156 報告
地上に、戻った時、もう昼だった。
バザールは、人で、賑わっていた。
露店が、並び、声が、飛び交っている。
井戸の脇に、四人が、立っていた。
リン、ユミル、ファーファ、背に、ニャルニル。クラケンは、ファーファの肩。
服が、土で、汚れていた。
リンの肩には、紫の炎の、焦げた跡が、残っていた。ユミルが、地下で、応急の治療は、施した。だが、塞いだだけだ。
ファーファの肩も、同じだった。塞いだ、肉。
リンは、息を、吐いた。
空を、見た。
雲が、薄く、流れている。
——明るすぎて、目が痛え。
「**……拘束、捕虜、回収、必要、です**」
ユミルが、低く、言った。
「ああ」
中で、縛り上げて置いてきた、四人と、三体の、眷属。それから、密造現場の、作業員、三人。合計、十名。
「**……衛兵、呼びますか**」
「いや」
リンは、首を、振った。
「ティルスのとこに、引き渡したくねえ」
「**……承知。スカジー商会、経由、できます**」
「ああ、そっちだ」
リンは、頷いた。
ファーファが、人化のまま、隣に、立っていた。
肩の、塞いだ場所を、軽く、押さえている。
「**……主、ファーファ、お腹、減った、ニャ**」
「お前、いつでも腹減ってんな」
「**……肩、痛かったから、お腹、減った、ニャ**」
「それ、関係ないだろ」
「**……関係、ある、ニャ**」
リンは、ため息を、ついた。
「先に、宿に、戻るぞ」
「**……ファーファ、了解、ニャ**」
四人は、バザールを、抜けた。
※
宿に戻って、装備を、解いた。
ファーファは、人化を、解いた。光が、少年の輪郭を、包んで、形が、変わった。
黒猫が、机の上に、座っていた。
左肩の、毛が、わずかに、焦げている。
「**……主、ファーファ、肩、まだ、痛い、ニャ**」
「だろうな。応急、しただけだ」
リンは、椅子に、座った。
自分の、肩の、傷を、見た。塞いだ場所が、まだ、赤い。
ローブを、脱いだ。
ユミルが、机の脇に、立っていた。
「**……リン様**」
「ああ」
「**……お二人、損傷、表面、塞ぎました。ですが、深部、修復、必要、です**」
「ああ」
「**……リファクタリング、お受け、いただけますか**」
「俺は、後でいい。ファーファから、やれ」
「**……承知、しました**」
ユミルは、ファーファの方に、向かった。
机の上の、黒猫の前に、しゃがんだ。
「**……ファーファ様、肩、お見せ、ください**」
「**……ニャ**」
ファーファは、左肩を、ユミルの方に、向けた。
毛の下に、塞いだ肉が、ある。表面は、塞がっているが、奥の組織が、まだ、損傷している。
ユミルは、両手を、軽く、ファーファの肩の上で、組んだ。
「**……exec.refactor、対象、ファーファ様、損傷、修復、深度、深**」
詠唱が、始まった。
淡い、緑がかった白い光が、ファーファの肩に、注がれた。
光は、柔らかかった。
ファーファの、毛が、立った。
「**……ニャ**」
「動くな」
「**……ファーファ、動かない、ニャ**」
光が、肩の、奥に、染み込んでいった。
塞いだ肉の、深い場所で、何かが、組み直されていく感覚があった。
リンには、それが、何をしているのか、感覚で、分かった。
——前世の、リファクタリング。
——コードの、最適化。
——ついでに、性能、上がる。
光が、収束した。
ユミルが、両手を、離した。
「**……完了、です**」
ファーファが、肩を、回した。
ぐるぐると、回した。
「**……主、ファーファ、肩、痛くない、ニャ**」
「ああ」
「**……それどころか、ファーファ、肩、軽い、ニャ**」
「軽い、か」
「**……ニャ。前より、軽い、ニャ**」
ファーファは、机の上で、立ち上がった。
それから、自分のポケットから、ジャーキーを、出した。
噛んだ。
一口、噛んだ。
それから、ぴたりと、止まった。
「**……主**」
「ああ?」
「**……ジャーキー、旨い、ニャ**」
「いつでも、旨いだろ、お前」
「**……違う、ニャ**」
ファーファは、もう一口、噛んだ。
「**……前より、旨い、ニャ**」
「**……前より?**」
リンは、ファーファを、見た。
「**……ニャ。なんか、味、濃い、ニャ**」
「ジャーキーは、ジャーキーだろ」
「**……でも、旨い、ニャ。前より、旨い、ニャ**」
ファーファは、ジャーキーを、噛みながら、満足そうに、尻尾を、振っていた。
ユミルが、机の脇で、頷いた。
「**……感覚、鋭く、なっています**」
「ああ?」
「**……リファクタリング、損傷、修復、しました。ですが、ついでに、組織、最適化、行われました**」
「最適化、って」
「**……ファーファ様の、舌の、感覚器官、わずかに、向上**」
「マジかよ」
「**……はい**」
リンは、笑った。
——治療で、舌が、よくなった、のかよ。
「**……ファーファ、ジャーキー、もう一個、食べる、ニャ**」
「お前、毎日食べてるだろ」
「**……でも、今日のは、特別、ニャ**」
ファーファは、もう一本、ポケットから、出して、噛み始めた。
リンは、ため息を、ついた。
ユミルが、リンの方に、向き直った。
「**……リン様。次、お願い、します**」
「ああ」
リンは、椅子に、座り直した。
肩の、傷を、ユミルに、見せた。
ユミルが、両手を、リンの肩の、上で、組んだ。
「**……exec.refactor、対象、リン様、損傷、修復、深度、深**」
詠唱した。
光が、リンの肩に、注がれた。
光は、ファーファの時と、同じ、柔らかさだった。
肩の、奥の、何かが、組み直されていった。
リンは、目を、閉じた。
——コードレビュー。
——最適化。
——ついでに、性能。
光が、収束した。
ユミルが、両手を、離した。
「**……完了、です**」
リンは、肩を、回した。
——軽い。
塞いだ肉が、痛くない。
それどころか——
「ユミル」
「**……はい**」
「俺、肩、調子いいぞ」
「**……はい**」
「いつもより、調子いい」
「**……はい**」
「お前、何、した」
ユミルは、目を、伏せた。
「**……損傷、修復、しました。ですが、ついでに、肩の、組織、最適化、行われました**」
「ふん」
リンは、肩を、また、回した。
——軽い。
——前より、軽い。
「弓、引きやすそうだな」
「**……はい**」
「お前、毎回、リファクタリングで、こうなるのかよ」
「**……いつもは、表面、修復、までです。今回、深部、修復、行いました。ですので、ついでの、最適化、深く、効きました**」
「ふん」
リンは、頷いた。
——治療で、強くなる。
——前世の、リファクタリングと、同じ、構造、だな。
ファーファが、机の上で、ジャーキーを、噛みながら、口を、挟んだ。
「**……主、ファーファ、ジャーキー、本当に、旨い、ニャ**」
「分かった、分かった」
「**……主、食べる、ニャ?**」
「いい」
「**……ニャ**」
ファーファは、満足そうに、また、噛んだ。
リンは、笑った。
肩の、調子が、いい。
ファーファの、ジャーキーの、感想は、どうでもいい。
だが、生きてる。二人とも、生きてる。
それで、十分だった。
※
午後、リンは、椅子に、もたれた。
ユミルが、机の向かいに、座った。
「で、ティルスに、何て報告する」
「**……それです**」
ユミルは、頷いた。
「**……正直に、報告、しますか**」
「するわけねえだろ」
「**……承知**」
「**……どこまで、隠しますか**」
リンは、考えた。
「装置を、止めたことは、言う」
「**……はい**」
「術士が、いたことは、言う」
「**……はい**」
「術士が、転移で、消えたことは、言わねえ」
「**……承知**」
「フードの男のことも、言わねえ」
「**……はい**」
「帳簿のことも、言わねえ」
「**……はい**」
「俺らの、負傷も、言わねえ」
「**……承知**」
ユミルは、頷いた。
「**……術士、未確認、装置、破壊、捕虜、若干、と、報告**」
「ああ」
「**……綻び、関連、一切、伏せます**」
「ああ」
リンは、頷いた。
「**……承知、しました。リン様**」
ユミルは、立ち上がった。
「**……夕方、報告に、行きますか**」
「明日にする」
リンは、首を、振った。
「**……理由、お聞きしても**」
「あいつ、術士から、報告、受けるはずだ」
「**……ああ**」
ユミルは、頷いた。
「**……ティルス様の、反応、観察、ですね**」
「ああ」
ユミルは、深く、頷いた。
「**……明日、お供します**」
「ああ」
リンは、椅子の背に、もたれて、目を、閉じた。
ファーファが、机の上から、飛び降りた。
リンの、膝に、登った。
「**……主、疲れた、ニャ?**」
「ああ、疲れた」
「**……ファーファ、隣で、寝る、ニャ**」
ファーファは、リンの膝の上で、丸くなった。
クラケンが、触手を、ファーファの背中に、絡めた。
リンは、軽く、ファーファの背を、撫でた。
肩の、毛が、わずかに、焦げた跡があった。
だが、その下の、肉は、もう、痛くない。
部屋の中に、午後の光が、差していた。
※
夕方、トビーが、また、来た。
裏口から。
部屋に入って、フードを、取った。
灰色の毛並み。少し、痩せた頬。
「無事だったか」
トビーは、言った。
「ああ」
「中で、何があった」
トビーは、椅子に、座った。
リンは、要点だけを、伝えた。
捕虜十名。装置、停止。術士、出現、取り逃がした。
そして——
フードの男のこと。
「フードの男、いた」
「**……マジか**」
トビーが、息を、止めた。
「ああ」
「俺ら、負傷した。ファーファ、肩、抉られた」
トビーが、ファーファを、見た。
ファーファは、リンの膝の上で、ジャーキーを、噛んでいた。
「**……トビー、ジャーキー、旨い、ニャ**」
「ああ?」
「**……前より、旨い、ニャ**」
「お前、何、言ってんだ」
トビーは、リンを、見た。
「あいつ、肩、抉られたのか」
「ああ」
「ケロッと、してるな」
「ユミルが、治した。ついでに、舌が、よくなったらしい」
「**……ジャーキー、感覚、よくなった、ニャ**」
「治療で、味覚が、上がるのかよ」
トビーが、笑った。
「お前ら、本当、変だな」
「ああ、変だな」
リンも、笑った。
ユミルが、机の脇で、目を、伏せていた。
少し、頬が、赤くなった気がした。
「で、フードの男は、どんな、奴だった」
トビーが、続けた。
リンは、目を、細めた。
「あいつが、術士を、強化、してた」
「強化?」
「ああ」
「術士の、姿が、揺れた。複数に、見えた」
「ああ?」
「火球が、別の場所から、飛んできた。撃った場所と、出元が、合わねえ」
「**……マジかよ**」
トビーは、息を、吐いた。
「認識を、操作、する、奴か」
「ああ」
「ヤバいな」
「ああ」
トビーは、頷いた。
「俺、明日、もう一度、覗いてみる」
「ギルド舎の、裏路地、か」
「ああ」
トビーは、頷いた。
「あの男が、また、来たら、知らせる」
「無理すんな」
「ああ」
トビーは、ジャーキーを、ポケットから、出した。
噛んだ。
「五本、まだ、ある」
「**……五日分、ニャ**」
ファーファが、リンの膝の上から、口を挟んだ。
「ああ、五日分だ」
トビーは、笑った。
「**……ファーファ、ジャーキー、前より、旨い、ニャ**」
ファーファが、また、言った。
「お前、それ、何回、言うんだ」
「**……何回でも、言う、ニャ。旨い、ニャ**」
リンは、ため息を、ついた。
トビーが、笑いながら、立ち上がった。
「明日の、夜、また来る」
「ああ」
トビーは、フードを、被り直した。
裏口から、出ていった。
部屋に、夕方の、長い影が、差していた。
ユミルが、机の脇に、立った。
「**……トビー様、無理、しています**」
「ああ」
「**……あの、瓶**」
ユミルは、机の上の、小瓶を、見た。
淡い、緑の液体。
「**……解析、進めます**」
「お前、夜中、寝ろ」
「**……寝ません**」
「ふん」
リンは、笑った。
「お前は、いつでも、合格、だな」
ユミルは、目を、伏せた。
「**……合格、いただきました、ので**」
「ふん」
リンは、ファーファの背を、撫で続けた。
ファーファが、まだ、ジャーキーを、噛んでいた。
「**……主、ファーファ、ジャーキー、本当に、旨い、ニャ**」
「分かったから、寝ろ」
「**……ニャ**」
ファーファは、目を、閉じた。
それでも、口だけは、もぐもぐと、動いていた。
夕方の光が、机の上を、ゆっくり、移動していった。
-了-




