134 台座の地下
ファーファがクラケンを戦槌に乗せたままリンの隣に立っていた。
「リン殿」
ゴリクが近づいてきた。
「ん」
「その、生き物は」
「子クラーケンだ。仲間に、する」
「仲間、ですか」
「ああ。問題が、あるか」
「いえ。リン殿の、判断ですので」
ゴリクが頭を下げた。
「ただ、台座の地下に潜入する、際、その、生き物、どう、しますか」
「ファーファの戦槌の上に、乗せる」
「分かりました」
ゴリクが頷いた。
リンがファーファの方を見た。
「ファーファ」
「**ニャ**」
「お前クラケンを戦槌に乗せたまま戦闘、できるか」
「**……できる、ニャ**」
「ニャルニルは」
「**……背中、です**」
「分かった」
リンが頷いた。
ファーファが子クラーケン——クラケン——を、戦槌の上に、乗せた。背にニャルニルを、背負ったままだった。クラケンが八本の触手で、戦槌に絡みついた。背中の上で三段の、積み重ねが、出来上がった。
クラケンが戦槌の上からぽつりと言った。
「**……ぴゅ**」
「**……強い、ニャ**」
「**……ぴゅ**」
クラケンがそれで黙った。
エルナがぽつりと笑った。
「ファーファお前忙しい、な」
「**……忙しい、ニャ**」
「だな」
ファーファがぽつりと答えた。
ユミルが台座に、近づいた。
「**……リン様**」
「ん」
「**……入り口、台座の横、です**」
「分かった」
ユミルが台座の側面を、指差した。
低い石の、階段が台座の横に続いていた。階段は、地下に降りていた。地下からの、空気がわずかに湿って上がってきていた。
「敵が、待ち伏せ、してる可能性は」
リンがぽつりと聞いた。
「**……あります**」
「だな」
「**……ただ、術士、たぶん撤退の、準備中、です**」
「分かるのか」
「**……魔力の流れ、観測しています。地下から漏出する、魔力が、減少傾向、です**」
「術士、設備を、片付けてる」
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
リンが頷いた。
「急ぐ。だが慎重に」
「**……はい**」
ゴリクがリンに近づいた。
「リン殿。先導、私が、します」
「ああ」
「兵を二人後ろに。残り、二人を、台座の上に配置します。退路の、確保のためです」
「分かった」
ゴリクが兵に合図した。配置が、変わった。
階段を降り始めた。
階段は、急だった。石の、表面が、湿っていた。光が無かった。
ユミルが両手を軽く合わせた。光の球が、ユミルの掌の、間に、現れた。光の球が、ユミルの頭の、上に浮かんだ。階段がぼんやりと、見えた。
「**……照明、確保**」
ユミルがぽつりと言った。
「だな」
リンが頷いた。
階段が十段ほど、下へ、続いていた。
その、先に、地下の、空間が、広がっていた。
天井が低かった。リンの頭の、すぐ、上に岩の、天井があった。空間は、横に広かった。十メートル、四方くらい。床は、平らに、削られていた。壁の所々に、石の、台が、置かれていた。台の、上に何か装置のようなものが、あった。
「**……これが、第三遺跡の本体、です**」
ユミルがぽつりと言った。
「分かった」
「**……敵、術式の調整、ここで、していました**」
「だな」
「**……だが、今設備、半分撤去されています**」
ユミルが台の、一つを、指差した。
台の、上に装置の土台、らしきものだけが、残っていた。装置の本体は、もう無かった。撤去された、跡だった。
「術士、すでに撤退、開始、してる」
「**……はい**」
「奥にまだいるか」
「**……魔力の反応、奥の、部屋にあります**」
ユミルが地下空間の、奥の扉を指差した。
「分かった」
リンが頷いた。
地下空間の、奥に扉があった。鉄の、扉だった。閉じていた。
ファーファが扉に、近づいた。
「**主**」
「ん」
「**……奥、人、複数、いる、ニャ**」
「数」
「**……三、ニャ。それからもう一つ、人じゃ、ない、匂い**」
「人じゃない」
「**……たぶん、術式、ニャ**」
ファーファがぽつりと答えた。
リンが頷いた。
ゴリクが扉の、前に立った。
「リン殿。私が、扉を開けます。リン殿後ろに」
「ああ」
ゴリクが扉に、手をかけた。鉄の、扉だった。重そうだった。だがゴリクはゆっくり押した。扉がわずかに軋みながら、開いた。
扉の、向こうは、別の部屋だった。
部屋の中央に台が、あった。台の、上に人が、横たわっていた。
——攫われた、漁師だな。
リンの内側で独り言が、走った。
漁師が複数、台の、上に横たわっていた。手足を縛られていた。意識は、無いように見えた。
部屋の奥に術士がいた。
長い外套を、纏っていた。顔は、フードで、覆われていた。手に巻物のようなものを、持っていた。足元に何か装置の断片が、散らばっていた。
術士がリンたちに、気付いた。
「来たか」
術士がぽつりと言った。声は低かった。男だった。
「お前何者だ」
リンがぽつりと聞いた。
「答える、必要は、無い」
術士が外套を、軽く揺らした。手の巻物を軽く振った。
巻物から薄い光が漏れた。
光が術士の足元の、装置の断片に、向かった。装置の断片が、わずかに震えた。それから光に、包まれた。
術士の姿が、装置の断片と、ともに、薄く消え始めた。
「逃げる、気か」
リンがぽつりと言った。
「逃げる」
術士が答えた。
「お前らに、勝てないことは、計算済みだ。撤退する」
「……」
「だが、これで終わり、では無い。次の遺跡で、また会う」
術士がぽつりと言った。
リンが雷を呼ぼうとした。
——雷、来い。
その時ユミルがぽつりと言った。
「**……リン様、待ってください**」
「待つ?」
「**……術士、撤退の、瞬間、魔力の特徴、抽出できます**」
「ああ」
「**……今攻撃すると、特徴が、混ざります**」
「分かった」
リンが雷を呼ぶのを、止めた。
ユミルが両手を軽く術士に、向けた。光の球が、ユミルの掌から術士に、伸びた。
術士がわずかに警戒した。
「お前何をしている」
「**……あなたの、特徴、覚えています**」
「……」
術士がしばらく沈黙した。
「面白い。仮想世界の技術か」
「**……はい**」
「私と、同系統だな」
「**……同系統、です**」
ユミルがぽつりと答えた。
術士がふっと笑った。
「ではまた次の遺跡で」
術士の姿が、完全に、消えた。装置の断片も、一緒に、消えた。
部屋に静けさが、戻った。
リンが台の、方へ歩いた。漁師たちが、横たわっていた。リンが最も近い、漁師の頬に、軽く触れた。
体温が、あった。
「生きてる」
リンがぽつりと言った。
「ゴリク」
「はい」
「兵を呼んで、漁師を運び出してくれ」
「分かりました」
ゴリクが階段の、上に合図した。兵が降りてきた。漁師たちを、抱えた。一人ずつ、台から降ろした。
ユミルが漁師たちを、観察した。
「**……薬で、眠らされて、います。命に、別状、無い、です**」
「分かった」
「**……ただし、目が覚めるまで、半日は、かかると思います**」
「分かった」
リンが頷いた。
漁師たちは合計、六人だった。
港町で、攫われていた、累計の、人数と、一致していた。
「ボブの漁師全員無事っていうことか」
エルナがぽつりと言った。
「だな」
「お前よかったな」
「お前も、よかったな」
「私、よかったか」
「漁師無事だ。お前の、町、無事だ」
「だな」
エルナがぽつりと頷いた。
リンの足元にファーファが来た。クラケンを戦槌に乗せたままだった。
「**主**」
「ん」
「**……これで終わり、ニャ?**」
「終わりじゃない」
「**……ニャ**」
「敵、撤退した。だが次の遺跡で、また会うと言ってた」
「**……次、行く、ニャ?**」
「行く。だが今は漁師を港町に、運ぶ。それからサイラスに、報告。次の、目的地は、サイラスと、相談してから決める」
「**……分かった、ニャ**」
ファーファがぽつりと頷いた。
クラケンが戦槌の上からぽつりと言った。
「**……ぴゅ**」
ファーファがクラケンの方に耳を寄せた。
「**……主、クラケン、ついていく、って、ニャ**」
「ついて来るか」
「**……ぴゅ**」
「**……主、よろしく、って、ニャ**」
「分かった。よろしく、頼む」
「**……ぴゅ**」
「**……不器用、ニャ**」
「不器用で、いい」
リンがぽつりと答えた。
エルナがふっと笑った。
「お前子クラーケン、優しいな」
「優しくは、ねえ」
「優しい」
「ねえ」
エルナがぽつりと繰り返した。
ユミルが台の、上の、装置の断片を、観察していた。
「**……リン様**」
「ん」
「**……術士の痕跡、覚えました**」
「次に出会えば、識別できる、ってことか」
「**……はい**」
「分かった」
リンが頷いた。
地下の、空間に、漁師たちが、運び出されて、静かになった。装置の断片だけが、台の、上に残っていた。
ユミルが装置の断片を、いくつか、手に取った。
「**……これ、持ち帰ります**」
「ああ」
「**……分析、できます**」
ユミルがぽつりと答えた。
リンが頷いた。
階段を上がった。
谷の地上に戻った。
太陽が、少し傾いていた。空はまだ明るかった。だがもう夕方が近かった。
クラーケンの巨大な死体が谷の地面に横たわっていた。
「これ解体するか」
エルナがぽつりと言った。
「ユミルできるか」
「**……できます**」
「だが、今日中じゃ間に合わねえ、だろ」
「**……はい。明日、です**」
「分かった」
リンが頷いた。
「今夜は台座の近くで、野営。明日解体。それから漁師運んで、村まで、戻る」
「**……了解、です**」
ユミルが頷いた。
ゴリクが兵に指示を、出した。野営の、準備が始まった。
クラケンが戦槌の上で目を閉じていた。
「**……お前、寝るのか**」
リンがぽつりと聞いた。
「**……ぴゅ**」
ファーファが首を後ろに向けて、戦槌の上のクラケンを見上げた。
「**……主、寝る、ニャ**」
「分かった」
「**……ぴゅ**」
クラケンがそれだけ答えた。
ファーファがクラケンを戦槌に乗せたままリンの隣にしゃがんだ。
「**主**」
「ん」
「**……クラケン、ファーファに、慣れた、ニャ**」
「だな」
「**……ニャル、嫉妬、しない、ニャ?**」
ファーファが自分の背に向けて、聞いた。
ニャルニルがぽつりと答えた。
「**……嫉妬、感情、自分、未実装**」
「**……ニャ**」
「**……ファーファ様の、世話、対象、増加。負担、評価中**」
「**……ファーファ、できる、ニャ**」
「**……了解**」
ニャルニルがそれで黙った。
リンがふっと笑った。
谷の夕方が来ていた。
【了】




