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138 次の依頼


朝ボブが組合の漁師五人を、連れて、宿に来た。


漁師たちは皆、ボブの後ろに整列していた。表情は、固かった。だが目はしっかりリンの方を見ていた。


ボブがリンの前で、深く頭を下げた。


「リン殿。改めて、礼を申し上げます」


「いらねえ」


「いえこれは組合のけじめです」


ボブが頷いた。


漁師たちも、同時に頭を下げた。


「皆、ご苦労」


リンがぽつりと答えた。


「リン殿組合からお礼の、品を、預かっております」


ボブが後ろの、漁師に、合図した。漁師が布で包んだ、何かを、リンに差し出した。


「これは」


「金だ」


「いらねえ」


「受け取って下さい」


「いらねえ」


リンがもう一度ぽつりと言った。


ボブがしばらく止まった。


「リン殿。組合のメンツが、立ちません」


「メンツ?」


「お礼、受け取ってもらえないと、組合、礼を尽くせないことに、なります」


「ああ」


「半分でもいいので、受け取って下さい」


ボブが頷いた。


リンがしばらく考えた。


「分かった。半分受け取る」


「ありがとうございます」


ボブが布の、包みを、半分開いて半分の、金をリンに渡した。残りの半分は、ボブが再び布で包んだ。


「リン殿。あと、もう一つ、お伝えしたいことが」


「ああ」


「クラーケンの肉、ありがとうございました」


「ああ。届いたか」


「届きました。組合の倉庫に、保存しています。漁師たち、家族、これでしばらく食っていけます」


「だな」


「リン殿本当に感謝、しています」


ボブがもう一度頭を下げた。


リンが頷いた。


「ボブさん」


「はい」


「あんた、礼、丁寧だな」


「漁師は義理を、重んじます」


「だな」


ボブがぽつりと答えた。


漁師たちが、もう一度頭を下げた。それからボブと、一緒に、宿を、出た。


エルナが台所から出てきた。


「お前半分受け取ったか」


「受け取った」


「珍しいな」


「ボブのメンツが立つ、らしい」


「だな」


エルナがぽつりと頷いた。


「で、その金、どうする」


「半分宿に置いてく」


「半分?」


「お前面倒見てる分だ」


「お前面倒見られてるのか」


「面倒見られてる」


リンがぽつりと答えた。


エルナがふっと笑った。


「お前素直だな」


「素直だ」


「珍しいな」


「珍しい、か」


「珍しい」


エルナがぽつりと繰り返した。


リンが金の、半分を、卓の上に置いた。エルナがそれを受け取った。


「ありがたく、もらう」


「ああ」


エルナが金を布で包み直した。

午前の、半ばに、サイラスが来た。


宿の食堂でリンと、エルナと、ユミルと、サイラスが卓を囲んだ。トーマスは店の方にいた。ファーファはクラケンの桶の脇に座っていた。


サイラスがぽつりと言った。


「リン様。本国から伝言を預かって参りました」


「ああ」


「第三遺跡の件、連合として深く感謝申し上げます」


「ああ」


「攫われていた漁師全員の無事を確認しました」


「ああ」


「それから漁師たちから、聞き取りを進めました」


「ああ」


「攫われた後、敵側に違法操業を強要されていた、と」


「違法操業」


「禁漁区での夜間の大量漁獲。組合の規則違反、です」


「ふん」


「漁師たちは被害者です。組合は罪を問わない方針、です」


「だな」


「魚の行き先は、当時不明でした」


「ああ」


リンがぽつりと頷いた。


「それから本国の調査結果を、共有させて頂きます」


サイラスが卓の上に地図を広げた。沿岸の地図だった。点がいくつか打たれていた。


「沿岸の他の遺跡について、調査を進めました」


「ああ」


「過去の文献と近年の漁師の報告から、推定できた位置が合わせて八カ所」


「八カ所」


「はい。ですが、いずれも小規模です」


「小規模?」


「はい。建物の規模も機能も、第三遺跡と比べて桁違いに小さい」


「ああ」


「本国の見解を申し上げます」


サイラスがぽつりと頷いた。


「第三遺跡が沿岸の中核でした」


「ああ」


「中核を潰されたことで、他の遺跡は動力を失っています」


「動力?」


「はい。単独では何も起こせません」


「ふん」


リンが頷いた。


「沿岸全域、当面は安全です」


「だな」


リンがぽつりと答えた。


ユミルが横からぽつりと言った。


「**……サイラス様**」


「はい」


「**……他の八カ所、起動の痕跡、ありますか**」


「ありません。冷えた状態です」


「**……了解**」


ユミルがぽつりと頷いた。


サイラスが地図の別の場所を指差した。海岸線から内陸へ伸びる線だった。


「もう一つ、共有させて頂きます」


「ああ」


「第二遺跡で、リン様が交戦された海賊団です」


「ああ」


「本国で追跡を続けていました」


「ふん」


「魚の流通先が判明しました」


「魚?」


「襲われた漁船の魚、それから漁師たちが違法操業で獲らされていた魚です」


「ああ」


「敵が奪った後、どこへ売っていたか」


「ああ」


「山岳地帯です」


リンがしばらく沈黙した。


「山岳?」


「はい」


「ここから、遠いだろ」


「街道で二十日、です」


「だな」


「山岳側で組織的に買い取っている勢力が、あります」


「組織?」


「正体は不明です。ですが大量の魚を、継続的に買い取っている」


「用途は」


「不明です」


サイラスがぽつりと答えた。


リンが地図を見た。海岸線から内陸の山岳へ、線が伸びていた。


「敵組織との、関係は」


「現時点で不明です」


「ふん」


「ですが、無関係とは考えにくい」


「だな」


リンがぽつりと頷いた。


エルナが横からぽつりと言った。


「お前、山岳行くのか」


「行く」


「分かってた」


「分かってた、か」


「分かってた」


エルナがぽつりと答えた。


サイラスがぽつりと続けた。


「リン様。もう一つ、本国から伝言を預かっております」


「ああ」


「ヴァナールから、応援要請が来ております」


「ヴァナール?」


「城塞都市です。獣人の国」


「ああ」


「険しい山に囲まれていて、攻めづらい立地です。ですが内側は、バザールが栄えています」


「ふん」


「同盟経由で要請が来ております」


「内容は」


「ヴァナール側でも、遺跡の異常の報告が出ています」


「ふん」


「魚の流通の件と合わせて、リン様に対処をお願いしたい、と」


「分かった」


リンがぽつりと頷いた。


サイラスが地図の端を押さえた。


「ヴェルナリス連合として、リン様の移動を支援したく存じます」


「支援?」


「運河経由で、ヴァナールの最寄りの港まで軍船でお送りします」


「運河?」


「沿岸から内陸の湖へ抜ける運河があります」


「ああ」


「湖の対岸の港まで、海路で繋がります。陸路より日数は半分」


「だな」


「港から先は陸路です。山が険しいので、馬車と徒歩になります」


「分かった」


リンがぽつりと頷いた。


サイラスが巻物を卓の上に置いた。ヴェルナリス連合の紋章が入った巻物だった。


「依頼内容は、こちらにまとめてあります」


「ああ」


「ヴァナールへの輸送は、本国の負担です」


「ふん」


「沿岸の他の八カ所は、いずれご都合の良い時にご確認をお願いしたく」


「いつかな」


「はい。緊急性はありません。何年後でも構いません」


「分かった」


「ヴェルナリス連合として、長期でリン様と関係を続けたく思います」


「だな」


リンがぽつりと頷いた。


エルナが横からぽつりと言った。


「リン報酬、もらえ」


「いらねえ」


「もらえ」


「いらねえ」


「お前、山岳まで運んでもらうんだろ。タダで運んでもらうつもりか」


「ああ」


「ダメだ。受け取れ」


エルナがぽつりと言った。


サイラスがふっと笑った。


「リン様。本国も報酬を用意しております」


「いらねえ」


「ですが」


「輸送、それで、十分」


「リン様」


「いらねえ」


リンがぽつりと答えた。


エルナが頭を、抱えた。


「お前」


「ああ」


「分かった」


エルナが諦めた。


サイラスがしばらく考えた。


「リン様。では、こうしましょう」


「ああ」


「輸送は本国の負担」


「ああ」


「山岳での活動費を、本国から出します」


「活動費?」


「現地での宿、食事、装備、補修。これは報酬ではなく、経費です」


「ふん」


「リン様のご活動は、本国の依頼に基づくものです。経費は本国持ちで当然です」


「だな」


エルナがぽつりと横から言った。


「リンそれは、もらえ」


「分かった」


リンが頷いた。


サイラスが巻物の端に印を付けた。


「リン様、署名をお願いします」


「ああ」


リンが巻物を、開いた。文面は、丁寧だった。リンが最後の欄に、自分の名前を、書いた。


「これで正式となります」


サイラスがぽつりと頷いた。


「サイラスあんた、また同行するか」


「いえ」


「ん」


「私は運河の港まで、お送りします」


「ああ」


「その後、本国へ戻ります」


「だな」


「ヴァナールには、私が立ち入る立場ではありません」


「分かった」


リンがぽつりと頷いた。


「あんた、これまでご苦労」


「リン様のお役に立てれば」


サイラスが頭を下げた。


「リン様、それから」


「ん」


「出発の目安を、お聞かせ下さい」


「十日以内」


「はい」


「分かったか」


「はい。本国に伝えます。船を準備します」


サイラスがぽつりと答えた。


リンが頷いた。


サイラスが巻物を丁寧に巻き直して、自分の鞄に収めた。それから卓の地図も丁寧に畳んだ。


「リン様、それでは出発の準備が整い次第、お声掛け下さい」


「分かった」


サイラスが立ち上がった。


「失礼します」


サイラスが頭を下げて、宿を、出ていった。


エルナが卓の上で、両手を、組んだ。


「リン」


「ん」


「お前、また出るんだな」


「出る」


「分かってた」


「分かってた、か」


「分かってた」


エルナがぽつりと答えた。


リンが頷いた。


「お前、十日いる」


「いる」


「私、お前を十日は見れるな」


「ああ」


「だな」


エルナがぽつりと頷いた。


ユミルが横からぽつりと言った。


「**……リン様**」


「ん」


「**……次の目的地、ヴァナール**」


「ああ」


「**……海路、運河経由**」


「だな」


ユミルがぽつりと頷いた。


リンがしばらく考えた。


「ユミル」


「**……はい**」


「残り、いくつだ」


「**……残り、十カ所、です**」


「十か」


「**……はい**」


「先は、長えな」


リンがぽつりと言った。


エルナがふっと笑った。


「お前、長旅は慣れてるだろ」


「慣れてる」


「だな」


エルナがぽつりと頷いた。


ファーファが桶の脇からぽつりと言った。


「**主**」


「ん」


「**……次、山、ニャ?**」


「山だ」


「**……獣人、いるニャ?**」


「いる」


「**……ファーファ、獣人、初めて、ニャ**」


「だな」


「**……仲間、できる、ニャ?**」


「分からねえ」


「**……分からねえ、ニャ**」


ファーファが頷いた。


ニャルニルがぽつりと言った。


「**……山岳の地形、観測、楽しみ、です**」


「お前、楽しみっていう感情、また使ったな」


「**……新規、語彙、運用中**」


「成長してるな」


「**……はい**」


ニャルニルがぽつりと答えた。


クラケンが桶の中からぽつりと言った。


「**……ぴゅ**」


ファーファが桶の脇からクラケンに、耳を寄せた。


「**……主、クラケン、山、初めて、ニャ**」


「お前、山、行くか」


「**……ぴゅ**」


「**……主、行く、って、ニャ**」


「桶、運ぶの、面倒だな」


「**……ぴゅ**」


「**……ニャ**」


「だが、置いてかねえ」


「**……ぴゅ**」


クラケンが触手を桶の縁からリンの方に伸ばした。リンが触手の先を軽くつついた。クラケンの触手がぴくりと動いた。


リンがふっと笑った。


エルナが両手を、卓の上に置いた。


「お前、十日後に出るんだな」


「出る」


「分かった」


「お前、宿のことありがとうな」


「礼、いらねえ」


「いる」


「いらねえ」


エルナがぽつりと言った。


「お前が戻ってくるまで、私、宿を開けて待ってる」


「ああ」


「だから無事戻れ」


「戻る」


リンがぽつりと答えた。


エルナがふっと笑った。


「お前、素直だな」


「素直、か」


「素直」


エルナがぽつりと頷いた。


午後の光が宿の食堂の、窓から差し込んでいた。


【了】


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