表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/201

012 いい、やれ。


峠が見えてきた。

街道の両脇が徐々に斜面になり、岩と土の崖が迫ってきた。

風が変わった。

峠の入口に差し掛かると、前方から剣戟が聞こえ始めた。続いて、獣の咆哮。

「始まってるな」

セオの声が低い。

馬車は峠の手前で止まった。

後方班の五人——リント、ユミル、セオ、後方班リーダーの中年男、魔法使いらしき若い女——が馬車を降りて、徒歩で峠に入った。

岩の陰に身を寄せた。

     ※

五十歩先。

オーガが二頭。身の丈、三メートル超。棍棒。

四つ足の黒い獣が一頭。背中の棘。垂れた舌。

前衛班の六人がそれらと対峙していた。

既に三人が倒れていた。動かない者もいれば、地面を這って後退しようとしている者もいた。

残る三人で、辛うじて立っていた。

グラスパーティのリーダーの女が両手剣でオーガの一頭を牽制していた。ブラッドパーティの剣士がもう一頭のオーガと斬り結んでいた。ブラッドパーティの弓使いが、四つ足の獣を矢で削っていた。

「押されてる」

セオが言った。

「剣が、通ってない」

リントは弓を取り出した。

後方班のリーダーが手で制した。

「待て」

「……」

「王都の応援まで、あと一時間。前衛班は持ちこたえる。俺たちは退路の確保だ」

「分かった」

リントは矢筒から抜きかけていた矢を戻した。戻したが、指は弦の近くから離れなかった。

     ※

ユミルは岩の陰から動かなかった。

戦闘を見ていた。

目は一か所に留まらなかった。

オーガの右、オーガの左、四つ足の獣、倒れた三人、残る三人、その距離、その呼吸。

順に、順に、視線が流れていった。

リントは横目でその横顔を見た。

ユミルの瞳の奥に、静かな速度があった。

     ※

グラスパーティのリーダーが、オーガの棍棒を受けた。

剣ごと、身体ごと、宙を飛んだ。

背中から地面に叩きつけられる。

「チッ」

後方班のリーダーが舌打ちした。

女は起き上がろうとした。起き上がれなかった。

オーガの棍棒が、高く振り上げられた。

影が、女の上に落ちた。

     ※

「間に合わねえ!」

セオが叫んだ。

リントの指は、もう動いていた。

矢が、弦に乗っている。

距離、五十歩。

風、微風、左から。

息を止めた。

——放つ。

     ※

矢羽根が、オーガのこめかみに生えていた。

棍棒の振り下ろしが、止まった。

一拍遅れて、巨体が半歩後退った。

女は転がって、岩の陰に滑り込んだ。

「ナイス、リント!」

セオが叫んだ。

     ※

オーガは倒れなかった。

こめかみに矢を生やしたまま。

「……マジかよ」

リントは二本目をつがえた。

その、一拍の間に——

獣の舌が伸びた。

ブラッドパーティの弓使いを絡め取った。

引き寄せる。口が開いた。黄色い牙。暗い喉。

弓使いの悲鳴が、嗄れた。

     ※

「リン様」

ユミルの声が、静かに届いた。

「ん?」

「……前衛班、崩れます」

リントはユミルの顔を見た。

ユミルは戦場を見ていた。

無表情だった。その瞳の奥に、もう順番は流れていなかった。

「リン様」

「ああ」

「私、前に、出てもよろしいですか」

リントは一拍、間を置いた。

後方班のリーダーが「待て」と言いかけた。

リントはそのリーダーを見た。それからユミルを見た。

ユミルの指先が、ほんの少しだけ震えている。

気のせいかもしれなかった。

「……行け」

ユミルは頷いた。

     ※

岩の陰から、ユミルが歩み出た。

急ぎでも、遅くもない。

戦場に出ていくという緊張感が、その背中にはなかった。

散歩の途中の、自然さだった。

その自然さが、セオの顔を強張らせていた。

     ※

ユミルは峠の道の中央で足を止めた。

オーガの二頭と、四つ足の獣と、倒れた冒険者たちが、視界の中に全部入る位置。

右手をゆっくりと前に掲げた。

そして——

一拍、目を閉じた。

何かをためらう間。

ユミルが小さく呟いた。

「……加減が、できませんが」

リントにはかろうじて聞こえた。

後方班のリーダーにも、セオにも届かなかった。

リントは岩の陰から、短く答えた。

「いい、やれ」

     ※

ユミルは目を開けた。

唇が動いた。

「ガベージコレクション、対象、群れ、範囲、面」

(exec.garbage_collection --targets=swarm --range=area)

——攻撃対象、確定。

     ※

――第十一章、了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ