181 光と熱と衝撃
===== ファーファルート =====
ファーファが岩の柱を蹴った。
天井近くまで跳ね上がる。岩肌に立てた爪。引き抜きながら、空中で姿勢が決まった。
下を見た。
ティルスは広間の中央で、長剣の切っ先を上に向けていた。落下を迎え撃つ姿勢。
ファーファの口元が笑った。
革帯から戦槌を抜く。リンから預かったニャルニル。
両手で握り、落下しながら回転を加える。空気が唸った。黒い影が空中で渦を作った。
「**……みんな、いくにゃ!**」
「**……承知**」
「**……ぴゅ**」
回転の勢いを投擲に乗せた。
---
ニャルニルがファーファの手を離れる。空中で銀灰色に変じ、次の瞬間、白熱化したジルコニウムと化していた。
ティルスの長剣が迎撃に出た。
「**……攻撃、検出。投擲物、対象、確定。停止、開始——**」
ティルフィングの、声が、走り始めた。
`exec.judgment --target=projectile --condition=`
`ERROR: 投擲物、攻撃者、不在。判定、不能`
コマンドが途中で途切れた。
「**……ティルス、判定が、降りない**」
ティルフィングの声が、わずかに、震えた。
「**……これは、ただの、物理現象——**」
ティルスは長剣を握ったままだった。能力は、発動しなかった。
白熱化したジルコニウムが、ティルスの足下に、迫った。
ティルフィングが、低く、言った。
「**……ティルス、申し訳、ない**」
——剣身がティルスと迫る熱の間に割って入った。
剣として。武器として。ただ、主の前に、立つ。
戦槌がティルスの足下に落ちる。
※
水滴が、白熱した戦槌に触れる、その一瞬。
時間が遅くなった。
水が、瞬時に、白い気体に変わる。
膨張する空気。
岩の床がたわむ。空気そのものが押し出される。耐えがたい熱風がティルスの正面を打つ——目の前しか見えない、革鎧の表面が焦げる、剣身が熱で歪む、ティルフィングが主の盾になっている——
ティルスの体が宙に浮いた。岩の壁まで吹き飛ばされる。長剣を握った手も、一緒に、吹き飛ばされた。
——白い水蒸気の内部から、別の衝撃が湧いた。
水素の引火。
ダメ押しの爆発が、白の中で炸裂する。
光と、熱と、衝撃。
岩の壁が削れ、装置の残骸が引き裂かれた。
遺跡ごと、揺るがす、遅れた轟音。
衝撃波が広間の天井から床まで駆け抜けた。
---
静寂。
白い水蒸気が立ち込めていた。
ファーファは爆風の外側を抜けて、岩の床に降り立っていた。
ティルスは岩の壁の下に倒れていた。革鎧が焦げていた。腕の表皮が赤く爛れていた。傍に長剣が転がっていた。剣身がわずかに歪んでいた。表面が焦げて黒い。
ファーファの口が開いた。
「**……スーパースチームヤキヤキ君アタックにゃ**」
低く、満足そうな声。
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ティルスの傍にしゃがんだ。岩の床から長剣を拾う。剣身は熱で歪み、表面が黒く焦げていた。だが、折れてはいなかった。
剣身からわずかに声が漏れた。
「**……ティルス、無事か**」
小さな応答。気遣う声。剣の盾としての役目を果たした声だった。
ファーファは長剣をティルスの脇に丁寧に置いた。
「**……ティルフィングさん、生きてたニャ**」
「**……ファーファ殿。我が、主が、無事なら、それで、よい**」
ティルスの目がわずかに開いた。
「**……ティルフィング、貴公が、間に、入ったか**」
「**……他に、為すべきことが、なかった。判定は、降りなかった**」
「**……」**
「**……済まぬ、ティルス**」
ティルスはしばらく目を閉じた。
「**……礼を、申す。我が、相棒**」
「**……武人さん、生きてるニャ**」
「**……ファーファ、殿**」
ティルスの声は掠れていた。
「**……ヴィレム殿の供述、聞き及んだ。クレタ殿の言葉も、聞き及んだ**」
ファーファは答えなかった。
「**……私の、公正は、間違って、いたのかも、しれぬ**」
「**……」**
「**……だが、それでも、私は、武人として、貴殿に、敗れた**」
ファーファの口元が動いた。
「**……武人さん、強かったニャ**」
「**……礼を、申し上げる**」
ティルスは目を閉じた。
「**……縛られる、よ。抵抗は、せぬ**」
革帯から捕縛用の紐を取り出した。事前に用意してきたもの。両手を後ろで縛る。両足首も縛る。
肩に担ごうとして、できなかった。
ティルスは長身。ファーファの黒猫獣人姿は小柄。重量差が大きすぎた。
「**……武人さん、重いニャ**」
「**……済まぬ**」
「**……引きずるニャ**」
「**……どうぞ**」
片腕を掴んで、岩の床を引きずり始めた。
長剣をティルスの体の上に置いた。武人と相棒は、引き離さない。
途中で、岩の床に転がっていたニャルニルを拾う。性質変化は戻り、温度も下がっていた。
「**……ニャルニルさん、お疲れ様ニャ**」
「**……ファーファ様、無事で何より**」
「**……すごい技ニャ。また、お願いするかもニャ**」
「**……承知。ただし、リン様の許可を、得てから**」
「**……ニャ**」
ニャルニルを革帯に戻し、ティルスを再び引きずり始めた。
岩の床をティルスの体がずるずると進む。広間の入口に向かって、ゆっくりと。
ティルスは目を閉じていた。掠れた息だけがわずかに聞こえていた。武人として、敗者として、これ以上口を開かなかった。
ファーファの耳が、ぴくりと動いた。
別の方向の奥から、何か低い気配があった。確かなものではない。けれど主の戦っている方向。
ファーファはしばらくその方向を見ていた。
それから引きずる手を再開した。
—了—




