128 街道の村
朝、リンとエルナとユミルとファーファ、それからニャルニルは街道を東へ、歩いた。
馬車では、行かなかった。馬車だと街道の脇の痕跡を見落とす。徒歩で行く方が、確実だった。
港町を出て、一時間ほどで最初の村に着いた。
小さな、村だった。家が、二十軒ほど。畑が、それを囲んでいた。村の入り口に井戸が、あった。
エルナが井戸の脇にいた、老婆に声をかけた。
「ばあさん、ちょっといいか」
「あら宿屋のエルナさんじゃ、ないかい」
「分かるか」
「町で何度か見かけたことが、あるよ」
老婆がぽつりと笑った。
「ばあさん、聞きてえことある」
「何だい」
「最近街道、通る、馬車、多いか」
「馬車、ね」
老婆がしばらく、考えた。
「そういや、最近夜中に馬車が通る、ことが、多いね」
「夜中?」
「ああ。三日に一度、くらい、かね。昼じゃ、なくて、夜中」
「分かった」
エルナが頷いた。
「ばあさん、その馬車、どんな、馬車だ」
「真っ黒、だね。窓も、無い」
「黒くて、窓が、無い」
「そうだ」
「分かった。礼を言う」
エルナがぽつりと言った。
老婆が頷いた。
リンとエルナが村の奥へ、進んだ。途中、何人かの村人に聞いた。同じ証言が続いた。夜中に黒い、窓の無い、馬車が街道を東へ、行く。それが、三日に一度、ぐらい、続いている。最近、二か月ほどだった。
「これは、ほぼ確定、だな」
エルナがぽつりと言った。
「人攫いの馬車、確定だ」
「ああ」
「次の、村まで行くか」
「行く」
エルナが頷いた。
二つ目の村に着いた。一つ目より少し、大きかった。家が、四十軒ほど。村の中央に井戸と広場が、あった。
ここでも、同じ聞き込みをした。夜中の黒い馬車。証言が複数、出た。村の子供が夜中、起きて、馬車を見たと言った。馬車は村の外れの空き地に一晩、停まっていたと言った。
「空き地?」
リンが聞き返した。
「そう。あそこに夜中、停まって、朝になる前に出て行く」
子供がぽつりと言った。
「中継地、ってことか」
リンがぽつりと言った。
「だな」
エルナが頷いた。
「空き地、見てこよう」
「ああ」
子供に案内されて、空き地に行った。広めの空き地だった。地面が、馬車の轍で踏み固められていた。複数の轍が重なっていた。
「ユミル」
「**はい**」
「ここ、見てくれ」
ユミルがしゃがんで地面に両手を当てた。指先で土を軽く撫でた。
「**……魔力の痕跡、強いです**」
「魔力?」
「**……人間の、魔力。複数。それからもう一つ、別の魔力**」
「別の?」
「**……たぶん、人間ではない、魔力です**」
「人間じゃない、っていうのは」
「**……分かりません。動物、かもしれません。あるいは、何かの術式**」
ユミルがぽつりと言った。
「術式?」
「**……痕跡が規則的です。自然の魔力では、ありません**」
ユミルが地面の土を指先でつまんだ。
「**……それから第二遺跡の痕跡と特徴が、似ています**」
「似てる?」
「**……完全に同じでは、ありません。だが系統が、似ています**」
「同じ系統の敵、ってことか」
「**……可能性、高いです**」
ユミルが頷いた。
リンの内側で独り言が走った。
——繋がった。
第二遺跡を操作した、敵。漁師を攫っている、組織。両者が、同じ系統だった。これで状況が、明確になった。
「ファーファ」
「**ニャ**」
「匂い、追えるか」
「**……追える、ニャ**」
ファーファが地面に鼻を近づけた。背のニャルニルからぼそっと声がした。
「**……方角、確認**」
ファーファがしばらく、嗅いでそれから空き地の東側を向いた。
「**……主、こっち、ニャ**」
「東か」
「**……はい、ニャ**」
「街道、続けて、東に行く、ってことだ」
リンがぽつりと言った。
エルナが頷いた。
「次の、村、行くぞ」
「ああ」
子供に礼を言った。村の外れの街道へ、戻った。
三つ目の村に向かう、街道で、ユミルがぽつりと言った。
「**……リン様**」
「ん」
「**……気付きました**」
「何か」
「**……街道の方角です**」
「方角?」
「**……このまま、東に進むと内陸、深く入ります**」
「分かってる」
「**……第三遺跡、その方角、です**」
ユミルがぽつりと言った。
リンが立ち止まった。
「第三遺跡」
「**……はい。サイラスから聞いた、十三カ所の遺跡のリスト。第三遺跡は内陸、東側、です**」
「街道の行き先と一致してる、ってことか」
「**……完全には、一致しません。ただ、近いです**」
「人攫いの行き先と第三遺跡が近い」
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
リンの内側で独り言が走った。
——人攫いの行き先が、第三遺跡。
敵は、第三遺跡で何かをしている。漁師を攫って、そこに運んでいる。何らかの作業員として、あるいは、何らかの被験者として。
「エルナ」
「ん」
「これ、町に戻って、サイラスと相談だな」
「ああ」
「サイラス、まだ、本国だな」
「明日、戻る、はずだ」
「だな」
リンが頷いた。
「とりあえず、三つ目の村まで行く。同じ証言が出るか確かめて、戻る」
「分かった」
三つ目の村にも同じ証言があった。夜中の黒い、馬車。三日に一度。村の外れに一晩、停まる。
これで街道沿いの、三つの村で同じ証言が揃った。組織的な、人攫いのルートが、ほぼ確定した。
リンとエルナとユミルとファーファは夕方、港町に戻った。
宿に戻ると、ルークが出迎えた。
「兄貴は」
「店の方だ。今日、忙しかった」
「分かった」
「お前ら何か分かったか」
「分かった」
エルナがぽつりと答えた。
「人攫いだ、組織的。街道沿いに三つの村、経由して、内陸に運んでる」
「内陸のどこだ」
「第三遺跡、と言われてる、辺りだ」
「……」
ルークがぽつりと頷いた。
「兄貴に伝えとくか」
「ああ。それから、ボブにも伝えてくれ。人攫いのルート、ほぼ特定した、と」
「分かった」
ルークが頷いた。
エルナが台所の方へ、行った。リンとユミルとファーファが食堂の卓に座った。
ファーファが自分の、足をぺろぺろ、舐めていた。一日、歩いて、足が汚れていた。背のニャルニルからぼそっと声がした。
「**……ファーファ様、清潔、推奨**」
「**……自分で舐める、ニャ**」
「**……効率、悪いです**」
「**……ファーファ、自分でできる、ニャ**」
「**……了解**」
ニャルニルがそれで黙った。
ユミルがふっと笑った。
「**……ファーファ、ニャル、仲良し、です**」
「だな」
リンもぽつりと笑った。
エルナが台所から出てきた。手に皿を二つ、持っていた。煮魚と、パンと酒。
「食え。お前ら歩き回って、腹、減ってるだろ」
「ああ」
「明日、サイラス、来るんだろ」
「ああ。本国から戻ってくる」
「サイラスに伝えて、その後、第三遺跡だな」
「だな」
リンがぽつりと答えた。
「お前、急ぐな」
「急がねえ」
「だが、先延ばしも、しねえな」
「しねえ」
エルナがぽつりと頷いた。
「分かった。私も、行く」
「お前、また行くのか」
「行く」
「ルーク、宿、頼めるか」
「あの子、できる」
エルナがぽつりと言った。
リンが頷いた。
煮魚を食った。パンを千切って、口に運んだ。酒をゆっくり飲んだ。一日、歩き回って、消耗していた。だが飯と酒で少し、回復していた。
ユミルが自分の杯に軽く酒を注いだ。
「**……リン様、明日、サイラスに報告**」
「ああ」
「**……それから第三遺跡、です**」
「ああ」
「**……敵、近いです**」
ユミルがぽつりと言った。
「分かってる」
リンが頷いた。
夜が、来た。
リンの内側で独り言が走った。
——第三遺跡、敵がいる。
そこに攫われた、漁師たちも、いる。救出しなければ、ならなかった。それと同時に敵の計画を止めなければ、ならなかった。二つの目的を同時に達成する必要が、あった。
——準備、必要だ。
短く、それだけ思って、リンは酒の杯を傾けた。
【了】




