188 雄鶏の羽
朝、リンたちは冒険者ギルド舎を訪れた。
トビーが入口で待っていた。
「来たか」
「ああ」
「上、行こう」
トビーは先に立って階段を上った。
二階の奥、ティルスの執務室。扉に鍵がかかっていた。トビーが鍵を開けた。
部屋は静かだった。
机、椅子、書架。窓辺に剣が立てかけてあった。捕縛時に押収した装備の一部だった。
リンは部屋を見回した。
ユミルが横で静かに目を動かしていた。
ファーファは戸口で袋を抱えたまま、入るかどうか迷っていた。
「**……ファーファ、入る、ニャ?**」
「ああ、入っていい」
ファーファは頷いて入った。袋の口を開けて、ジャーキーを一本取り出して齧り始めた。
トビーが机の前に立った。
「右の引き出しから、開ける」
「ああ」
引き出しを引いた。
書類の束。事務記録。受付の写し。冒険者の依頼台帳。普通のものだった。
二段目。
封のかかった書類が数通。トビーが封を確認した。
「商業ギルドへの回答書類だな。捜査の混乱、と書いてある。例の止め文句」
「ああ」
トビーは口の端を曲げた。
三段目。
奥の方に、布で巻いたものがあった。
トビーが取り出した。
布を解いた。
中に、小さな魔石があった。親指の先ほどの大きさ。淡い青色。表面に薄く文様が刻まれていた。
「……何だ、これ」
トビーが呟いた。
「分からん」
リンが受け取った。手のひらに乗せた。
ユミルがリンの横から覗いた。
「**……魔力反応、微弱。起動、不可、現状**」
「ふん」
リンは魔石を布で巻き直した。
四段目。
革張りの帳面が一冊。表紙に何も書かれていなかった。
トビーが開いた。
文字が並んでいた。だが、読めなかった。
字は書き慣れた手のものだった。だが単語が、知らない並びだった。隠語、あるいは符号。
リンも横から覗いた。
ページをめくった。
中盤、ある一行が、強く書かれていた。インクが滲んでいた。書き直しの跡もあった。何度も筆を止めたような、間が、紙に残っていた。
リンは何も言わなかった。
ページを進めた。
別のページで、文字が乱れていた。同じ単語が三度書かれて、二度消されていた。
リンはまた何も言わなかった。
帳面を閉じた。
「持っていくか」
トビーが聞いた。
「ああ」
リンは帳面を布に包んだ。
魔石と帳面。
机の中に、それ以外、特別なものはなかった。
※
聴取の部屋は、ギルド舎の一階の奥にあった。
窓のない部屋。机が一つ、椅子が四つ。壁際にも椅子が並んでいた。
グレンとザクが先に着いていた。ローズも横に座っていた。
リンとユミルが奥の席についた。トビーが扉の脇に立った。
ファーファ、ニャルニル、クラケンは部屋の隅の壁際に座った。
ファーファは床に袋を置いた。ジャーキーを一本取り出して、また齧り始めた。
ニャルニルはファーファの隣で静かに座っていた。
クラケンは、ユミルの肩から離れて、ファーファの近くの床に降りた。
監視の布陣だった。だが、見た目は、ジャーキーを食べている子供と、そのお供だった。
グレンが、リンに向かって頷いた。
「では、始めよう」
「ああ」
トビーが扉を開けた。
ガルムがロックを連れてきた。
ロックの両手に手枷。鎖が短く、歩くたびに金属の擦れる音がした。
ロックの肩には、レヴィが乗っていた。黒い雄鶏。羽は艶やかで、目だけが鋭かった。
ガルムはロックを部屋の中央の椅子に座らせた。手枷を机に固定した。
それから、扉の脇に立った。トビーの反対側。
ロックが軽く息を吐いた。
「やあ」
軽い声だった。
「リン君。お久しぶり」
「昨日も会っただろ」
「ああ、そうだったかな」
ロックは口の端を緩めた。
レヴィが羽を一度震わせた。それから、部屋の隅に目をやった。
「**……ふむ**」
低い声だった。
「**……ニョルニル、生きておったのか**」
ファーファの隣のニャルニルが、わずかに反応した。鎚頭が、少しだけ向きを変えた。
「**……今は、新しい主だ**」
ぼそっとした、低い声だった。
ファーファがジャーキーを齧りながら頷いた。
「**……いま、は、ニャルニル、ニャ**」
レヴィが首を傾けた。
「**……ニャルニル、か**」
「**……はい**」
「**……それは、よかった**」
短い一言だった。
レヴィはそれ以上、何も言わなかった。羽をもう一度震わせて、ロックの肩に収まり直した。
ロックが横目でレヴィを見た。
「……長いな、お前の付き合い」
「**……ダンナ、知らぬことも、多かろう**」
「ああ、そうだろうな」
部屋の温度がわずかに動いた。
リンはそれを見ていた。
何も言わなかった。
※
リンは布で巻いたものを机の上に置いた。
包みを開いた。
魔石を机の中央に置いた。
「これは何だ」
ロックは魔石を見た。
「ああ」
短い反応だった。
「これは連絡用だね」
「連絡用」
「ああ。俺に連絡してきてたよ」
ロックは淡々と言った。
「ティルス殿が」
「ふん」
「他の柱との連絡にも使う。組織の標準装備だ」
リンは頷いた。
「使い方は」
「ああ」
ロックが肩のレヴィに目をやった。
「レヴィ」
レヴィが首を軽く振った。
それから、嘴を自分の翼の付け根に差し込んだ。
ごそ、と音がした。
嘴が何かを引き抜いた。
小さな魔石だった。机の上のものと同じ大きさ。同じ色。
レヴィが嘴で魔石を、机の上にぽとりと落とした。
「**……ダンナ、これか**」
トビーが目を見開いた。
リンも一拍止まった。
「お前」
「ああ?」
「いつから、それ、持ってた」
「ああ」
ロックがレヴィを見た。
「いつからだ?」
「**……ずっと、持っておった**」
「だってさ」
ロックは口の端を緩めた。
「うるさい、レヴィ」
「**……ダンナの、命令、なきゆえ、出さなかったまでよ**」
「だから、うるさいって」
ローズが机の脇で軽く咳をした。
笑いを堪えた音だった。
グレンは表情を変えなかった。だが、目がわずかに動いた。
ザクが低く呟いた。
「……身体検査、見落としか」
ガルムが扉の脇で、わずかに首を傾けた。
「**……雄鶏の、羽の、内側までは、検めぬのが、世の習いよ**」
レヴィが淡々と返した。
ガルムは口を結んだ。
リンは机の上の二つの魔石を見た。
「で」
ロックを見た。
「これで、俺たちは、何ができる」
「ああ」
ロックは軽く頷いた。
「君らが何をしたいか、によるね」
「他の柱を、釣れるか」
「ああ」
ロックの目が少しだけ鋭くなった。
「釣れる。条件はあるけど」
「言え」
「焦らないでくれ、リン君」
ロックは椅子に背を預けた。
「俺の話、長くなるよ」
「ああ」
「最初から、聞いてくれるか」
リンは頷いた。
「聞こう」
※
リンはもう一つの包みを机に出した。
帳面だった。
ロックの目が、それを捉えた。
一瞬だけ、表情が動いた。
リンは帳面の表紙に手を置いた。
「これも、机にあった」
「ああ」
「ティルスのものだ」
「ああ」
「中、見たか」
「いや」
ロックは首を横に振った。
「読めなかった。隠語だ」
「そうだろうね」
ロックは机の上の帳面を見ていた。
「……人の日記を見るのは、いい趣味じゃないね」
低い声だった。
軽口の温度ではなかった。
リンはロックを見た。
「ああ」
ロックは続けた。
「ティルス殿の本心が、書かれてるのは、確かだとは、思う」
ロックは、それ以上、何も言わなかった。
リンは帳面を見た。
それから、布で巻き直した。
机の脇に置いた。
ロックが、わずかに息を吐いた。
肩のレヴィが、ロックの耳元に、嘴を寄せた。
「**……ダンナ**」
「分かってる」
ロックは小さく頷いた。
「リン君」
「ああ」
「話を始めようか」
「ああ」
リンは、卓に、両手を、組んだ。
ロックが、口を、開いた。




