189 シギ
ロックが口を開いた。
「俺たちは、自分のことを、十二柱と呼んでる」
「ああ」
「ただし、自称だ。誰かに任命されたわけじゃない。集まった時に、そういう数になってた、というだけだ」
ロックは卓に手を組んだ。手枷の鎖がわずかに鳴った。
「俺は、その中の一人だ。連絡係を、ずっとやってる」
「で、他の柱は」
「全員の能力は、知らない」
ロックは首を横に振った。
「同じ組織にいても、互いの手の内は、見せ合わない。情報を持ちすぎると、寝返った時に組織全体が崩れる。だから、それぞれが、最低限の情報で、動いてる」
「ふん」
「俺は連絡係だから、他より少しは、知ってる方だ。だが、それでも、全部じゃない」
「お前の手で、勝てない奴は」
「いる」
ロックは淡々と答えた。
「俺の認識操作と転移で、届かない奴がいる。何人か。詳しくは、まだ言えない。釣り出す段階で、教える」
リンは頷いた。
※
ローズが卓の脇から軽く咳をした。
「ロック様。一つ、伺ってよろしいでしょうか」
「ああ」
「組織は、我々の街に、どこまで入り込んでいたのですか」
「街には、ティルス殿と、俺と、もう一人」
「もう一人」
「ヘルム。お前らが、以前、機能を剥がした、と聞いてる」
トビーが扉の脇でわずかに動いた。
「ヘルム、街にいたのか」
「ああ。最近まで。ティルス殿の、隠れた手駒として、動いてた」
ロックはローズを見た。
「街に、組織の根は、もう、残ってないよ。ティルス殿が捕まり、ヘルムが角笛を失い、俺が、ここにいる。ヴァナールの、組織側の駒は、空っぽだ」
ローズは深く頷いた。
「ご証言、ありがたく」
※
リンは卓の上の魔石を、軽く指で押した。
「で、これだ」
「ああ」
「これで、釣れるんだな」
「釣れる」
ロックは口の端を緩めた。
「俺が、この場所から、逃げ出した、と組織に伝える。お前らの隙を見て、転移で抜けた、と。捕まってる間に、お前らの内側を、見てきた、と」
「スパイの報告か」
「そうだ」
「……」
「俺は、お前らに潜り込んだスパイ、として、組織に連絡を入れる。連絡用の魔石を使ってだ。組織は、そう信じる」
「信じるか」
「信じる。俺の前科がない。連絡係として、長くやってきた。組織は、俺を、まだ、自分の駒だと思ってる」
ロックはレヴィを肩で揺らした。
「報告には、本当の情報を、少し混ぜる」
「本当の情報を」
「ああ。嘘だけだと、信用されない。だから、無害な範囲で、本物を流す。お前らが、どんな旅程で、どこへ向かう予定か、その程度だ」
「ふん」
「引き換えに、組織の動きが、お前らに、筒抜けになる」
ロックの目が少しだけ鋭くなった。
「他の柱が、どこで、何をしようとしてるか。次に、誰を狙うか。製造拠点を、どこに作り直そうとしてるか。全部、お前らに、入る」
リンは卓を軽く撫でた。
「バレたら、お前は」
「終わりだ」
ロックは平らに答えた。
「組織が、俺を、消しに来る。レヴィも、一緒に」
「**……まあ、覚悟は、しておる**」
レヴィが肩で淡々と返した。
「**……長く、生きすぎたしな**」
「うるさい、レヴィ」
ザクが低く呟いた。
「悪い話、ではない、な」
「ああ」
グレンがゆっくり頷いた。
「だが、決めるのは、リン殿だ」
リンは頷いた。
「考える」
「ああ。急がなくて、いい」
ロックは椅子に背を預けた。
※
リンはしばらく卓を見ていた。
ロックも何も言わなかった。
ローズが卓の隅で書類を整えていた。
ファーファが袋から新しいジャーキーを一本取り出した。齧った。
しばらくして、リンが口を開いた。
「ロック」
「ああ」
「お前らの目的は、何だ」
ロックの目がわずかに動いた。
「ああ」
「魔力を集めて、何をしたい」
「集めて、どうしたいか、までは、俺は、知らない」
ロックは首を横に振った。
「組織の目的は、この世界を、コントロールすることだ。それは、知ってる。魔力を、無尽蔵に、集めることが、その手段だ。それも、知ってる」
「だが、その先は」
「分からない」
ロックは淡々と続けた。
「集めて、何に使うか、組織の中でも、知ってるのは、上の数人だけだ。俺の階層には、降りてこない」
「上って、誰だ」
「それも、釣り出しの段階で、話す」
「ふん」
リンは頷いた。
「で、お前は」
「ああ」
「お前個人は、何が、目的なんだ」
ロックはしばらく卓を見ていた。
それから低く答えた。
「この世界が、好きなんだ」
「……」
「支配したい、わけじゃない」
ロックの声は平らだった。
「組織にいたのは、別の理由だ。今は、その理由も、ほぼ、消えてる」
「目的があった、ってことか」
「ああ」
「諦めた、のか」
「……諦めた、と、自分には、言ってきた」
レヴィが肩で軽く首を傾けた。
「**……ダンナ、それは、嘘よな**」
「うるさい、レヴィ」
「**……お嬢さんを、見ておると、ダンナ、目の色が、変わる**」
「レヴィ」
「**……諦めの色、では、ない**」
ロックは息を吐いた。
レヴィの嘴を軽く押し戻すような仕草をした。
「……諦めきれて、いない、かもしれない」
低い声だった。
「それが、本音か」
「ああ」
ロックはリンを見た。
「リン君」
「ああ」
「俺の、個人的な話、聞きたいか」
リンはしばらくロックを見ていた。
「お前が、話したいなら、聞く」
「……話す」
ロックは卓を見た。
ファーファがジャーキーを袋に戻した。
袋の口を、紐で結んだ。
※
「最初は、組織の任務だった」
ロックの声は低かった。
「ある国に、監視対象がいた。シギ、と、いう女だった」
ユミルがわずかに目を伏せた。
リンはユミルを見なかった。
「俺は、潜り込んだ。スパイとして、近づいた」
「ふん」
「仲良く、なった」
ロックは卓を見ていた。
「最初は、仕事のつもりだった。距離を詰めるための、芝居のつもりだった」
「……だが、途中から、芝居じゃなくなった」
「シギは、俺の話を、聞いてくれる人だった」
「俺が、組織で何をしてるか、知らないままで、それでも、俺の隣にいてくれた」
ロックは息を吐いた。
「スパイで、いるのが、アホらしくなった」
「任務の報告を、出さなくなった」
「彼女に、喜んでもらえる時間が、幸せだった」
「……それで、俺は、任務を、疎かにしたんだ」
ロックの声がわずかに揺れた。
「組織が、異常を察知した。俺の監視対象なのに、俺が報告を上げない、と」
「別の柱が、送り込まれた」
「制裁、という名目で」
「対象は、俺だった」
ロックはわずかに目を閉じた。
「シギが、庇った」
「俺の、前に、立った」
「……」
「光の中に、消えた」
部屋が、静かになった。
ニャルニルがわずかに向きを変えた。
ユミルは目を伏せたまま、卓の木目を見ていた。
リンはロックを見ていた。
何も言わなかった。
※
ロックはしばらく目を閉じていた。
それからゆっくり開いた。
「組織の、上位柱の、能力だった。詳しい仕組みは、俺は、知らない」
リンの目がわずかに動いた。
ユミルの方を見なかった。
ロックが続けた。
「ヘルムが、報告を、上げてた」
「ヘルム」
「ああ。お前らに、機能剥離された後、組織に、戻ってきたんだ。半分、ぼろぼろのまま」
「……」
「報告の中身、聞いたよ」
ロックはリンを見た。
「お嬢さんのブレスと、シギを消した能力が、似てるってさ」
部屋が、また、静かになった。
ユミルは目を伏せたまま動かなかった。
リンはユミルを見なかった。
ロックもユミルを見なかった。
レヴィが肩で低く言った。
「**……ダンナ、それでも、賭けたいか**」
「ああ」
ロックの声は低かった。
「**……無理かも、しれぬぞ**」
「分かってる」
「**……それでも、か**」
「……それでも、だ」
リンは何も言わなかった。
ユミルも何も言わなかった。
クラケンがユミルの足元で目を閉じていた。
※
ロックは姿勢を戻した。
リンを見た。
「一つ、聞いてもいいか」
リンは頷いた。
「ああ」
「お嬢さん」
ユミルは目を上げなかった。
「ブレス、ファイアウォール、解析、治癒、その他」
ロックは淡々と続けた。
「どれも、十二柱の、誰かの専門と、似てる。だが、それを、一人で、全部、使う」
「……」
「これは、十二柱の上、なんじゃないか、と、俺は、思ってる」
「……」
「俺たちが、組織と、呼んでるものより、上の、存在」
ユミルは何も言わなかった。
目を伏せたまま、卓の木目を見ていた。
リンも何も言わなかった。
ロックは頷いた。
「答えなくて、いいよ」
ロックは椅子に背を預けた。
「答えないこと自体が、答えだ」
レヴィが肩で低く笑った。
「**……ダンナ、これは、深いな**」
「ああ」
「**……賭けるには、十分だ**」
「分かってる」
※
リンがようやく口を開いた。
「ロック」
「ああ」
「お前の見立て、正しいかも、間違ってるかも、俺は、答えない」
「ああ、分かってる」
「だが、お前は、それでも、賭けたいんだな」
「ああ」
「諦めきれて、いない、かもしれない、からか」
リンはロックを見た。
ロックも、リンを見た。
「ああ、そうだ」
リンは頷いた。
「分かった」
「お前の話、聞かせてもらった」
「ああ」
「決める」
「ああ」
リンは卓の上の二つの魔石を布で巻いた。帳面と一緒に脇に寄せた。
「今日は、ここまでだ」
「ああ」
ロックが頷いた。
ガルムが扉の脇で軽く頷いた。
ロックを立たせた。手枷の鎖が再び鳴った。
ロックが部屋を出る前に、リンを振り返った。
「リン君」
「ああ」
「ありがとう」
短い声だった。
リンは頷いた。
何も言わなかった。
ロックは部屋を出た。
ガルムが扉を閉めた。
※
部屋に残った者だけになった。
グレンが、リンを見た。
「リン殿」
「ああ」
「考える時間、必要か」
「ああ」
「夜まで、待つ」
「ああ」
グレンは立ち上がった。ザクも続いた。
ローズが書類を抱えた。
「リン様、聴取の記録、整えておきます。ご判断、お聞かせいただいた後、商業ギルドの立場として、対応いたします」
「頼む」
ローズは頭を下げて、部屋を出た。
トビーが、扉の脇で、リンを見た。
「リン」
「ああ」
「アンタの、判断、待つ」
「ああ」
トビーも部屋を出た。
部屋にはリン、ユミル、ファーファ、ニャルニル、クラケンだけが残った。
ユミルはまだ目を伏せていた。
リンはユミルを見た。
「ユミル」
「**……はい**」
短い声だった。
「外、出るか」
「**……はい**」
二人は部屋を出た。
ファーファが袋を抱えて、後ろをついてきた。
外は午後の光だった。
街の屋根の向こうに、空が広がっていた。
ファーファが袋から、ジャーキーを一本取り出した。齧り始めた。
「**……主、お腹、すいた、ニャ**」
「ああ」
リンはユミルの肩を軽く見た。
ユミルが目を上げた。
リンを見た。
何も言わなかった。
リンも何も言わなかった。
二人はゆっくり街を歩いた。
ー了ー




