126 失踪
港町に戻ってから三日が、経った。
リンは宿の食堂の窓辺で酒を飲んでいた。サイラスは二日前に海洋国家の本国へ、報告に戻っていた。残りの遺跡の調査は、海洋国家側の、調整待ちだった。それが、終わるまで、リンたちは港町で待つ、ということだった。
「待つの、嫌いか」
エルナが台所から声をかけてきた。
「嫌いじゃ、ねえ」
「珍しいな」
「待ってるあいだに考えることが、あるからだ」
「考える?」
「敵のことだ」
リンがぽつりと答えた。
エルナが台所から出てきて、リンの向かいに座った。
「お前、何、考えてる」
「敵の目的だ」
「目的か」
「ああ。十三カ所の遺跡の漏出を強くして、何を起こそうとしてるのか」
「分からねえ、のか」
「分からねえ。だがいずれ、分かる」
「いずれ、ね」
エルナがぽつりと言った。
「お前、そういう時、急がねえな」
「急いでも、分からねえもんは、分からねえ」
「だな」
エルナが頷いた。
「お前、酒、もう一杯、いるか」
「もらう」
エルナが立ち上がり、酒の瓶を持ってきた。リンの杯に注ぐ。エルナも自分の杯に少し、注いだ。
二人でしばらく、ゆっくり飲んでいた。
ファーファはリンの足元で丸くなっていた。ユミルは自分の部屋で何かを書いていた。第二遺跡のデータをまとめている、らしかった。
その時だった。
宿の扉が勢いよく、開いた。
ボブが息を切らして、入ってきた。漁業組合の代表のボブだった。
「リン殿!」
「どうした」
リンが酒の杯を置いた。
「人が、消えました」
ボブがぽつりと言った。
「消えた?」
「漁師が、三人。昨晩から戻っていません」
「漁に出てたのか」
「いえ、それが」
ボブが首を振った。
「漁には、出ていません。陸に居たはずです。それなのに家に戻っていない」
「行方不明、ってことか」
「はい。家族から捜索の、依頼が、組合に来ました」
「分かった」
リンが頷いた。
「で俺に相談に来た、ってことか」
「はい。リン殿、王都から来られた、お方ですし、それに」
「それに?」
「最近似た事案が、何件か起きています」
ボブがぽつりと言った。
「似た事案?」
「はい。先月、二人。先々月、一人。今月、これで四人目から六人目になります」
「累計で六人」
「はい。組合では、その都度、捜索をしましたが、見つかっていません」
ボブが頭を下げた。
「リン殿、お力をお貸しいただけませんか」
「分かった」
リンがぽつりと答えた。
「条件、二つ。一つ、現場を見せろ。最後に目撃された、場所だ」
「はい」
「二つ、過去の事案の、記録を出してくれ」
「はい。組合にありますので」
「分かった」
リンが立ち上がった。
「エルナ。出てくる」
「ああ」
「お前、宿、頼む」
「分かった」
エルナが頷いた。
リンが上着を羽織った。ファーファが足元でもぞもぞと起きた。背のニャルニルからぼそっと声がした。
「**……出動、確認**」
「お前らついて、来てくれ」
「**……はい、ニャ**」
「**……了解**」
二階からユミルが降りてきた。何かを察したらしかった。
「**……リン様、出ますか**」
「出る。事件だ」
「**……私も、行きます**」
「分かった」
ユミルが頷いた。
リンとユミルとファーファがボブの後をついて、宿を出た。
港町の夕方だった。陽が傾き始めていた。建物の影が長く、伸びていた。ボブが先導して、町の東側へ、歩いた。
「最後に目撃された、場所は、ここから十分くらいです」
「分かった」
「三人、別々に消えました。だが目撃された、場所が、近いのです」
「近い?」
「はい。三人とも町の東の、外れ。同じ通りで最後に目撃されています」
ボブがぽつりと言った。
「同じ通り、か」
「はい」
「組織的、ってことか」
「組合では、そう、見ています」
ボブが頷いた。
リンの内側で独り言が走った。
——人攫い、か。
港町の東の外れ、というのが、引っかかった。港町の東の方角は、海に面していない。北と南と西が、海で東は、陸続きだった。陸路で誰かを運ぶなら東を使う。
「ボブさん」
「はい」
「東の、外れの先には、何が、ある」
「街道です。隣の街、へ、続いています」
「街道か」
「はい」
「分かった」
リンが頷いた。
十分、歩いて、現場に着いた。
港町の東の、外れ。建物が、まばらになっている。道は、狭く、舗装も、されていない。土の道だった。両側に低い、塀があった。塀の、向こうは、空き地だった。
「ここです」
ボブが立ち止まった。
「三人ともここで目撃されたのが、最後です」
「目撃したのは、誰だ」
「町の住民です。三人とも別の住民が目撃しました」
「方向は」
「皆、東に歩いていた、と」
「東」
「街道の方向です」
ボブがぽつりと言った。
リンが地面を見た。土の道だった。だが轍が残っていた。馬車の轍だった。比較的、新しい。
「ユミル」
「**はい**」
「土、見てくれるか」
「**……はい**」
ユミルがしゃがんで土に両手を当てた。指先で何かを探っていた。
「**……魔力の痕跡、あります**」
「魔力?」
「**……微弱、です。しかし、確かにあります**」
「人間の、魔力か」
「**……はい。人間、複数**」
ユミルがぽつりと言った。
「**……それから馬車の車輪、跡。比較的、新しい**」
「最近ってことか」
「**……はい**」
リンが頷いた。
「ファーファ」
「**ニャ**」
「お前、匂い、追えるか」
「**……追える、ニャ**」
ファーファが地面に鼻を近づけた。背のニャルニルからぼそっと声がした。
「**……嗅覚、確認**」
ファーファがしばらく、地面を嗅いだ。それから東の方角を向いた。
「**……主、こっち、ニャ**」
「ついて、いく」
リンが頷いた。ボブが後ろから続いた。
ファーファが東の街道の方向へ、歩いた。リンとユミルとボブが続いた。街道の入り口まで来た。そこで、ファーファが立ち止まった。
「**……ここで消える、ニャ**」
「消える?」
「**……匂い、ここで途切れる、ニャ**」
「馬車に乗せられた、ってことか」
「**……たぶん、ニャ**」
ファーファがぽつりと頷いた。
リンの内側で独り言が走った。
——人攫いだ、確定。
歩いてきた漁師が、街道の入り口で馬車に乗せられて、運ばれた。それも、三人、別々に。先月、先々月の二人と一人を合わせると累計、六人。誰かが、組織的に港町の漁師を攫っている。
「ボブさん」
「はい」
「街道の先、隣の街までどれくらいだ」
「馬車で一日です」
「途中に村は」
「あります。三つ、四つ」
「分かった」
リンが頷いた。
「ボブさん。これは、組織的な、人攫いだ」
「やはり、そうですか」
「ああ」
「リン殿。どうしたらいいでしょうか」
「明日、調査に出る。街道沿いの、村を回る」
「私も、ご一緒します」
「いや、あんたは、町に居てくれ」
「町に?」
「組合の代表だろ。町の外に出るより、町で情報を集める方が、向いてる。次の、被害が、出る前に捕まえねえといけねえ」
「分かりました」
ボブが頷いた。
リンとユミルとファーファが宿に戻った。エルナが台所から出てきた。
「お前ら何、見つけた」
「人攫いだ。組織的」
「組織的か」
「ああ」
エルナがぽつりと息を吐いた。
「面倒だな」
「面倒だ」
「明日、お前、出るのか」
「出る」
「分かった。私も、出る」
「お前、宿、いいのか」
「ルークに頼む。あの子、宿の手伝い、できる」
「分かった」
エルナが頷いた。
リンの隣に、ユミルが座った。ぽつりと言った。
「**……リン様**」
「ん」
「**……第二遺跡の痕跡と関係、あるかもしれません**」
「人攫い、と遺跡」
「**……はい**」
ユミルがぽつりと言った。
「敵が人を集めてる、ってことか」
「**……可能性、あります。何か人手が必要な、計画**」
「人手」
「**……作業員、被験者、あるいは、別の何か**」
ユミルが頷いた。
リンの内側で独り言が走った。
——人手を集めてる、敵。
第二遺跡を操作した、敵。それと同じ敵が漁師を攫っている。可能性は、高かった。直接の、繋がりはまだ見えていなかった。だが状況証拠は、十分だった。
「明日、街道沿いを洗う」
リンがぽつりと言った。
エルナが頷いた。ファーファがリンの足元で丸くなった。ユミルが自分の部屋へ、上がった。
夜が、来た。
リンは長く、酒を飲んでいた。
【了】




