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011 緊急依頼


リーファが大きな声で、ギルドの中を仕切り始めた。

「応召する者、カウンター前に集合! 装備の確認、十分後に出発説明!」

冒険者たちが動き始めた。

リントはユミルとセオを見た。三人で頷き合った。カウンターの前には既に十人くらいの冒険者が集まっていた。革鎧の男、両手剣を背負った女、弓を持った細身の男、二人組の魔法使いらしき者たち。皆、顔つきがさっきまでとは違っていた。

リーファが書類を手に前に立った。

「聞いて。依頼内容、街道東方、半日行ったところの峠。商隊が襲われた。生存者の話だと、大型の魔物が複数、群れで現れた。種類はオーガと、見たことのない四つ足の獣、個体数は少なくとも十数体」

ざわめきが起きた。

「オーガ複数って、マジかよ」

「こんな街道沿いに?」

「最近、魔物の分布がおかしい」

リーファは手で制して話を続けた。

「王都のギルドにも既に報告済み。王都から応援が到着するのを待つ間、ラウンドローズ支部で先行して現場の封鎖と、可能なら討伐。生存者の救助も含めて」

「応援、いつ来るんだ」

「半日かそこら。先行組は、応援と合流するまで無理をしないこと」

リーファは集まった冒険者たちを順に見回した。

「赤、橙の新人は生存者の救助と後方の護衛に。黄、緑以上は前衛として封鎖に入ってちょうだい。ランク未満のメンバー含むパーティは後方から出ない、いいわね?」

リントは自分の赤いギルド証を握りしめた。

「じゃあパーティ編成。セオ、お前はラウンドローズの地理に詳しいから道案内。リントとユミルを後方班に。三人組で、街道の安全確保と生存者の搬送を担当」

「了解」

セオが頷いた。

「前衛はグラスパーティ、ブラッドパーティの二班。合計六人。王都からの応援が来たら合流してちょうだい」

冒険者たちが頷いた。

「装備確認、十分。十分後、南門集合、出発」

リーファは手を叩いて号令を締めた。

     ※

装備と言っても、リントとユミルには大したものはなかった。

エッジウッドから持ってきた弓と短剣、革の胸当て、水筒、携行食、それに母のパンの残り。ユミルは身一つだった。武器を持たない。それで十分だった。

セオは両手剣を背負い直し、革鎧の紐を締め直して、背嚢の中身を軽めに整えた。

「お前、戦えるのか、ユミルちゃん」

セオが聞いた。

「……はい、すこしは」

「無理するなよ。俺も前衛じゃないから、俺ら三人は一番後ろだ」

「はい」

リントは弓の弦を確認した。昨日の戦闘で弦は少し緩んでいた。張り直した。矢筒には矢が十二本。足りるか分からなかった。

「リン様」

ユミルが小さく声をかけてきた。

「ん」

「……気をつけてください」

「お前もな」

ユミルは頷いた。それ以上、何も言わなかった。

     ※

南門で十人の冒険者が集まった。

馬車が二台、用意されていた。冒険者ギルドが緊急依頼の時のために持っている輸送用の馬車だった。後方班は馬車に分乗し、前衛班は馬で先行する手筈だった。

リントとユミルとセオは一台目の馬車に乗った。御者は五十代くらいの無口な男だった。

馬車が動き始めた時、リントは振り返ってラウンドローズの城壁を見た。

昨日、初めて見た時、あの城壁は遠く大きく、別世界のように感じられた。今、そこから出ていこうとしている。わずか一日で内側になった町から、外側へ出ていく。

ユミルは隣で同じように振り返っていた。

「……また、戻ってこれますよね」

「戻るさ」

リントは短く答えた。

     ※

馬車は街道を東へ向かって進んだ。

最初の一時間は昨日三人で歩いてきたのと同じ街道だった。コボルトに襲われた場所も通り過ぎた。セオがそこを見て、少し顔を伏せた。

「あの時、助けられたのが昨日の話だって、信じられねえな」

「そうだな」

「今日は、俺、足引っ張らねえようにしねえと」

「無理するなよ」

「お前がそれ言うのか」

セオは笑った。

リントも少しだけ笑った。

     ※

二時間ほど走ったところで馬車が止まった。

先行していた前衛班の馬が戻ってきていた。騎乗していたのはグラスパーティのリーダーらしき黄ランクの女だった。

「生存者、見つけた。街道の脇、小川沿い。男三人、女一人、うち二人は重症」

「搬送する」

後方班のリーダーが頷いた。

馬車が指示された方向へ移動した。

街道から逸れて、藪をかき分けて、小川のほとりに出た。そこに四人の商人が身を寄せ合っていた。うち二人は血まみれで動けなかった。

リントとセオは馬車を降りて駆け寄った。ユミルも続いた。

「大丈夫ですか」

リントが声をかけると、一番意識のはっきりしていた男が震えながら頷いた。

「あんたら、ギルドか」

「はい、救助に来ました」

「……助かった」

男はそう言って泣きそうな顔をした。

ユミルが一番重症の男の前に屈み込んだ。

男は腹を大きく裂かれていた。血が既にかなりの量、流れていた。呼吸が浅く、顔が青白い。

「リン様」

「なんだ」

「……やります」

「ああ」

ユミルは男の腹に両手を添えた。

唇が動いた。

「リファクタリング、対象、創傷、深度、中」

(exec.refactor --target=wound --depth=middle)

男の腹の上で、淡い、緑がかった白い光がふわりと広がった。

光は傷の中に染み込むように消えていった。

男の呼吸が深くなった。顔色が少しだけ戻った。

「……え」

もう一人、軽症の方の男が息を呑んだ。

「な、何、今の」

「神聖魔法です」

ユミルはそれだけ答えて、もう一人の重症者の方へ向かった。

セオがリントを見た。

「……おい、お前ら、何者なんだよ」

「普通の冒険者だよ」

「普通の新人が上級の神聖魔法、使うかよ」

「たまたまだろ」

セオは何か言いたげな顔をして、でも結局それ以上は聞かなかった。

     ※

二人の重症者の治療をユミルは続けた。

一人目の男は数分で意識を取り戻した。二人目はもう少し時間がかかった。ユミルの額にうっすらと汗ばんでいた。

「y、大丈夫か」

「……はい、問題ありません」

「無理するな」

「無理ではないです」

ユミルはそう言って、もう一度詠唱した。

二人目の男の呼吸も安定した。

生存者たちは馬車に乗せられた。リントとセオは護衛として馬車の脇を歩いた。ユミルは治療のために馬車の中に一緒に乗り込んだ。

馬車がラウンドローズの方へ引き返し始めた。

     ※

一台目の馬車は生存者を乗せて町へ戻る。

二台目の馬車は前衛班の支援のため、さらに東へ進む。

リントとユミルとセオはどちらに付くか、後方班のリーダーに指示を仰いだ。

「一台目は御者と軽症の男で町まで戻れる。重症者はユミル嬢ちゃんの治療で命の危機は脱した。それなら三人は二台目の方に回って、前衛班の後方支援だ」

「了解」

リントは頷いた。

ユミルも頷いた。セオは少し表情を硬くしたが、声には出さなかった。

二台目の馬車は前衛班の騎馬を追って、街道をさらに東へ進んだ。

陽はそろそろ頭の真上から西へ傾き始めていた。

     ※

馬車の荷台で、セオが小声でリントに話しかけてきた。

「なあ、リント」

「ん」

「ユミルちゃん、あの治療魔法、どこで覚えたんだ」

「森で覚えたんだろ」

「森で、上級の神聖魔法を、覚えるかよ」

「覚えたんだよ」

セオはリントの顔をしばらく見ていた。それから、小さく首を振った。

「……お前、何か、隠してるな」

「隠してねえよ」

「隠してるだろ」

「……」

「まあ、いい。聞かねえよ、今は」

セオはそう言って、荷台の壁にもたれかかった。

馬車は街道を進んでいった。前方からは、まだ剣戟の音は聞こえてこなかった。でも、確実に近づいていた。

ユミルは馬車の端に座って、進行方向をじっと見ていた。

その横顔には、いつもの無表情とは少しだけ違う何かが、浮かんでいた。

     ※

――第十章、了。

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