019 装備を買おう
市場に三人で出かけた。
エルナが先頭を歩いていた。ずかずかと、慣れた足取りで。
「ついて来な」
「はい、姉さん」
「ユミルちゃんも、迷子になるなよ」
「迷子には、なりません」
「なんでそんなに自信あるんだよ」
「……地図、頭の中に、あります」
「あんた、地図まで、持ってるのかよ」
「持っています」
「……」
エルナが振り返ってリントを見た。
「リント君、あんたの連れ、すごいね」
「まあ、な」
「どうしてそんなに淡々としてるの」
「慣れた」
「……早いな、慣れるの」
「一週間で、慣れた」
「……すげえな、あんたも」
※
最初にエルナが連れて行ったのは、武器屋だった。
店の前でエルナがリントの剣を指差した。
「その剣、だめ」
「だめ?」
「だめ。弓のサブで持つには、重すぎる。あんた、弓が本業だろ」
「そうだけど」
「もっと軽いの、買い替えな」
「金、ない」
「あたしが、助言するだけ、助言するから、予算内で、一番いいの、買いな」
「……」
エルナは店の中にずかずかと入っていった。
リントはユミルと顔を見合わせた。
「y」
「はい」
「こういうの、姉さん、任せていい?」
「はい、お任せ、で」
「お前、ほんと、丸投げするな」
「はい、信頼、しています」
「真顔で言うな」
「……すみません」
ユミルは少しだけ頬を赤くした。
エルナの、昨夜の教育が、効き始めているらしかった。
※
店の中でエルナは短剣を、何本か手に取った。
「これ、重量、どうだ、リント君」
「軽いな」
「これは?」
「もう少し、重い」
「じゃ、こっちは?」
「これが、ちょうどいい」
「決まりだ。それにしな」
「……早いな、選ぶの」
「あたし、買い物、早いんだよ」
「姉さん、普段から、そんな感じ?」
「そう。迷うと、負ける」
「負けるって、誰に?」
「店主に」
「……」
エルナは店主に値段を交渉し始めた。
「おっちゃん、この短剣、いくら?」
「銀貨五枚」
「高い」
「正当な値段だ」
「おっちゃん、うちら、新人冒険者だよ、負けて」
「新人でも、値段は、値段だ」
「じゃあ、四枚で」
「……四枚半」
「じゃ、四枚半、それに、砥石、付けて」
「……砥石は、別料金だ」
「砥石、付けて」
「……しょうがねえな、付ける」
交渉は三十秒で終わった。
リントは横でぽかんと見ていた。
ユミルも横でぽかんと見ていた。
「……姉さん」
「ん」
「すげえな」
「慣れだよ、慣れ」
エルナは短剣をリントに渡した。
砥石も一緒に押し付けられた。
※
次は保存食の店だった。
エルナが干し肉の塊を指差した。
「これ、三日分。こっちが、五日分。予算、どれくらいある?」
「銀貨、十枚」
「じゃあ、五日分を、二つ。合計十日分」
「ユミル、食う?」
「……食べます」
「じゃ、もう一つ、追加で」
エルナが店主に声をかけた。
「五日分、三つ」
「銀貨、九枚」
「……九枚? 三つで?」
「はい」
「おっちゃん、安くない?」
「エルナちゃんだから、負けてんだ」
「……ありがとう、おっちゃん」
「いいってことよ」
エルナは保存食を受け取った。
ユミルがリントの袖を小さく引いた。
「リン様」
「ん」
「エルナ様、この町、顔が、広いです」
「うん、広いな」
「何故、でしょう」
「……ラウンドローズ、過去に、何度か、来てるんだろ」
「はい、そう、みたいです」
ユミルは少し考えた。
「……エルナ様の、観察、続けます」
「続けるなよ、観察」
「癖、です」
「直せ」
「はい」
※
最後にエルナがリントを布屋に連れて行った。
「布?」
「旅装。あんたの服、そろそろ、汚れが取れないぞ」
「え、そんなに?」
「そんなに」
リントは自分の袖を見た。
確かに汚れていた。
「旅の、基本服、二着、買いな」
「ユミルは?」
「ユミルちゃんは、ローブのままでいい」
「……私の、服は、汚れません、か?」
「汚れるでしょ、普通は」
「……いえ、私は、あまり、汚れません」
「なんでだよ」
「……体質、です」
「……そういうの、あるんだ」
「あります」
リントは横で、麦酒を飲んだことを後悔した。
噎せそうになったから。
※
市場を一通り回り終わった頃。
エルナがジョッキで水を飲みながら、地図を広げた。
「で、道のりね」
リントとユミルが覗き込んだ。
「ラウンドローズから、東に、三日。最初の町、**ブリッドリー**」
「聞いたこと、ない」
「小さな町、人口、三百くらい。街道の、中継地点」
「なるほど」
「ブリッドリーから、さらに東に、五日。次の町、**ヴェスティア**」
「これは、聞いたこと、ある」
「古都、ヴェスティア。王都より、古い歴史がある町」
「へえ」
「ヴェスティアから、さらに東に、四日。最後の町、**カルデア**」
「それから?」
「カルデアから、二日で、王都」
「合計、十四日?」
「道中、野営、休息、含めて、二週間」
「長いな」
「短くはない」
エルナは地図をしまった。
「で、宿、食事、装備、武器、全部、揃った。明日、出発」
「了解」
「了解、です」
三人、同時に頷いた。
※
その夜、葉巻亭の食堂で、最後の夕食を三人で食べた。
女将が特別に、豚の煮込みを出してくれた。
「明日、出発か」
「はい」
「無事に、戻ってきなよ」
「はい」
「エルナちゃん、リント君とユミルちゃん、頼んだよ」
「任せて、女将さん」
エルナは女将の肩を叩いた。
女将は笑った。
「あんたが言うと、頼もしいわ」
「当然」
「調子、乗るなよ」
「乗ってる」
女将は笑いながら厨房に戻っていった。
※
食後、リントはユミルと部屋の窓辺に立っていた。
町の灯りが通りに並んでいた。
「y」
「はい」
「明日、出発だな」
「はい」
「いよいよ、王都、か」
「……いよいよ、です」
「緊張する?」
「……少し、します」
「お前、緊張するのか」
「はい、します」
「珍しいな」
「……百年ぶり、の、長旅、です」
「……そうか」
リントはユミルを見た。
ユミルは窓の外を見ていた。
白い髪がランプの明かりで、少しだけ、金色に光っていた。
「y」
「はい」
「いい旅に、しような」
「……はい」
「姉さん、いい人、だしな」
「はい、いい人、です」
「お前の、恋愛教育も、進みそうだしな」
「……リン様、それは、忘れて、ください」
「忘れないぞ」
「……」
ユミルは少しだけ頬を赤くした。
窓の外で町の鐘が夜を告げた。
※
――第十八章、了。




