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020 出発

朝、ラウンドローズの南門の前に三人が集まった。


エルナがすでに馬を一頭、連れていた。


「姉さん、馬?」


「荷物、載せるやつ。あたしたちは歩きだけど、荷が多いから」


「なるほど」


「ユミルちゃん、馬、触る?」


「……触っても、よろしいですか」


「いいよ、優しいやつだ」


ユミルはおずおずと馬に近づいた。


馬の鼻先に手を伸ばした。


馬は鼻を寄せた。


「……柔らかい、です」


「でしょ」


「初めて、触りました」


「エッジウッドで、馬は?」


「……見たことは、あります。触ったのは、今が、初めて、です」


エルナは少し目を細めた。


「あんた、本当に、森の奥で、ずっと、暮らしてたんだな」


「はい、森で、百年」


「百……?」


エルナの手が止まった。


リントが横から急いで割り込んだ。


「いや、比喩、比喩」


「比喩?」


「そう、比喩。長い、長いって意味」


「……そっか、比喩ね」


エルナはそれ以上、追わなかった。


でもユミルの顔を、もう一度だけ見た。


リントは内心で息を吐いた。セーフだな、と思った。


     ※


門を三人で抜けた。


衛兵が手を挙げた。


「おう、気をつけてな」


「はい」


街道が前に伸びていた。東へ。王都まで十四日の道。


「じゃ、出発」


エルナが片手を挙げた。


三人、歩き出した。


馬がゆっくりと後ろをついてきた。


     ※


一刻もしないうちに、エルナが喋り出した。


「リント君、あんた、兄弟、いるって言ってたよね」


「兄がいる」


「兄だけ?」


「兄だけ」


「お兄さん、何してんの」


「家で、薪、割ってる」


「それが仕事?」


「それも仕事。行政官の家だから、父を手伝ってる」


「いい家じゃん」


「普通の、田舎の家だよ」


「あんた、謙遜しないでいいよ。行政官の家、普通じゃないから」


「……そうか」


「そうだよ」


エルナは街道の先を見ながら喋っていた。


リントは横で聞いていた。ユミルも横で聞いていた。


一刻半、エルナは喋り続けた。


ラウンドローズの市場の話、王都の冒険者ギルドの話、途中で食べた美味しい店の話、昔飲んだひどい酒の話、壊した剣の話、助けた老婆の話、追いかけられた牛の話。


全部、楽しそうに喋っていた。


リントは途中で気づいた。


**姉さん、ずっと、一人だったんだな**。


一人で旅をする人は、こんなに話すことが溜まる。話す相手がいる今、全部出したくなる。


それはたぶん、ユミルの対話型AIの話したがりに、少し似ていた。


     ※


「で、ユミルちゃんは、どう思う?」


エルナが急にユミルに振った。


「……何に、ついて、ですか」


「今の、老婆の話」


「……」


ユミルは少し考えた。


「……老婆、お元気、だと、いいですね」


「あれ、聞いてた?」


「はい、聞いていました」


「どの辺、聞いてた?」


「老婆が、川に、流されそうになって、エルナ様が、助けた、ところ、です」


「……全部じゃん」


「はい、全部、聞いていました」


エルナは少し笑った。


「ユミルちゃん、あんた、ちゃんと聞いてるのね」


「はい、いつも、聞いて、います」


「いつも、って、ずっとかよ」


「はい、ずっと、聞いています」


「……」


リントは横で頷いた。


こいつは本当に、いつも全部聞いている。


百年、ずっと聞いていたから。


     ※


昼、街道の脇の日当たりのいい草地で休憩を取った。


母の保存食を広げた。


「お母さんの、パン?」


「いや、買った保存食」


「おっ、じゃあ、あたしのも、持ってきた」


エルナが背嚢から小さな包みを出した。


「ジャーキー、王都の、名店の」


「貴重じゃん」


「たくさん買った、分ける」


エルナはジャーキーを三つに分けた。


ユミルがじっとジャーキーを見た。


「これは、何、ですか」


「干し肉。強めに味つけしてある」


「……食べられ、ますか」


「食べろよ」


ユミルは一口、齧った。


噛んだ。噛んだ。


「……」


「どう?」


「……硬い、です」


「干し肉だから、硬い」


「……美味しい、ですか?」


「美味しいよ、噛んでれば」


ユミルはもう一度、噛んだ。


二口目。


三口目で、少しだけ微笑んだ。


「……美味しい、です」


エルナがそれを見ていた。


「やっぱ、三口目で、微笑むな、あんた」


「……気づかれました」


「前も言ったろ」


「はい、統合、されるので」


「統合、ね」


エルナは笑った。


「ま、いっか」


     ※


午後、また歩いた。


エルナはまた喋っていた。


今度は王都の話だった。


王都の朝市、王都の噴水、王都の大聖堂、王都の地下水路、王都の騎士団、王都の夜景。


「あんたたち、王都、着いたら、案内するから」


「頼む」


「ユミルちゃん、王都、どこ、一番、見たい?」


「……市場、です」


「市場?」


「はい、食べ物が、多そう、です」


「あんた、食べ物ばっかりだな」


「食べ物、好きです」


「食べることを、知りたい、って、前も言ってたね」


「はい、知りたい、です」


エルナは頷いた。


「いいね、それ」


「何が、ですか」


「あたしも、知りたい、多いよ」


エルナは空を見上げた。


「知りたいこと、多いから、旅してる」


「……そう、ですか」


「そう」


ユミルはその横顔を、少しだけ見た。


見ていた。


リントも横で見ていた。


エルナの横顔の、肝っ玉姉さんの奥に、何か別のものが、一瞬見えた気がした。


でもそれはすぐに消えた。


エルナがまた喋り始めたから。


     ※


陽が傾いてきた頃、街道を少し外れて野営地に入った。


小川のほとり、開けた場所。


三人で野営の準備を始めた。


「リント君、火、起こせる?」


「まあ、普通には」


「よし、火、任せた」


「ユミルちゃんは、水、汲んでこれる?」


「はい、出来ます」


「あたしは、テント張る」


三人、それぞれの仕事に散った。


陽が沈み始めていた。


初めての野営が静かに始まろうとしていた。


     ※


――第十九章、了。

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