018 のんべぇ ねぇさん
夕方、葉巻亭の食堂に三人で集まった。
エルナは既に麦酒を一杯、飲んでいた。
「早いな、姉さん」
「一杯、飲まないと、話、始まらない」
「始めるの、早くない?」
「あたしの人生、だいたい、一杯目からだよ」
「……」
リントは諦めた。
ユミルがリントの隣に座った。
「ユミルちゃん、今日は、飲む?」
「……昨日の、教訓、があります」
「教訓?」
「苦い、です」
「慣れだって」
「慣れたく、ないかも、しれません」
「……」
エルナが吹き出した。
「あんた、いい加減、慣れなよ」
「検討、します」
「検討するなよ」
リントは横で笑った。
※
女将が料理を持ってきた。
肉の煮込み、パン、焼いた芋、葉野菜のサラダ。
リントのジョッキには麦酒、ユミルのカップには水、エルナは二杯目の麦酒。
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
「……乾杯」
三つの器が軽くぶつかった。
エルナが一気に半分、飲んだ。
リントは一口、飲んだ。
ユミルは水を一口、飲んだ。
「ユミルちゃん、あんた、水かよ」
「はい、水、です」
「せっかくの、門出なのに」
「門出は、水でも、成立、します」
「……そうかもしれないけど」
「水の方が、体に、いいです」
「あんた、いちいち、正論で来るねえ」
「……はい」
エルナは笑いながら麦酒を飲んだ。
「気に入ったよ、あんた」
「……はい、ありがとうございます」
※
食事が進んだ。
ユミルがパンを一口、食べた。
二口目を食べた。
三口目を食べた。
それから、少しだけ微笑んだ。
「……美味しい、です」
エルナがそれを見ていた。
「あんた、三口目で、微笑んだね」
「……」
「毎回?」
「……毎回、です」
「なんで?」
「……三口目で、味が、定着するから、です」
「定着?」
「はい。一口目は、認識。二口目は、確認。三口目で、味覚情報が、統合、されます」
「……」
エルナは少し目を丸くした。
それから声を上げて笑った。
「統合するのかよ、味覚情報を」
「はい」
「あんた、面白いなあ、ほんと」
「……面白い、ですか」
「すげえ、面白い」
ユミルは少し頬を赤くした。
リントは横で麦酒を飲みながら笑った。
※
「で」
エルナがジョッキを置いた。
「これから、十日か、二週間、一緒に旅する」
「うん」
「よろしくな、あんたたち」
エルナは手を差し出した。
リントはその手を握った。
「よろしく、姉さん」
「ユミルちゃんも」
ユミルは少し考えた。
それから、両手でエルナの手を包むようにして握った。
「……よろしく、お願いします」
「両手、かよ」
「はい、両手、です」
「気合、入ってんな」
「はい、気合、入っています」
エルナが笑った。
笑いながら、ユミルの手をぎゅっと握った。
「あたしも、よろしくな、ユミルちゃん」
「はい」
※
食事が一段落した頃、エルナが話を切り出した。
「で、明日の出発前に、一つ、言っておくことがある」
「なに」
「ユミルちゃん」
「はい」
「あんた、リント君のこと、好きでしょ」
ユミルは一拍、止まった。
「……はい、好きです」
「即答かよ」
「はい、即答です」
「……」
リントは麦酒を噎せそうになった。
「y、それ、ストレートすぎる」
「ストレート、以外、どう答えるのですか」
「……」
「好きか、嫌いかの、二択ですよね?」
「いや、まあ、そうだけど」
「好きです」
「……」
エルナがテーブルに突っ伏して笑った。
「あんた、ほんと、最高だわ」
「……最高、ですか」
「最高」
リントは天井を見た。
こいつを恋愛方面で、いじるのは、絶対に、得策じゃ、ない。
※
エルナはひとしきり笑った後、顔を上げた。
「ユミルちゃん、あんた、もう少し、**駆け引き**、覚えな」
「駆け引き」
「うん。『好き』を、すぐに、言わない。少し、隠す。そうすると、相手が、気になる」
「……非効率、ですね」
「非効率?」
「好きなら、好きと、言えば、合理的、です」
「……合理的は、それはそうだけど」
「違いますか?」
「……違う、ね」
「なぜ、ですか」
エルナはジョッキを持ち上げた。
「あんたさ、恋愛の、本質、分かってない」
「……分かって、いないです」
「正直だな」
「はい、正直、です」
エルナは笑った。
「まあ、いいか。おいおい、覚えていけばいいや」
「はい、勉強、します」
「勉強するのかよ」
「はい、勉強、大事です」
リントはもう、諦めて笑った。
こいつの恋愛教育は、エルナに任せるしかなかった。
※
夜、部屋に戻って、リントはベッドに横になった。
ユミルは窓辺に立っていた。
「y」
「はい」
「明日から、旅、だな」
「はい」
「姉さん、いい人だな」
「はい、いい人、です」
「お前の恋愛教育、姉さんに、丸投げしていいか」
「……はい、丸投げ、で」
「即答かよ」
「はい、即答、です」
リントは笑いながら目を閉じた。
窓の外で、町の鐘が夜を告げた。
※
――第十七章、了。




