれた文字があった。元の彫刻とは筆致が違った。急いで刻んだような、荒い線だった。


 ユミルがターミナルの前に立った。


「……解析します。少し時間がかかります」


「かかっていい」


 全員が周囲を固めた。ロックとレヴィが通路の入口を見ていた。レイラが壁際に立っていた。ファーファが鼻を動かして広間の気配を確かめていた。


 リンはターミナルを見ていた。海の遺跡でも、山の遺跡でも見た構造だった。でも今度のは違う何かが加わっていた。それが何かは、ユミルが教えてくれるまで分からなかった。


 ユミルの目が細くなった。また細くなった。指がターミナルの表面をなぞった。後から刻まれた文字の部分を。


 しばらくして、口を開いた。


「……分かりました」


「何が動いている」


「……人々の、意識から、何かを吸い上げています」


 リンは待った。


「……特定の感情と記憶です。薄く、少しずつ。本人が気づかない速度で。それをここに集めて——別の場所に、送っています」


「ターミナルを動かすためじゃないのか」


「……ターミナルは、外からエネルギーを受けています。動力は別にあります。これは、収集装置です。人の魂のエネルギーを吸い上げて、別の場所に集めている」


「どこに送っている」


「……それは、ここからは分かりません。送り先は、別の場所にあります。集めている人間が、別にいます」


 リンは少し考えた。


「街の人々が虚ろになるのは」


「……その時に、吸われているからです。夕方から夜に多いのは、その時間帯に出力のピークがあるからです」


「子供は影響がない」


「……あれの問いに答えを持っているから守られています。問いに答えを持つ人間は、吸われない。答えを持たない人間だけが、吸われます」


「昔話は、その仕組みのために残したのか」


「……いえ。昔話は、もっと古いものです。本来、あれは神殿の前で謎かけをして、答えられない者の魂を持っていく装置でした。古竜時代の守護の作法です。地元の人間は、神殿に来た時に魂を持っていかれないように、子供の頃から答えを覚えてきた。昔話は、そのための言い伝えです」


「組織が来る前から、ずっと」


「……はい。半年前ではなく、ずっと昔から、地元の人間は守られてきました。それは、あの守護装置の問いに備えるためであって、組織の収集装置のためではありません」


「じゃあ、地元民が今守られているのは、結果論か」


「……はい。組織は、街全体に発信を広げました。本来は神殿に来た者だけが対象だったものを、無差別に。地元の人間は元々答えを持っていたから、結果的に削れなかった。組織が地元民を狙わなかったわけではないと思います。狙ったけれど、削れなかっただけです」


 ロックが「昔話が、思わぬ防壁になっていたわけか」と言った。


「……はい。古竜が地元の人間に残した知恵が、千年後に、別の脅威から街を守っていた。偶然ですが——よくできた話だと思います」


 ロックが静かに言った。


「これを、三つの遺跡で並列稼働してたのか」


「……おそらく。砂漠に三つの遺跡があるとカリム様から聞きました。全部で動いているとしたら、砂漠全体が収集範囲に入ります」


「王宮の儀式も、同じ仕組みか」


「……はい。規模が違うだけで、設計は同じです。王宮に集まるのはよそから来た者が多い。官僚、衛兵、使節——みんな、昔話を知らない。答えを持たない人間が集まる場所に、一番大きな装置がある」


「集めた魂のエネルギーは、どこに行ってる」


「……今は、分かりません。砂漠のどこか、王宮のどこか——あるいはもっと別の場所かもしれません」


 しばらく誰も言わなかった。


 ロックが「王を操るのに、王の周りにいる人間を先に削っておく必要があった、ということか」と言った。


「……そう考えると、筋が通ります。集めたエネルギーで、王に何かをかけているのかもしれません」


「止められるか」


「……止められます。王都の儀式と同じ手で対応できます」


「すぐ止めるか」


 ユミルが少し間を置いた。


「……ここを単独で止めると、組織側に気づかれます。送信が途絶えれば、異変を察知される。三つの遺跡を、同時に止めたいです」


「同時に、か」


「……はい。それまでの間、ここは——中身のない偽の信号を送り続ける形にします。組織側には『稼働している』と見せたまま、実体は止めておく。気づかれずに準備を進めるためには、それが最善です」


 レヴィが羽の下から声を出した。


「……それ、俺が手伝えるダンナ」


 ロックがレヴィを見た。「ほう」


「中身を空っぽにして、外見だけ整える、ってやつだろ。任せろ」


「ほう、得意分野か」


「俺の本職だ」


「お前の本職、それでいいのか」


「うるさい」


 ユミルがレヴィに向かって、少し頭を下げた。


「……助かります」


「ダンナの相棒として、たまには働かないとな」


 ロックが「お前、いつも働いてないだろ」と言った。


「うるさい」


 レヴィの羽がぴくりと動いた。本気で怒っている動きではなかった。


「……解析の結果を共有します。あとで一緒に作業をお願いします」とユミルが言った。


「了解だ、ねーちゃん」


 ロックが「賢明だ」と短く言った。


「誰がこれを稼働させたか、分かるか」とリンが聞いた。


「……設計に、特徴があります」


 ユミルがターミナルの表面をもう一度なぞった。荒い線の、後から刻まれた部分を。


「……この改造の手口は、ここだけではないはずです。守護装置への魔石の埋め込み方、発信の構造、後から刻まれた文字の形——同じ人間が、複数の場所でやっています。丁寧ではない。急いでいます。でも、確実に機能するように計算されています」


「王宮の儀式も」


「……同じ手が入っています。おそらく、王宮が本命で、砂漠の遺跡はその補助です。砂漠を通る人間を削いで、王宮に向かう力を弱めておく——そういう設計に見えます」


 リンは少し考えた。


「誰だ」


 ユミルが静かに言った。


「……その人間を、探します。砂漠にあと二つ遺跡があります。そこにも同じ手口があるはずです。見れば、もっと分かります」


 答えを出したのではなかった。これから追うと言っているだけだった。でもその声に、確信に近いものがあった。


 ターミナルが静かに動き続けていた。


 音はもうなかった。振動もなかった。熱だけが、まだ残っていた。


 半年分の熱が、石の中に溜まっていた。それが抜けるには、まだ時間がかかりそうだった。


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