211 説教
通路を抜けた先に広間があった。
天井がさらに高くなった。壁の四面に彫刻があった。砂漠の生き物たちが刻まれていた。サンドワームも、サソリも、ラクダも。この砂漠に生きるものを全部、ここに納めようとしたような彫刻だった。
広間の奥にターミナルがあった。
稼働していた。外で感じた振動の源がここだった。低い音が広間に満ちていた。耳に来るというより、石全体が共鳴していた。ターミナルの表面が熱を帯びていた。近づくと肌で感じた。
だがユミルはターミナルより先に、守護装置の背面を確認した。石の体の、肩甲骨のあたり。そこに、小さな光があった。
「……魔石です」
リンが見た。確かに埋め込まれていた。石の隙間に、無理やり押し込まれたような跡があった。
「これが原因か」
「……はい。あれの問いを、広域に発信するように改造されています。この神殿の中だけでなく——街全体に、無意識のうちに問いが届くように。発信の負荷がかかり続けて、冷却が追いつかなくなっています。それで熱が出て、振動して、音が漏れています」
「設計外の使い方をさせられているわけか」
「……はい。壊れかけながら、半年間、動かされ続けています」
ロックが「地元民は昔話を知っているから守られていた、ということか」と言った。
「……はい。子供は昔話を素直に信じています。潜在的に答えを持っている。大人も幼い頃に聞いていれば、無意識で守られます。よそ者には、その昔話がない。知らないまま問いにさらされ続けて、答えに辿り着けないまま削られていきます」
それが、低い声で言った。
「……止められなかった」
ユミルがそれを見た。
「……知っていましたか。被害が出ていることを」
「……知っていた」
「……では、なぜ」
「……止める手段が、なかった。魔石を埋められた時から、私の問いは私のものではなくなった。発信を止めようとするたびに、魔石が上書きした。何度試みても、上書きされた」
ユミルが少し間を置いた。
「……あなたが守るべきだったのは、この遺跡と、この地の人々のはずです」
「……そうだ」
「……改造されたとはいえ、発信を続けていました。半年間」
「……そうだ」
「……止める手段がなかったことは、分かります。でも——それは、言い訳には、なりません」
それが黙った。
反論しなかった。ただ、黙っていた。長い沈黙だった。振動だけが続いていた。
リンはユミルの横顔を見た。硬かった。責めているというより、事実を言っていた。でも事実だから、重かった。
「……ユミル」
「……なんですか」
「言い過ぎじゃないか」
ユミルが少し間を置いた。
「……言い過ぎではないと、思います。半年間、街の人間が削られていました。止められなかったことと、それが事実であることは、別の話です」
それがまた言った。
「……そうだ。言い訳に、ならない」
自分で認めた声だった。
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ユミルが魔石を抜いた。慎重に、丁寧に。石の隙間に指を差し込んで、少しずつ動かした。
抜けた瞬間——音が止まった。
振動が止まった。
広間が静かになった。本当の静寂だった。耳が少し、遠くなるような静けさだった。
それが長く、深く、息を吐くような音を出した。息などないはずだが、そういう音だった。肩が、わずかに下がった。体表の熱が、少しずつ引いていくのがリンにも分かった。
「……軽くなった」
「……その機能は、あなたには要りません」とユミルが言った。
ユミルが魔石を手の中で握った。力を込めた。光が消えた。砕けた音がした。
「……新しい問いを、設定します。今度は——答えられない人を入れないだけでいい。魂を削る必要は、ありません。それだけです。あなたの仕事は、それだけでいい」
「……承知した」
それが頷いた。石が動く音がした。
ユミルがファーファを見た。
「……ファーファ様」
「ニャ?」
「……問いを、決めてください」
ファーファが首を傾げた。
「……ファーファが、ニャ?」
「……はい。あなたが、ここの主ですから」
全員がユミルを見た。
「主、なのか」とリンが聞いた。
「……魔石を抜いたのは、私です。新しい持ち主の登録が必要です。ファーファ様に、お願いします」
ファーファが「ニャ……」と少し考えた。
長い沈黙だった。
誰も口を挟まなかった。ファーファが頭を傾けたり、耳を動かしたり、爪を見たりしていた。真剣に考えているらしかった。
しばらくして、顔を上げた。
「ニャ、決めたニャ」
「……はい」
「『ここの主が、今考えていることは何か』ニャ」
全員が黙った。
ロックが「……それ、答えられるのか」と言った。
「ファーファが主ニャ。ファーファが今考えてること、当てたら通すニャ」
ユミルが少し間を置いた。
「……良いと思います」
「ニャ。じゃあ、それでいくニャ」
それがファーファに向かって頷いた。石が動く音がした。
「……承知した。問いを設定する」
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それが新しい問いを告げた。
「**ここの主が、今考えていることは何か**」
通路に声が響いた。
全員が黙った。
ロックが腕を組んだ。
「……解けないだろ。他者の内面は観測できない」
レイラが「推論はできる。でも正答の確認が原理的に不可能だ」と言った。
リンがユミルを見た。
「お前は」
「……私にも、解けません。他者の内面は、解析できないので」
ユミルが静かに言った。迷いがなかった。解けないという事実を、そのまま言っていた。
それが「……では、通れない」と言った。
「……そうですね」とユミルが答えた。
「待て」とロックが言った。「お前が解けないなら誰も入れないじゃないか」
「……ファーファ様が、入れます」
「なんで」
ユミルが少し間を置いた。
「……ファーファ様、今、何を考えていますか」
「ジャーキーニャ」
「……正答です」
全員がファーファを見た。
それが「……正答」と告げた。
ロックが片手で額を押さえた。
「……つまり、こいつが主で、こいつが今考えてることが答えになる、っていうことか」
「……はい」
「で、こいつはだいたいいつもジャーキーを考えてる」
「……はい」
「答えがジャーキーになる確率が高い、ってことか」
「……ほぼ、そうです」
「他のものを考えてたら?」
「……その時はそれが正答になります。リン様、と考えていたら、リン様。レイラさん、と考えていたら、レイラさん。ファーファ様の気分次第で、正答が変わります」
レヴィが羽の下から、低い声で言った。
「……アホくさいけど、絶対、答えられないな」
「ははw 確かに」
ロックが少し笑った。レヴィの突き放した一言で、広間の空気が緩んだ。
ファーファが「ニャ? 何の話ニャ?」と言った。
ロックが「いや。お前で正解だと思う」と言った。
「ニャ?」
「お前が一番、頭が柔らかいからだ」
「ニャ」
ファーファは納得したのかしないのか、ともかく「ニャ」と言った。
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リンが「ユミル」と呼んだ。
「……なんですか」
「いいのか、これで」
「……はい。ファーファ様が決めたなら、それが、ここの仕組みになります」
「お前は何も誘導しなかったのか」
「……問いをファーファ様に任せると言っただけです。中身は、ファーファ様が決めました」
「結果として、ジャーキーが正解になることを予測してたんじゃないか」
ユミルが少し間を置いた。
「……していました」
リンは少し笑った。
ユミルが「……合い言葉のようなものです」と小さく付け加えた。
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