149 ジャーキージャンキー
翌日の朝、リンとファーファはバザールに出ていた。
トビーとの待ち合わせの前に、街で買い物だった。ファーファのジャーキーが心許なくなっていた。多めに買い足しておきたい。
ユミルは宿に残っていた。クラケンと一緒に、調査の準備をしていた。バザール直下の遺跡について街の地図を整理する作業。「**……主、私、頭、整理、します**」と言って、桶の前で書き物をしていた。
ファーファは少年姿のまま。フードを下ろして、店主たちに「**……ジャーキー、ある、ニャ?**」と聞いて回った。
ヴァナールには肉の干物の店がたくさんあった。山岳の民は肉を干して保存する。ジャーキーは特に、街道商人たちの携行食としてよく売られていた。
ファーファは目を輝かせて、いろんな種類のジャーキーを見て歩いた。
「**……主、これ、買う、ニャ**」
「ああ」
「**……これも、買う、ニャ**」
「ああ」
「**……これも**」
「お前、選べ」
リンは財布をファーファに渡した。
ファーファが財布を握って、店主と交渉を始めた。「ニャ」と「ニャ」と「ニャ」だけで、なぜか商談が成立する。店主が笑って、ジャーキーを多めに包んでくれた。
「**……主、安く、なった、ニャ**」
「お前、商売、向いてるな」
「**……ニャ**」
ファーファは満足そうに、ジャーキーの束を腰の袋に詰め込んだ。
その途中だった。
「**……あなた!**」
声がファーファの背中に当たった。
ファーファが振り向いた。
人混みの中から駆け寄ってくる影があった。
少女だった。
淡い茶色の毛並みの猫獣人の少女。商家の娘らしい上品な服。
クララだった。
「**……あなた**」
クララはファーファの前で立ち止まった。息が上がっていた。走ってきたらしい。
「**……探していました**」
「**……ニャ**」
ファーファは首を傾げた。
クララは両手で、何かを握っていた。
布で包まれた小さな包み。
クララはゆっくり布をほどいた。
中からジャーキーが一本、出てきた。
クララが山道でファーファに握らされたジャーキー。
「**……これ、まだ、持っています**」
クララが両手でそれを、捧げるように見せた。
ジャーキーはしっかり布で包まれていた。色も形も、ほとんど変わっていなかった。
リンは横で、その光景を見ていた。
ファーファはしばらくジャーキーを見ていた。
それから首を傾げた。
「**……一本、足りない、ニャ**」
短く言った。
クララが目を見開いた。
「え?」
「**……二本、足りない、ニャ**」
ファーファは腰の袋から、ジャーキーを二本取り出した。
クララの手に握らせた。
クララの両手の中で、ジャーキーが三本になった。
「**……三本目、ニャ**」
「**……あの**」
「**……二本、追加、必要、ニャ**」
「**……あの**」
クララはジャーキーを三本握ったまま、ファーファを見上げていた。
ファーファは満足そうに頷いた。
「**……主、戻る、ニャ**」
「あ、ああ」
リンは応じた。
ファーファはクララに頭を下げて、踵を返した。
リンもつられて、軽く頭を下げた。
「お、おう」
短く言って、ファーファについて行った。
クララがジャーキーを三本握ったまま、ファーファの背中を見ていた。
声が出ていなかった。
口を何度か開けかけて、閉じた。
頬が赤くなっていた。
リンは振り返らずにファーファの後を歩いた。歩きながら、横目でクララを見た。
クララは握りしめた三本のジャーキーを胸の前に持っていって、ぎゅっと抱きしめた。
それから何かを言いかけた。
止まった。
ファーファはもう、振り返らなかった。
※
二人で、バザールの広い通りに戻った。
リンが立ち止まった。
ファーファを見下ろした。
「お前」
「**……ニャ?**」
「お前、相手、ヤバいやつ、惚れさせたな」
ぽつり、と言った。
ファーファは首を傾げた。
「**……ニャ?**」
「分かってねえな」
「**……ニャ**」
ファーファは腰の袋から、自分のジャーキーを一本出して口にくわえた。齧った。
「**……足りない、なら、足す、ニャ。当然、ニャ**」
「お前」
リンは半分笑った。
「お前、それ、当然、なのか」
「**……ニャ**」
「あの娘、お前のジャーキー、大事に、保管してたんだぞ」
「**……知ってる、ニャ**」
「分かってねえな」
「**……ニャ?**」
ファーファは、本当に、首を傾げていた。
そのとき、横から声がした。
「**……リン様**」
ユミルだった。
宿から出てきていた。クラケンの桶を抱えていた。
「お前、来たのか」
「**……はい。整理、終わりました**」
ユミルは桶を地面に置いた。クラケンが桶の縁から触手を出した。
「**……ぴゅ?**」
「クララに会った」
「**……はい**」
ユミルは頷いた。それから、ファーファを見た。
「**……ファーファ様、対象、好意、強烈、観測**」
ユミルが、ぽつりと言った。
ファーファはジャーキーを齧ったまま、首を傾げた。
「**……ニャ?**」
「**……対象、クララ様、です**」
「**……ニャ?**」
「**……ファーファ様への、好意、強烈、観測**」
ユミルはもう一度、繰り返した。
ファーファはまた、首を傾げた。
「**……ニャ?**」
「**……理解、不可、ですか**」
「**……ニャ**」
ユミルはリンを見上げた。
「**……リン様**」
「ああ」
「**……ファーファ様、理解、していません**」
「だな」
「**……どう、お伝えしますか**」
「言わなくていい」
「**……はい**」
ユミルは頷いた。
「**……ファーファ様、知らないまま、進みます**」
「だな」
ユミルは頷いて、それきり何も言わなかった。
ファーファはジャーキーを齧り続けていた。
「**……主、行く、ニャ。トビー、待ってる、ニャ**」
「ああ」
「**……俺、ジャーキー、多めに、持ってる、ニャ**」
「分かった」
ファーファは、口の端から、ジャーキーをはみ出させたまま、先頭を歩いた。
クラケンが桶からファーファの肩に、触手を伸ばした。ユミルが桶を抱えたまま、ついていった。
リンは振り返って、もう一度クララの方角を見た。
人混みで、もう見えなかった。
「**……あの娘、英雄から、二倍、もらったって、思ってんだろうな**」
ぽつり、リンが呟いた。
ユミルが頷いた。
「**……はい**」
「ファーファは、食料を、足しただけ、と、思ってる」
「**……はい**」
「全部、すれ違ってるな」
「**……はい**」
ユミルは、淡々と頷いた。
「**……ですが、ファーファ様、悪気、ありません**」
「だな」
リンは苦笑した。
「これ、後で、面倒、なる気がするぞ」
「**……はい**」
ユミルはまた、淡々と頷いた。
ファーファはすでに、人混みの先を軽快に歩いていた。
ジャーキーを口にくわえたまま。
【了】




