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209 ナツメヤシの夜


 実がなっていた。主人に聞くと「食っていい」と言われた。ファーファが「食うニャ」と言い、全員が中庭に出た。


 夜だった。砂漠の夜は空が広い。星が多かった。昼間の熱が砂の中に沈んでいって、代わりに冷たい空気が降りてきていた。


 ファーファが実を一つ手に取り、ニャルニルで軽く温めた。温まった実を口に入れた。


「……甘いニャ」


 もう一つ温めて、ティルフィングに向けた。リンの腰に差さったままだった。ファーファが鞘の前に実を置いた。


「ティルフィング、これ、ナツメヤシニャ。甘いニャ」


 ティルフィングは何も言わなかった。剣は喋らない。ファーファはそれでも実を置いたまま離れなかった。しばらく待った。


「……シャイニャ」


 レイラがそれを見ていた。


 何かが、口の端で動いた。笑い、とまでは言えない。でも固い表情から、何かが抜けた瞬間だった。砂漠の夜の灯りの下で、リンはその変化を見た。


「……不思議な、剣だ」


「ティルフィング、シャイニャ。でも、いい剣ニャ」


 ロックが中庭の縁に腰を下ろして空を見ていた。レヴィが肩の上で羽を広げ、また畳んだ。


「砂漠の星は、海の星と違う」


「どう違う」


「海の星は揺れる。波に映るからな。揺れて、滲んで、消えそうになる。砂漠の星は動かない。岩みたいに、そこにある」


 リンは上を見た。確かに動かなかった。ピンで留めたように、そこにあった。


「どちらがいい」


 ロックが少し考えた。


「海の星の方が、生きてる感じがする。砂漠の星は——永遠みたいで、少し怖い」


 レヴィが静かに「ダンナらしい」と言った。ロックが「うるさい」と返した。


---


 屋根に上がる梯子があった。ユミルが「上に行っていいですか」と主人に確認した。主人が「いい」と言った。


 二人で屋根に上がった。


 砂漠の夜の景色だった。街の灯が低く点在して、その向こうは砂と岩だけだった。星だけが近かった。どこまでが地上でどこからが空か、境目がわからなくなりそうだった。


 ユミルがしばらく見ていた。それから言った。


「……たまに来ましょう、と、湯の宿で約束しました」


「ああ、約束したな」


「……砂漠の温泉は、ないですね」


「砂漠に温泉はないな」


「……残念です」


 リンは少し笑った。ユミルが空を見ていた。


「……でも、星は綺麗です」


「そうだな」


「……湯の宿の星より、近いです。ヴァナールの星より、近いです。砂漠が一番、近い気がします」


 リンは屋根の上に寝転がった。背中に熱が残っている砂の温度が伝わってきた。昼の砂漠の熱が、夜の冷たさの中にまだ残っていた。


「お前は、どこの星が一番好きだ」


 ユミルが少し考えた。


「……リン様と見ている星が、一番好きです」


 リンは何も言わなかった。


 ユミルが「……今のは、少し言い過ぎましたか」と言った。


「言い過ぎじゃない」


 しばらく、二人で空を見ていた。


---


 中庭ではまだ声がしていた。


 ファーファが「ニャツメヤシ、まだあるニャ」と言い、ロックが「それはナツメヤシだ」と返した。レイラが水を飲んでいた。レヴィが羽を畳んで目を閉じていた。


 普通の夜だった。


 明日には神殿の調査が始まる。でも今夜は、普通の夜だった。


---


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