014 ねえさん
翌朝。
葉巻亭の食堂にエルナがいた。
昨夜と同じ席、同じ椅子、同じ顔。ただし、目の下に少しだけ隈があった。
「おはよう」
リントが声をかけた。
「おう。二日酔い、ってほどでもないけどね」
エルナが片手を挙げた。
ユミルはリントの隣に座った。エルナはじろじろとユミルを見た。
「ユミルちゃん、あんた、昨日、麦酒、飲んだわりに、顔色、変わってないね」
「……代謝、しました」
「代謝?」
「はい、ちゃんと、代謝、しました」
「……代謝するんだ、ちゃんと」
「はい」
「……まあ、いっか」
エルナは深追いしなかった。
リントは内心で、セーフだな、と思った。
※
女将が朝食を持ってきた。パンと、卵と、豆のスープ。
エルナは既に食べ終わっていたが、三人分のパンを見て、また手を伸ばしていた。
「姉さん、飯、食うの早いな」
「朝飯は二回食うのが、王都流」
「嘘だろ」
「嘘だけど」
リントは笑った。
ユミルはパンを一口噛んで、少し黙った。
「どうだ」
「……美味しい、です」
「だろ」
「お母様の、パンとは、違います」
「毎回言うなよ」
「はい」
ユミルはもう一口噛んだ。
エルナが目を細めた。
「あんたたち、仲、いいね」
「そうか?」
「あたしから見ると、すげえ、仲いい」
リントは答えなかった。答えるとろくなことにならない気がした。
※
食事が一段落した頃、エルナが話を切り出した。
「で、本題だ」
「本題?」
「昨日のブレスの話と、今後の話」
エルナはテーブルに肘をついた。
「ユミルちゃん、あんた、紫以上の実力あるよ。間違いない」
「……紫、以上、ですか」
「間違いない。あたしが保証する」
「はい」
「で、リント君」
「はい」
「あんたも、弓の腕は、悪くない。経験さえ積めば、橙、すぐ上がる」
「どうも」
「でだ」
エルナは身を乗り出した。
「あたしの依頼、引き継いでくれない?」
リントは一拍、間を置いた。
「……依頼?」
「王都に戻る途中の、護衛依頼。あたしが一人で受けたんだけど、こっちのラウンドローズ支部の応援に回された関係で、同行者が増やせるんだよ」
「はあ」
「あんたたち、どうせ、町で仕事探すつもりだろ?」
「まあ、そうだけど」
「王都まで、三人で行こう」
リントはユミルを見た。
ユミルはリントを見返した。
「……y、どうする」
「リン様の、判断で」
「俺に、丸投げか」
「はい、信頼しています」
「……」
エルナが吹き出した。
「ユミルちゃん、あんた、いいなそれ」
「何が、ですか」
「『信頼してます』を、真顔で言うところ」
「……真顔、以外で、言う、ものですか」
「普通、ちょっと照れて言うもんだろ」
「……」
ユミルは少し考えた。
「……リン様、信頼、しています」
頬を少しだけ赤くして言い直した。
エルナが今度は声を上げて笑った。
「やっぱ、いいわあんた」
リントは天井を見た。
こいつを真面目にいじるのは、得策じゃない。
※
リントは改めてエルナを見た。
「姉さん」
「ん」
「王都までの道、どんな感じ?」
「三つの町を経由する。最初がブリッドリー、次がヴェスティア、最後がカルデア。ラウンドローズからだと、大体、十日から二週間」
「二週間」
「途中、野営もあるよ」
「分かった」
「で、依頼内容は」
エルナは依頼書を取り出してテーブルに広げた。
「街道の治安維持。道中で出る魔物の討伐、あと、商隊が出す補助の護衛。報酬は三人で分ける、王都到着で全額支払い」
「危険度は?」
「紫一人で受けられる依頼だから、中、くらい。でも、最近、魔物の分布がおかしいから、油断はできない」
リントは頷いた。
「……受ける。でも、一回、村に戻らせてくれ」
「村?」
「親に、報告する」
エルナは少しだけ目を丸くした。
それからにっこりと笑った。
「ああ、いいよ。あたしも、時間はあるから」
「悪いな」
「いや、あんた、いい判断する。ちゃんと報告するの、大事」
エルナはジョッキの水を飲んだ。
「あたし、勝手に王都、出てきた口だから」
「姉さん」
「ん?」
「……なんか、あったの」
「あったね、色々」
エルナは少しだけ笑った。
「また、話すよ、気が向いたらね」
リントは頷いた。それ以上、聞かなかった。
※
朝食の後。
葉巻亭の前でセオが待っていた。
「おう、セオ」
「リント」
セオは少しだけ真面目な顔をしていた。
「話、聞いた。王都、行くんだってな」
「誰に聞いた」
「ギルドのリーファ姉さん。情報、早いだろ、この町」
「早すぎ」
セオは笑った。
「俺も、一緒に行きたいけど」
「家業、あるんだろ」
「ああ。薬草の仕入れ、やらなきゃいけねえ」
セオは少しだけ肩を落とした。
それから顔を上げた。
「でも、また、会うからな」
「うん」
「次、会う時は、俺、もう少しマシな冒険者になってる」
「楽しみにしてる」
「お前らも、気をつけろよ」
「うん」
セオはユミルを見た。
「ユミル」
「はい」
「リント、頼むわ」
「……はい」
ユミルは深く頭を下げた。
セオは少しだけユミルの頭を見て、それから、ぽつりと言った。
「お前、いい奴だな」
「……そう、ですか」
「うん、いい奴だ」
ユミルは少しだけ首を傾げた。
その傾げ方にセオが笑った。
「じゃ、またな」
セオは手を振って、人混みの中に消えていった。
リントはしばらくその背中を見ていた。
※
葉巻亭に戻って、リントは荷造りを始めた。
ユミルは窓辺に座っていた。
「y」
「はい」
「一旦、村に帰るからな」
「はい」
「父さんと母さんに、報告する」
「はい」
「王都に行くって」
「……はい」
ユミルは少しだけ目を伏せた。
「リン様」
「ん」
「お母様、泣かれる、可能性、あります」
「だろうな」
「八十八%」
「計算するなよ」
「計算、しました」
「……」
リントは笑いそうになって、飲み込んだ。
「そんな高確率かよ」
「はい、高確率、です」
「じゃあ、覚悟して帰るか」
「はい」
ユミルは窓辺で少しだけ微笑んだ。
※
――第十三章、了。




