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170 裁きを待つモノ


商業ギルド舎の表の応接、煤と倒れた椅子の向こう、正面の前庭で剣戟の音と人の声が断続的に響いていた。


リンは応接の戸の手前で矢筒を一度確認した。腰に十五、背に十五。十分。


ガルムが隣で低く言った。


「リン様、私は中距離、剣で対峙いたします。リン様は遠距離の弓、ファーファ様は近接。三方向からティルス殿を、押さえます」


「分かった」


ユミルが低く言った。


「**……ティルス様、本人の腕は第五柱です。剣の達人、と想定すべきです。それから、もう一点**」


「ん」


「**……ティルス様の能力、まだ分かっていません。第五柱には、必ず固有の力があります。何か、見せてくる可能性があります**」


「警戒しろ、ってことか」


「**……はい。観察を、緩めません**」


ニャルニルが続けた。


「**……私からも、観測を入れます。ティルス様の動きの予兆、剣の振りの軌道、すべて、リン様にお伝えします**」


「頼む」


クラケンがファーファの肩で軽く触手を動かした。


「**……ぴゅ**」


ユミルが訳した。


「**……クラケンも、援護の準備をしている、と申しております**」


ファーファが低い姿勢で身構えた。獣人の戦闘前の構え。古竜の威圧を、まだ抑えている。


「**……主、ファーファ、ナイフ、使う、ニャ**」


「お前のナイフ、何の細工もないやつだな」


「**……ニャ。普通のナイフ、ニャ。ファーファの爪より、ちょっと長い、ニャ**」


「ニャルニルは」


「**……背中、で待機します。私に切り替えるご判断は、リン様にお任せします**」


「分かった」


リンは弓を構え直した。


「行く」


ガルムが応接の戸を開けた。


---


正面の前庭、商業ギルド舎の正門を挟んだ石畳の広場。普段は商人の馬車が止まる場所、今は煤と倒れた荷馬車と木箱の破片で雑然としていた。火の手は警備隊の初期消火で収まっていたが、煙の匂いはまだ濃かった。


前庭に、人がいた。


商業ギルド側の警備隊が左右に十数名、剣を構えて散開していた。冒険者ギルド側は革鎧と外套の隊員が十二、三名。前庭の中央近くに肩幅の広い男が一人、剣を抜いて立っていた。


ティルス。


歳は四十前後、長身、鍛えられた体躯。腰の長剣を抜き身のまま下げていた。剣の構えに気負いはなかった。ただ、立っている。それだけで、周囲の空気がこの男に引っ張られていた。


ティルスがリンに気付いた。


「リン殿」


声に感情はなかった。事務的な公務の声。


「鉱山跡から、お早いお帰りで」


「お前、街で何をしてる」


「街の混乱の収拾だ。火災の発生、商業ギルドの不審な動き。冒険者ギルド長として、当然の対応だ」


「商業ギルド舎の占拠は、その一部か」


「占拠ではない。捜査だ。書類は用意してある」


ティルスが空いた左手で、ふところから書類を取り出した。広場の警備隊の何人かに見える形で。


ガルムが警備隊員と共に、前庭の左右に展開した。冒険者ギルドの隊員と商業ギルドの警備隊員が、それぞれの位置で剣を構え直した。緊張が前庭全体に広がった。


ユミルが低く言った。


「**……書類、あの方の関わる印が、押されています。冒険者ギルド長単独の権限では、ありません**」


「あの方が、ティルスを動かしてる」


「**……はい。書類の偽造の精度が、極めて高いです**」


リンは矢を抜いた。番えはせず、弦に触れる位置まで上げた。


「ティルス、お前を生きたまま、領主館に引き渡す」


「ご親切に」


ティルスは剣を持ち直した。間合いを測る目だった。


ファーファが、地を、蹴った。


---


石畳を、爪が、削った。


獣人の影が、低く、伸びた。


ティルスとの距離が、半分。


ファーファのナイフが、抜かれた。


横薙ぎ。


刃先が、革鎧の腹を、撫でた。


布が、裂ける、低い音。


皮膚に、赤い線が、一筋。


そこで、


——獣人の体が、止まった。


振り抜いた姿勢のまま。前足の爪が、石畳に、刺さったまま。尻尾の毛が、立ったまま。


「**……主**」


ファーファの口が、わずかに、開いた。


「**……動けない、ニャ**」


ティルスは、左手で、自分の脇腹を、軽く撫でた。指先に、わずかな血。それだけだった。


剣は、構えたまま。


そして、


——ティルスの右足が、上がった。


革のブーツの底が、ファーファの脇腹を、捉えた。


——蹴りが、入った。


獣人の体が、横に、飛んだ。


石畳を、二度、転がった。


ファーファの体が、地に着いた瞬間、


——ナイフが、手から、離れた。


獣人の四肢が、動いた。


「**……ニャ**」


ファーファの低い唸り。古竜の威圧が、抑えきれずに、立ち上がった。だが、すぐには、ティルスに、踏み込めなかった。蹴られた腹を、押さえる動作が、先に来た。


リンの指が、矢筈に、触れた。


息が、細くなる。


距離、十五歩。風、なし。


指が、止まった。指が、離れた。


——空気を切り裂く音。


ティルスの剣が、わずかに、上がった。


刃の腹に、矢が、当たった。


金属の、軽い音。矢が、石畳に、転がった。


そして、


——リンの右腕が、止まった。


弓を構えた姿勢のまま。次の矢に伸びた左手が、矢筒の縁で、固まったまま。指の先が、わずかに、震えた。震えるだけだった。


ティルスは、リンを、見なかった。


剣を下ろすことも、しなかった。


ただ、矢を払った姿勢のまま、ガルムの方に、視線を、移した。


「ユミル」


声は、出た。喉だけが、動いた。


「**……exec、scan、対象、ティルス様の処理空間**」


ユミルの手元で、光の薄い板が開いた。


光の板の表面に、文字列が、流れた。ユミルだけが、読める文字。


```

SUSPEND: ファーファ

PATTERN: ナイフ/横薙ぎ

LOCK: 全身、姿勢固定

RELEASE: judge.intervene 待機


SUSPEND: リン

PATTERN: 矢/直線

LOCK: 全身、姿勢固定

RELEASE: judge.intervene 待機

```


「**……ティルス様の側に、処理が、見えます。攻撃の発信源ごとに、停止状態が、記録されています**」


ガルムが、剣の柄を、握り直した。


「リン様」


「動けない」


ガルムが、ティルスに、目を戻した。


踏み込み——足の指が、地を、噛んだ。


体は、動いた。


ガルムの眉が、わずかに、寄った。それから、剣が、振られた。


ティルスの剣が、それを、受けた。


刃と刃の、鈍い接触音。


火花が、一つ、散った。


ガルムだけが、動けていた。


---


ユミルが低く言った。


「**……分かりました。ティルス様の能力、攻撃の意志の発信源を、特定して、停止させます。攻撃そのものは、止まりません。発信源が、固まります**」


「攻撃は届くのか」


「**……はい。リン様の矢は飛びました。ファーファのナイフも、刃が届きました。ですが、放った瞬間に、放った発信源が、固まります**」


「ファーファは動いた。蹴られた後だ」


「**……はい。そこが、鍵です。ファーファは、ティルス様の干渉を受けて、停止が解けました。光の板に、judge、intervene、と、表示されました。裁きの執行、という意味です**」


「リンは、何もされてない」


「**……はい。リン様には、judge、intervene、が、入っていません。だから、動けません。ティルス様が、何もしない限り、停止は、続きます**」


「裁きを受けるまで、停止か」


「**……はい。古い言葉で、そう呼ぶのが、近いと思います**」


「ガルムは、なぜ動ける」


「**……ガルム様の剣戟、ティルス様が剣で、受け続けています。受けた瞬間ごとに、judge、intervene、が、発生しています。剣戟の度に、裁きが、執行されています。だから、ガルム様の停止は、累積しません**」


「裁かれるまで、動けない、か」


ガルムがティルスの剣を、もう一度受けた。


剣戟が続いていた。ガルムの剣の腕は、商業ギルドの警備隊長として十分なものだった。だが、ティルスは第五柱、剣の達人。ガルムは押されていた。徐々に、後ろに下がっていた。


リンは弓を構えたまま、動けなかった。ファーファは、ティルスの剣の先が自分に向いた瞬間、また固まっていた。


ティルスがガルムの剣を弾いた。ガルムが、わずかに後退した。


ティルスは、追わなかった。


剣を下ろして、リンの方に、視線を、向けた。


「リン殿、貴公の弓は、極めて優れている。鉱山跡の煙、捕虜の確保、ここまでの動き、すべて、的確だった」


リンは、答えなかった。声は出るが、体が、動かない。矢筈に触れた指が、震えるだけだった。


「貴公がここまで来ることは、想定の範囲だった。だが、貴公が、ここで終わることも、想定の範囲だ」


ティルスの剣の先が、ファーファの方に、わずかに、向いた。


ファーファは、蹴られた腹を、押さえながら、低い姿勢で、構えていた。古竜の威圧が、空気を、押していた。だが、ティルスの剣の先が、自分に向いた瞬間、ファーファの体が、また、固まった。


「**……ニャ**」


ファーファの口から、低い唸り。


ユミルが、低く言った。


「**……ファーファ、ティルス様を、攻撃の意志で、見ました。それで、また、停止しました**」


「意志を向けるだけで、引っかかるのか」


「**……はい。攻撃の意志が、構築された瞬間、対象として、捕捉されます**」


リンは、弓を握ったまま、動かない自分の指を、見た。


ティルスは、リンの方に、目を戻した。


「貴公は、しばらく、そのままだ。動けるようになる頃には、私は、ここにいない」


ティルスは左手の血を布で押さえながら、ガルムに向き直った。


「警備隊長殿、貴公一人で、私を、止められると思うか」


ガルムは剣を構え直した。だが、剣の先が僅かに揺れていた。


「リン様、ファーファ様、解除を、試みております。お待ちください」


ガルムの声は、商業ギルドの警備隊長として隊長らしい落ち着きを保とうとしていた。だが、目の奥に焦りが見えた。


ティルスが剣を構え直した。ガルムに踏み込んだ。


剣戟が再び始まった。ガルムは押されていた。一回、二回、三回。徐々に、剣の振りが追いつかなくなっていった。


リンは動けない体の中で、考えていた。矢、弓、ファーファ、ガルム、ティルスの能力、解除の手段。すべての情報が、頭の中で回っていた。


ユミルが低く言った。


「**……リン様、もう一つ、観察できました**」


「ん」


「**……ガルム様の剣戟は、ティルス様が受けることで、相互の攻撃になっています。これは、停止の対象から、外れます**」


「だな」


「**……ですが、ガルム様だけでは、ティルス様を、止め切れません。剣の腕の差が、大きいです**」


「俺とファーファが、動けないと、勝てない」


「**……はい**」


リンは矢を構えたまま、目を閉じた。動かない体の中で、思考だけが動いていた。


---


その時、前庭の隅、煤で焦げた木箱の影から男が現れた。


紺色のフードを目深に被った男。歩幅は急がなかった。ゆっくりと、ティルスの方に近づいていった。


ニャルニルが低く言った。


「**……あの方、来ました**」


ガルムがフードの男に気付いて、剣を一瞬その方角に向けた。だが、ティルスの剣がすぐガルムを追撃した。ガルムはティルスの剣に集中せざるを得なかった。


フードの男はティルスの数間後ろまで近づいて、足を止めた。


「ティルス殿」


低い、落ち着いた声。前回、第一遺跡で聞いた声と同じ声音だった。


「ご苦労でした。ここまでで、十分です」


ティルスが剣をガルムに向けたまま、わずかに振り返った。


「そうか」


「お引き上げください」


ティルスはしばらく動かなかった。それから、ゆっくり剣を下ろした。ガルムも剣を下げた。だが、ガルムの剣の先は、まだティルスを向いていた。


ティルスは左手の血を布で押さえたまま、フードの男の方にゆっくり後退し始めた。


フードの男はティルスの背後で、静かに片手を上げた。


その瞬間、リンの視界が、わずかに揺らいだ。


前庭の景色が一瞬、ぼやけた。商業ギルドの警備隊員も、煤の匂いも、煙の色も、何もかもが、わずかに薄くなった。


「**……認識操作です**」


ユミルが低く言った。


「**……皆様の知覚を、ぼやけさせて、ティルス様の退路を、隠しています**」


「俺は」


「**……動けないリン様に対しては、別の効果が、入っています。ティルス様の輪郭を、追えなくしています**」


リンは目を凝らした。それでも、ティルスとフードの男の姿が、わずかに滲んでいた。輪郭が、はっきり見えなかった。


ガルムが、その瞬間踏み込もうとした。


だが、ガルムの体も、わずかによろめいた。フードの男の認識操作が、ガルムにも、わずかに入っていた。


「リン様」


ガルムの声が後ろに聞こえた。


ティルスは、フードの男と共に前庭の奥、応接の方角とは反対側の路地に消えていった。


冒険者ギルドの隊員も、指揮官の退避を見て続けて後退し始めた。商業ギルドの警備隊が追撃しようとしたが、フードの男の認識操作の余波で、どの方向に追えばいいか、一瞬迷った。


その隙にティルス一行は、街の路地に消えた。


---


「**……停止、解除されました。ティルス様が、能力の維持を、解いた、と思われます。場を離れる際、対象を残す必要が、なくなりました**」


「あいつ次第か」


「**……はい。ティルス様の側で、能力の維持を、続けるかどうか。今回は、退避のために、解いたようです**」


ファーファがジャーキーをくわえたまま、すぐにティルスの逃げた方角に走り出そうとした。


「ファーファ、止めろ」


「**……主、追えるの、ニャ**」


「フードの男の認識操作の中だ。追っても、捉えられない」


「**……ニャ……**」


ファーファは不満そうに、尻尾を揺らした。だが、リンの判断には従った。獣人姿のまま、ジャーキーを齧り直した。


ガルムが剣を下ろして、リンに駆け寄った。


「リン様、お怪我は」


「俺は、無事だ」


「ティルス殿、逃しました。私の腕では、止め切れませんでした」


「お前のせいじゃない。あれは、俺たちが動けない時点で、終わってた」


ガルムは深く頭を下げた。


「商業ギルド警備隊として、不甲斐なく、申し訳ございません」


「お前は、最後まで踏み込んでくれた。十分だ」


ユミルが低く言った。


「**……ガルム様、ご無事で、何よりです。ティルス様の剣に、最も近い距離で、対峙していました。怪我がなかったのは、ガルム様のご技量です**」


ガルムは剣を鞘に納めた。指先が、わずかに震えていた。


---


冒険者ギルドの隊員のうち、逃げ遅れた者は、商業ギルドの警備隊が順次捕縛していった。前庭は、徐々に静かになっていった。


リンは地面に落ちた矢を拾った。三本、無傷だった。矢筒に戻した。腰の十五本は、まだ揃っていた。


サフラスとローズとヘンリーが地下から上がってきた。前庭の状況を見て、ローズが息を呑んだ。


「リン様、ご無事で」


「ティルスは、フードの男に、回収された」


サフラスが深く頷いた。


「逃げられましたか」


「ああ。だが、ヴァナールでの、ティルスの権威は、ここで、終わった」


「左様にございます。冒険者ギルド長が、捜査の名目で武装襲撃を行い、その後、退避した。これだけの事実があれば、領主グレン様への直訴は、十分に成立いたします」


ヘンリーが続けた。


「明朝、領主館への直訴の準備、整えております。ティルス殿が逃亡した、という事実も、追加の証拠になります」


リンは矢筒を撫でた。


「ティルスの能力、見えた」


ユミルが低く言った。


「**……攻撃した者を、停止させる能力です。停止は、ティルス様からの干渉を受けるまで、続きます。一対一では、ほぼ無敵に近い、能力です**」


「対策は」


「**……検討の余地が、いくつかあります。今夜、整理しておきます**」


「頼む」


ファーファがジャーキーを齧りながら、リンの隣に来た。


「**……主、あいつ、嫌い、ニャ。ファーファ、動けなくされた、ニャ**」


「お前を縛れる相手、貴重だな」


「**……ニャ。次、ファーファ、もっと、ちゃんと、戦う、ニャ**」


「分かった」


ファーファは不機嫌そうに、ジャーキーを噛み千切った。古竜の獣人姿のまま、自分が縛られたことが許せない、という顔だった。


ユミルが低く言った。


「**……リン様、ファーファの言葉、重要です。ファーファを止めた敵は、これまで、いません。ティルス様の能力は、ファーファに、明確な対策を取らせる、必要があります**」


「お前、何か、見えたか」


「**……一つ、仮説があります。ですが、検証が必要です。今夜、確認させてください**」


「分かった」


リンは応接の方に向かった。商業ギルド舎の中、夜の静けさが、煤の匂いと共に戻ってきていた。


---


夜が更けていた。


商業ギルド舎の応接で、リンは椅子に腰を下ろした。ファーファがジャーキーを齧りながら、隣の椅子に飛び乗ってきた。獣人姿のまま、リンの肩に軽く尻尾を巻きつけた。


「**……主、お疲れ、ニャ**」


「お前もな」


「**……ファーファ、あいつ、次、潰す、ニャ**」


「冷静にな」


「**……ニャ**」


ユミルが低く言った。


「**……リン様、明日の直訴、準備が必要です。それから、ティルス様の能力への、対策も、考えます**」


「お前の仮説、聞かせてくれ」


「**……まだ、整理中です。ですが、一つ、はっきりしていることがあります。ティルス様の能力は、攻撃した者を捕捉して、停止させます。捕捉のロジックには、必ず、穴があります**」


「穴」


「**……攻撃の意志を、別の対象に向ける、という方向が、一つです。それから、ティルス様自身が、攻撃と認識しないものを、通す。この二つの方向に、対策の手があります**」


「具体的に」


「**……今夜中に、整理して、ご報告します。ご相談したい点も、あります**」


「分かった」


ニャルニルが低く言った。


「**……リン様、私からも、一つ。ティルス様の干渉が、剣戟の度に、ガルム様に入りました。剣士として戦う限り、ティルス様の干渉は、絶え間なく、続きます。ガルム様が、それを、証明しました**」


「だな」


「**……つまり、剣を持つ者が、囮になれば、リン様の弓も、活きます。ガルム様は、明日以降の作戦に、極めて重要です**」


リンは頷いた。


クラケンがファーファの肩で、軽く動いた。


「**……ぴゅ**」


ファーファが訳した。


「**……主、クラケン、何か、考えてる、って、ニャ**」


「お前、訳が雑だぞ」


「**……ニャ。ファーファ、雑、なの、ニャ**」


「**……ぴゅ**」


クラケンは、もう一度軽く触手を動かした。それから、ファーファの首に巻き付き直した。何かを考えている、らしい姿勢だった。


ユミルが低く言った。


「**……クラケンも、独自に、対策を考えているようです。クラケンの感応は、私たちと、また違います。後で、確認します**」


「頼む」


リンは応接の天井を見上げた。商業ギルド舎の古い梁。煤で、わずかに黒ずんでいた。だが、燃え落ちることなく残った。


明日の朝、領主館。直訴。鉱山跡の証拠。装置の核。


ティルスの身柄は、ない。


だが、ティルスが街を捨てて逃げた、という事実が最大の証拠になった。


ヴァナール編の決着は、まだ見えなかった。次に、ティルスとフードの男に、どこで会うのか。それは、リンには、まだ分からなかった。


ただ、一つ、はっきりしていた。


次は、ファーファを縛らせない。


—了—


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